投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。
米系有名投資銀行の破たん、実は“戦略倒産”だった?
選択的に“救済”するブッシュ政権
前回のこのコラムで9月14日、別名「血の日曜日」前後にNYマーケットで生じた、“越境する投資主体”を巡る惨劇についてご紹介した。その後、事態はリーマン・ブラザーズの経営破たんにとどまらず、保険大手AIG、さらには投資銀行第2位のモルガン・スタンレーの経営危機までもが取りざたされるに至り、金融マーケット関係者にとっては、正に「阿鼻叫喚の地獄図」といったところだろう。
もっとも、冷静に考えてみると、どうしても解せないことがある。それは、リーマン・ブラザーズは破たんさせておきながら、AIGについてはすぐさま救済措置を講じたブッシュ政権の態度だ。一説には、そもそも前者は政治人脈上、ブッシュ政権とは縁遠く、より近い位置にいた後者とは別に切り捨てられる羽目になったのだという。仮にこれが本当のことだとすれば、正に“越境する投資主体の悲劇”というべきなのかもしれない。
しかし、ここで賢明なる日本の個人投資家の皆さんは騙されてはならない。今や、日本ですら様々な言論人たちが、それまでの親米的態度を急転換し、“アメリカ亡国論”や“米帝国主義の終焉”を口々に唱えるようになっている。そうした風潮に、現下のマーケットで生じている表面的な現象を重ねるあわせる限り、米国がこれまで主導してきた金融資本主義は終りを告げ、あたかも新しい時代がやって来るかのように見えてしまう。特に名門リーマン・ブラザーズの経営破たんという惨劇を目の当たりにすると、どうしてもそう見えてきてしまう。
だが、こうした状況の中だからこそ、あえて読者の皆さんに対し問いたいのだ。「本当に米国による覇権は終りなのか?」と。
吠えるメルケル独首相、その真意は?
このような疑問を抱きながら、世界中でマネーが織り成す「潮目」をウォッチする中で、1つの大変気になる報道を見つけた。「メルケル独首相、米国を相手に大いに吠える」といった感じの記事である(9月21日付独ディ・ヴェルト参照)。メルケル独首相が去る9月21日、米国を相手に大演説をぶったというのである。
「欧州諸国は、金融危機の危険性をあらかじめ察知し、早くから対処してきた。そのためにマーケットにおける競争で不利になるとしても致し方ないと考えてきたのに、米国勢、そして英国勢が遅々として対応しなかったがために、今のような惨劇になってしまった」と吠えるメルケル首相。記事には大きな身振り手振りで“糾弾”するメルケル首相の写真が大きく掲載されている。
同じ頃、私たちの国・日本では、米政府による「不良債権買取」というアイデアについて好意的なメディア報道が乱れ飛んでいた。ポールソン米財務長官は当初、現下の金融不安の“核心”である不良債権について、米国以外の各国の銀行による買取も要請。これを受けて「国際金融マーケットは世界のインフラ。その救済のために、日本も一肌脱ぐべきでは」といわんばかりの論調で、日本の大手メディアたちは例によって追従節を語り始めたというわけなのである。
一方で米国勢に対し怒り狂うドイツ勢。他方で米国勢が「不動産証券化」という錬金術を使ってさんざん飲み食いしたツケを最後に回されても笑顔のままでいるかのような日本勢。この差は一体何なのだろうか?
私が思うに、両者の差は、米国における名門“越境する投資主体”の経営破たんという事態が、実は自然に生じたのではなく、次のフェーズにおける金融覇権をも念頭に置いた“戦略破たん”とでもいうべきものであった可能性があることを意識しているかどうかによる。
米国がこれから景気減退に入り、強烈なデフレへと突き進んでいく中、下手にキャッシュ(現金)を大量に持つ国がいると、米国内の大事な企業・セクターまで買われてしまう危険性がある。それを防ぐには、金余りな国を狙って、「救済のために資金を出せ。それが国際協調だ」と支払いを強制するのが得策なのだ。
さらに言えば、今回の経営破たんによって、もっとも被害を被ったのはどこの誰だったのかについても丹念に振り返ってみるべきなのだ。この名門“越境する投資主体”の破たんによって、最悪な事態に陥ったのは他ならぬドイツと日本の地方銀行なのである。特に日本の地銀については、サブプライムの影響が少ないと言われ、「日本マーケットは何だかんだ言っても最後には選ばれる」との論の根拠の1つになっていた。それだけに、破たんしたリーマン・ブラザーズの社債という時限爆弾を大量に保有していたことのインパクトは計り知れないものがあるのだ。
同じことはドイツについてもいえ、とりわけ現在、ドイツではこの破たんによるショックを和らげようと迅速な送金処理をした公的金融機関(復興金融公庫)による措置の是非を巡って、大論争が巻き起こっている。また、州銀行(Landesbank)も多くが被害を被ったといわれており、日本同様に地方銀行レベルで再編・統合が余儀なくされる展開となっているのだ。そして、こうした再編・統合が米系“越境する投資主体”たちにとって「M&Aビジネス」というまたとない甘い汁となることはいうまでもない。
ドイツでは日本の国会にあたる「連邦議会」の総選挙が来年(2009年)行われる。それを控え、徐々に微妙な時期に入りつつあるだけに、米国勢による突然の嵐に対し、ドイツ財界が怒り、メルケル首相の口を使ってその怒りを吐露したというのが実態なのだろう。ドイツでは既に有名地銀に対し、米系“越境する投資主体”が大量の資本を投下するに至っている。彼らが今回の出来事を受け、一斉に買い進んでいるのは容易に想像でき、これをけん制するかのようなメルケル首相の対米批判が噴出したことで、再び「米独戦争」が金融マーケットで勃発していると見るべきなのである。
“越境する投資主体”たちが描く本当の戦略をつかみとる
この点も含め、今後、激動が想定されるマーケットとそれを取り巻く国内外情勢について私は、10月4日5日の神戸、大阪、名古屋、18日19日の東京、横浜、そして11月の仙台でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナー(完全無料)で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある向きは是非ともお集まりいただければ幸いである。
「戦略倒産」を目の当たりにし、その罠を見抜くことで、米国に対し、真正面から勝負を挑んでいる感のあるドイツ勢。それに対し、我が日本勢はというと、一部の政府高官からは「まずは買い取る不良債権の値段によるだろう」などという発言すら飛び出している有様だ。つまり、米系“越境する投資主体”たちがブッシュ政権と共に仕掛ける罠に気づくこともなく、あくまでもその土俵の中で相撲をとろうというのである。ふと気づくと、先ほどまで弱っていたはずの対戦力士(=米国)が実は余りにも巨大なままであることに気づき、軽く投げ飛ばされてしまうのがオチであろう。
このことにも現れているとおり、私たちの国・日本は、米国が今仕掛けている金融メルトダウンという「壮大な演出」に対し、余りにも無防備である。「アメリカ亡国論」「米帝国主義の終焉」などを語っているのは、マーケットとそれを取り巻く国内外情勢を余りにも知らなすぎる素人のお茶の間評論家たちだけである。
私が知る限り、米国勢は2005年秋頃より、現在のような状況になることを見込んで、着実に動いてきている。「死んだふり」をし、「JAPAN AS NO.1」を叫んでは、最後にどんでん返しをしたのは90年代の米国ではなかったのか。今こそ、私たち日本の個人投資家は「情報リテラシー」に一層の磨きをかけ、「戦略倒産」などという茶番の向こう側で、米国勢が抱いている本当のシナリオを突き止めるべく、日々奮闘すべきなのである。
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- 名前:原田武夫(はらだ たけお)
- 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
- 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
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