米政府の“リーマン・ショック”対応の評価と今後の株式市場
9月14日の「流血の日曜日」以来、経済ニュースはリーマン・ブラザースの破たん、そして北米発の金融危機の話題一色でした。前回、このコーナーでもリーマン破たんについて詳しく述べました。その後、AIGの救済など大きな動きもありましたので、改めて一連のニュースを解説しつつ、私の考えを述べたいと思います。
対処療法的?9兆円のAIG救済策
リーマンの破たんについては、前回のこのコーナーで「株高のきっかけとなる可能性が高い」とお伝えしました。
『リーマンの破たんは株高の予兆。金融不安の5段階』>
その根拠は、日本の金融不安の歴史をひも解くと、公的資金投入や大手金融機関の破たんが、株高のきっかけとなっていることです。
その典型例は、03年5月のりそなホールディングス(8308)の実質破たんと公的資金の投入です。それまで各金融機関は不良債権処理による資本低下に対応するため、必死に増資を行ってきましたが、「更なる危機」への警戒感から株価は下がり続けていました。しかし、りそなの実質破たんが「悪材料出尽くし」となり、株価は反発したのです。
15日のリーマン破たんは、このりそなの実質破たんに通じるものがあり、そのため私は株価反発の可能性を指摘しました。
そして今週、さらにその可能性を強めるニュースが飛び込んできました。リーマンと同じく、経営危機がささやかれていた米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に対し、米政府とFRBが850億ドル(約9兆円)のつなぎ融資を実施すると発表したのです。
このニュースが飛び込んできたとき、私は平日毎日配信しているメールマガジン『投資脳のつくり方』の記事を書いている最中でした。そこで、速報として、以下のようなコメントを配信しました。
米政府・連邦準備理事会(FRB)は16日、米保険最大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に最大850億ドル(約9兆円)のつなぎ融資を実施すると決めた。見返りとして同社の79.9%の株式を取得できる権利を政府が確保することにし、事実上、政府の管理下で再建にあたる。
(中略)
FRBは公的救済の理由を、「脆弱(ぜいじゃく)になっている金融市場に、AIGの不測の経営破綻が加われば、大幅な金利上昇、家計の資産減少、経済の停滞を招く」と強調。融資の際の損失リスクを負う納税者は、AIGが差し出す担保などで守られると説明している。日本を含むAIGグループの保険契約者に影響はない。
AIGは資産規模が1兆ドルを超す世界でも有数の保険会社。ただ信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)関連など多額の不良資産を抱え経営が悪化、FRBにつなぎ融資を要請していた。週明けからニューヨーク連邦準備銀行で開かれた関係者の緊急会合で、政府・FRB側は公的救済をいったん拒否。JPモルガン・チェースなど民間金融機関連合によるつなぎ融資を求めたが、金融市場の動揺が広がるなかで交渉が頓挫。AIGからの資金流出で同社の資金繰りが週内に行き詰まるとの見方が出ていた。
この動きは、リーマン問題で連鎖倒産が起こることを防ぐことになるだろう。米住宅公社2社に対する公的資金投入と同様、さらなる株高を期待させるニュースだ。
このニュースを受け、ニューヨーク、東京をはじめ、世界の株式市場は大きな反発を見せました。
しかし、「リーマンは見捨てて、なぜAIGは助けたのか。一貫性がない、対処療法的だ」といった批判も聞かれました。米政府はAIG以前にも米証券ベアースターンズに緊急融資を実施していました(結果的には業績は回復せず、5月にJPモルガン・チェースが買収)ので、「なぜリーマンだけ」と政策の一貫性を疑問視するのもうなずけます。
リーマンはポールソン長官につぶされた
確かに一貫性がないと映る面もあります。しかし、その裏側にあるポールソン財務長官、そして米政府のメッセージを読み解くことも必要です。
ポールソン長官は辣腕トレーダーとして頭角を現し、ゴールドマン・サックスのトップを務めた、市場原理をよく理解している人物です。それを踏まえ私は、一連の施策は場当たり的というよりも、よく練られた上で発表されたものだと考えています。その意味では、リーマンはポールソン長官につぶされた、といえるのかもしれません。
同じ証券会社でありながら、ベアーは助け(ようとして)、リーマンは見捨てたのは、「ベアーのこのから軌道修正をする。ホールセール(卸売金融。大企業、政府など大口顧客を対象とする銀行業)で儲けていた金融機関は容赦しない」というメッセージだと私は考えます。
そして、このメッセージを裏返せば、リテールで稼いでいる金融機関は救う、ということです。だから個人向け保険を販売しているAIGは救われたのです。
その後も空売り規制の強化、日米欧の緊急資金供与など、矢継ぎ早に対策が発表されました。それぞれ、ある程度の効果はあったと思いますが、“焼け石に水”という印象がぬぐえません。
そんな中発表されたのが、米政府による不良債権の買い取り案です。これにより、株式市場は大きく上昇、特に金融株は数日で2〜3割という劇的な上昇を見せました。
ここで再度、日本の金融不安の歴史をひも解くと、この不良債権の買い取りの重要性がわかります。
バブル崩壊後の不良債権問題で苦しんでいた日本では、03年4月に「産業再生機構」が設立されました。そして、不良債権が同機構に移管されたことで、金融機関の財務が健全になり、株価が大きく上昇したのです。
“危機”が“機会”に変わるタイミング
短期的には今後も株価が下落する局面はありえます。ただ、日本でりそなが破たんした03年も5月以降も同様でした。しかし、その後、株価は大きく上昇していきました。
(出所:Quick)
金融危機は確かに怖い。どこまで株価が下がるか分からないという不安にさいなまれることもあるでしょう。しかし、こういうときこそ「危機」という言葉には、「“危”険」だけでなく「“機”会」、すなわちチャンスも内包されていることを思い出していただきたいと思います。
一連の米金融当局の施策は、危機の中でも「機会」に着目すべきだと示唆しているように思います。歴史を踏まえ、金融不安が解消される過程で株高となると考えれば、今、勇気を持って投資に一歩踏み出すべきタイミングが来ているのではないでしょうか。
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。