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ハシリュウは本当に“平成不況の元凶”だったのか?(前編)

橋本龍太郎元首相の「悪」評価

橋本龍太郎元首相が7月1日午後2時、多臓器不全のため、入院先の東京・新宿の国立国際医療センターで亡くなりました。68歳でした。「50、60ははなたれ小僧、70、80は働き盛り、90になって迎えが来たら 100まで待てと追い返せ」という言葉がある政治の世界では早すぎる死、ということになるでしょう。


橋本氏といえば、ニックネームのハシリュウで知られ、自民党総裁時代には党本部に「龍ちゃんプリクラ」が設置されるなどの人気を博した人物。


しかし、投資家の評価は決して芳しいものではありませんでした。それは、株価が如実に物語っています。


日経平均株価はバブル景気の絶頂期1989年12月29日に、38,915円87銭と史上最高値をつけました。しかし、その後一転し、1991年2月から急落。1998年10月9日には、最高値から実に67%の下落の12,879円97銭となりました。


この株価下落をよく見てみると、キッカケに橋本氏が絡んでいるのです。


橋本氏は80年代後半のバブル期には、大蔵大臣として不動産関連融資の総量規制を実施し、バブル崩壊の原因となりました。総量規制とは、大蔵省(現財務省)が1990年4月から1991年末にかけて実施した、不動産向け貸出を抑制する規制のこと。不動産向け貸出額は激減し、それに伴って地価が大きく下落し始めたのです。長く続くバブル崩壊の始まりでした。


そして96年から98年の首相在任中には、消費税率アップをはじめとする「六大改革」を実施、景気後退を招いた張本人と言われているのです。【ポイント1】


本当にハシリュウは“平成不況の元凶”か?

こう言われてしまうと、たしかに橋本氏は“平成不況”を引き起こした張本人に見えてしまうかもしれません。しかし私は、現在の景気回復を生み出したのは、実は橋本氏の経済政策だと思うのです。


その経済政策とは、「日本版金融ビッグバン」。96年11月に橋本氏が指示した金融システム改革のことです。Free(市場原理が働く自由な市場に)、Fair(透明で信頼できる市場に)、Global(国際的で時代を先取りする市場に)を旗印に、日本の金融市場をニューヨーク、ロンドン並みの国際金融市場として再生させることを目指した戦略でした。


具体的には、ネット証券会社の新規参入が認められたことや、銀行法・保険業法などが一部改正され、投資信託の販売が解禁されたことが身近な例でしょう。


この日本版金融ビッグバンは、最終的に不良債権に苦しむ金融機関を破綻に追い詰め、株価も下落基調となってしまいました。


ビッグバン時代の厳しい競争に生き残るには、金融機関が一刻も早く不良債権処理を終え、“身軽”になる必要がありました。そのため、取引先企業の選別や融資姿勢の見直しを行ったわけです。しかし、まだまだ脆弱な会社が多かったため、大型の倒産が巻き起こってしまい、不景気の大きな流れが最終的に金融機関にまで逆流してしまったわけです。


ところが、金融破綻のタイミングは、外国人投資家にとっては絶好の投資タイミングだったのです。実際に金融破綻が起こった1999年には、外国人投資家の持ち株比率が14%から19%へと急激に上昇しています(東証調べ)。


外国人投資家は、日本よりも早い80年代に既に金融破綻を経験していました。そして、アメリカでは金融破綻後に景気が拡大し、株価が上昇したことをすでに身をもって経験していたのです。


だから、外国人投資家は、日本でも同じことが起こると考えて、日本で金融破綻が起こったとき日本株にこぞって投資をしたのです。橋本氏の英断がなければ、日本の金融改革はもっとずっと遅れていたことでしょう。【ポイント2】


外国人投資家に期待されていたハシリュウ

実際、橋本氏が首相に就任することは内外の投資家にポジティブに捉えられていました。


前首相であった村山富市氏の退陣が伝わった1996年1月5日午後の東京市場は株式、債券や円相場が上昇し、日経平均株価は20,669円3銭で引け、連日の昨年来高値となったのです。


ところが、この流れは長くは続きませんでした。


同年行われた総選挙では、自民党が勝利を収めましたが、一夜明けた10月21日の東京株式市場では、先週末比マイナス300円強と大きく下げました。外国人投資家が、「今の日本の政府では大胆な構造改革は無理」と判断したためといえるでしょう。


