今週の解答
[資金管理に関する問題]
あなたは、あるテクニカル指標に独自の要素を組み合わせた売買ルールを思いつきました。実際のトレードで本格的に使ってみる前に有効性を確認しようと思いますが、どのような方針でテストを行うのが良いでしょうか。
(2)過去数年〜長くても10年の相場に当てはめ、常識的な範囲で優位性のある売買ルールならば最低条件はクリアしている。テストの際は、ルールに細かい条件を追加しすぎないように、また最大損失が大きくなりすぎないように注意する
テクニカル指標が実用的かどうかを判断する時には、まずはチャートと見比べて、売られ過ぎ、買われ過ぎ、あるいは、買いシグナル、売りシグナルなどが、それなりに的外れでないかを見ます。ある程度の検証に耐えるものであれば、試験的に使ってみていいでしょう。正解は(2)の、「過去数年〜長くても10年の相場に当てはめ、常識的な範囲で優位性のある売買ルールならば最低条件はクリアしている。テストの際は、ルールに細かい条件を追加しすぎないように、また最大損失が大きくなりすぎないように注意する」となります。
売られ過ぎ、買われ過ぎを表すテクニカル指標は、価格が急激に下落、あるいは上昇すると、それに応じたシグナルを出します。つまり、価格や短期の移動平均線が、中長期の移動平均線から大きくかい離するような時には、行き過ぎを表示するのです。
そして、中長期線から離れる一方だった価格や短期線が勢いを失い、後追いしてきた中長期線に追いつかれてクロスすると、ゴールデンクロス、デッドクロスのようなものとして、買いや売りのシグナルにつなげます。
売買のシグナルを出すテクニカル指標には他に、上抜けで買い、下抜けで売りとするものがあります。
ここで、それらのシグナルと、実際の値動きを見比べていると、ある時には当たっているようでも、ある時は外れているのがほとんどです。そこで、最適化を行いたくなってきます。
例えば、単純移動平均線(SMA)の5日線と25日線が、どうも微妙に外れている時など、日数を調整し4日線と26日線にするなどして、最も当たる組み合わせを考えたくなるものです。また、単純移動平均線の組み合わせだけでは、どうにもしっくりと行かないような時は、加重移動平均線(WMA)や、指数平滑移動平均線(EMA)をつかって最適化することもあります。ところが、そこに最適化の罠(Optimization Trap)があるのです。
移動平均線で売り買いのサインを与えるデッド・クロスやゴールデン・クロスは、長期線、短期線の日数を調整することにより、例えば過去10年間、常に当たり続けてきたサインを作り上げることができます。
加重移動平均線(WMA)や、指数平滑移動平均線(EMA)での直近価格への比重割合も、大きければより短期、小さければより長期になるわけですから、これも調整によって、ある期間常に当たり続けてきたサインを作ることができるのです。
他のテクニカル指標でも、取り上げる期間や、定額、定率といった数値、その他の変数などを調整することで、現状に最も適した「当たる」テクニカル指標とすることができます。あなたが組み合わせた独自の要素も、組み合わせ方次第で、常に当たり続けてきた指標となるのです。これを最適化といいます。
ところが、最適化を行うと、これまでの10年間当たり続けてきたものが、その時点から急に当たらなくなるようなことが起きるのです。どうしてなのでしょう?
その答えは、未来は過去の忠実なコピーではないからなのです。
テクニカル分析は、過去の値動きのパターン分析です。過去の値動きの背景には、それぞれ、その時だけの環境やイベントなどがあります。値動きだけを忠実にコピーしようと思っても、実世界はコピー不可能なのです。
歴史は繰り返すという意味は、最適化が意図するような、過去とまったく同じ事が未来に再現されるということではありません。あなたがあなた自身として生まれ変わり、今とまったく同じ人生を、未来で繰り返すことはないのです。
したがって、テクニカル分析では、「このパターンの時には次の動きがこうなりがちだ」ということを大雑把に捉えるのがいいのです。そこを最適化し過ぎると、小さな変化にも対応できずに、まったく違う結果を導き出すことにもなるのです。
いくつかのアメリカの投資銀行のリスク管理の責任者であった、リチャード・ブックステーバーは、その著「市場リスク 暴落は必然か」のなかで、「過度の最適化は想定外のリスクに対して無力」と述べています。
テクニカル指標が示唆する、買われ過ぎ、売られ過ぎや、転換のシグナル、そういったものを大雑把に捉えて、自分の売買の判断の参考にするのが、テクニカル指標の使い方なのです。
その点で(1)の、「過去の実際の相場にあてはめた時、一時的な損失が大きくても、最終的なリターンが最大化されるように、細かい条件を追加して売買ルールを最適化するのが良い。できるだけ長期の株価データを入手して精度の高いルールを目指す」のは、最適化の罠に陥る恐れがあります。
一方(3)の、「過去データを用いた検証は机上の空論。実戦あるのみ、事前テストは必要ない」というのは、テクニカル分析そのものを否定しているようなものですから、ここでの正解にはなりません。
残る(2)の、「過去数年〜長くても10年の相場に当てはめ、常識的な範囲で優位性のある売買ルールならば最低条件はクリアしている。テストの際は、ルールに細かい条件を追加しすぎないように、また最大損失が大きくなりすぎないように注意する」だけが、正解です。
実は、私はこの11月中旬に、パンローリング社から「テクニカル指標の成績表・相場はタイミングだ」(仮題)なる新著を発売いたします。
本書は、私のディーラーやファンドマネージャーとしての実務経験をもとに、ほとんどすべてのテクニカル指標をレビューし、実用的かどうかを、そのテクニカル指標の算出式を見ることで判断しました。算出式を見れば、そのテクニカル指標の考え方が分かり、どのように役立つかが分かるからです。
数十ものテクニカル指標や相場理論を分析した結果、私独自のテクニカル指標の開発にも行きつきました。本書では、そのオリジナルのテクニカル指標「エスチャート」を含め、他の多くのテクニカル指標の算出式を挙げ、その解説をしていますので、ぜひご覧下さい。テクニカル指標にそれほど興味のない方でも、相場の考え方がよく分かるようになることと思います。
書籍
プロフィール
- 【監修】矢口新(やぐち・あらた)
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1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。野村證券(東京、ニューヨーク、ロンドン)、ソロモン、UBSなどで為替、債券のディーラー、機関投資家セールスとして活躍。著書『生き残りのディーリング決定版』は、現役ディーラーの“座右の書”として、高い評価を得ている。現在は会社社長兼ファンド・マネージャーとして、資本金を株式市場などで運用。主著に『実践・生き残りのディーリング』『なぜ株価は値上がるのか?』など。新著『テクニカル指標の成績表』は2009年11月11日発売。
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