だから、橋本氏は日本版金融ビッグバンを11月に指示、断固たる決意で日本の改革に臨んだのです。


このことは外国人投資家にとって、大変ポジティブな決断でした。翌1997年8月25日発売の米経済誌フォーブス9月8日号は『今、日本を買え』と題する特集記事を掲載、米国の株価が上昇を続けている間に、最高値時のほぼ半値水準にとどまっている日本の株を見直す時ではないかと報じたことからも明らかでしょう。


橋本氏が築いた礎があったからこそ、その後に続く小渕、小泉両首相が経済の建て直しに成功したとも言えます。先人の功罪の「罪」に焦点を当てるだけでなく、「功」の部分もしっかり見ることで、時代の流れを読み解くことができるのではないでしょうか。【ポイント2】



次週の後編ではその点を踏まえ、改革を断行したとして外国人投資家からも人気の高い小泉首相の実績と、今年9月に実施予定の自民党総参戦の候補者がそれぞれどのような政策を掲げているのかを解説していきます。

【ポイント1】
橋本氏の評判が芳しくないのは、性格的なところもあったようです。竹下登元首相が生前、「怒る、威張る、拗ねるが橋本になければ、とっくの昔にアイツは総理になっていた」と揶揄するほどの鼻っ柱の強い性格でした。逆に、この強い性格があったからこそ、行政改革、財政構造改革、教育改革、経済構造改革、社会保障構造改革、金融システム改革からなる「六大改革」を実行できたのでしょう。これらの改革は、官僚機構を大幅に変えるもので、官僚から大きな抵抗がありました。並みの性格では抵抗に押し流されていたかもしれません。人は好き嫌いで物事を判断しがちです。しかし、投資においては好き嫌い以上に政策を見極める姿勢が必要です。逆に、現在は、政策よりも“劇場型”と呼ばれるニュースがひとり歩きしている感もあります。注意が必要ですね。
【ポイント2】
「艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉にす」ということわざがあります。人は多くの苦しみや困難を経て初めて立派な人間となる、という意味ですが、それはいつも後になってから分かること。橋本氏の英断は、まさに「後になって分かったこと」。後になって分かることを事前に察知するためには、過去の歴史や諸外国の状況にまで視野を広げることが重要。そのうえで仮説を作る癖をつけなければなりません。 例えば、不良債権問題はまさにそうです。直近の上昇相場は、2003年5月のりそなグループの実質国有化から始まったわけですが、当時「小泉純一郎首相は経済政策で正念場に立たされる。経済構造改革を掲げて政権についた首相の最大のネックは経済情勢に改善の兆しがみえない点だ」などと書かれていました。米国で金融破綻後に株価が上昇している事実に気づいていればあわてることはなかった好例です。
【ポイント3】
外国人投資家にとって、当時の橋本氏の経済政策は「ポジティブ」なものでした。それをあまりにもネガティブに騒ぎすぎたのは他ならない日本人。とはいえ、任期中におきた山一證券や北海道拓殖銀行の破綻など、例のない大型金融破綻が起これば、それも致し方ないことだったのかもしれません。 外国人投資家の日本買いは今に始まったわけではありません。今から10年も前の経済政策の流れが脈々と流れているのです。その流れはこれからも続くのでしょうか? 橋本氏の後に続いた小泉首相は、9月で退陣することを明言しています。世間の注目は既に次の総裁選に向いています。次週は、小泉首相と総裁選の有力候補者の考えをお伝えします。
 

「世論というのはこんなにも危うく、もろいものなのか」。宮沢喜一元首相は、日経新聞に連載していた『私の履歴書』内でこう書いています。政治は異常な形で責任を問われたり、批判を浴びたりする世界。世論の怖さを知っているからこそ出てくるコメントだと思います。ところで投資は、世論に左右されてしまうと、大切なことを見誤ってしまいます。世間一般に言われていることに対して天邪鬼になる。投資にはこうした姿勢も必要だと思います。(木下)

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著書『投資の木の育て方』

木下晃伸(きのしたてるのぶ)

インベストメント・アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信を経て、現在は独立系資産運用会社(株)ファンドクリエーション所属。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『投資の木の育て方』(ランダムハウス講談社)は9月7日発売。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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