増益ながらも“危機説”消えぬソフトバンクの今後は?
携帯事業はマイナスながら増益を確保
ソフトバンク(9984)は2月5日、08年4−12月期の連結決算を発表、携帯電話値下げの影響から携帯電話事業は減益となったものの、インターネットや固定通信など他の事業でそれを補い、営業増益を確保しました。
トヨタ自動車(7203)や日立製作所(6501)など、日本を代表する企業群が軒並み赤字に転落する中、しっかりと利益を稼いでいる点は見逃せないでしょう。
では、その決算の内容を、より詳しく見てみましょう。
連結売上高は前年同期比4%減、営業利益は同6%増。主力の携帯電話事業は、端末の販売台数が減ったことが響き同6%の減収、のれん代の償却負担などから営業利益も同9%減となっています。
一方で、連結子会社のヤフー(4689)が手がけるインターネット事業は同10%の営業増益。求人情報の掲載料収入など広告を除く法人(ビジネスサービス)事業は落ち込んだものの、主力の広告事業が伸びています。広告事業は景気変動の影響を受けやすいもの。実際、広告に頼る民放キー局の業績は大きく悪化しています。その環境下で広告の取り扱いの拡大が続く理由について、ヤフーの井上雅博社長は、「企業が経費の有効な使い方を考え、インターネット広告にシフトしてきている」と語っています。
また、減収ながら減価償却費の負担が軽くなったADSL事業も営業利益が同21%増。固定通信も固定費削減効果で大幅増益だったことが、連結全体の営業増益につながっています。
「とんでもない水準」ソフトバンクのCDS
では、ソフトバンクの株価はどうでしょうか。ご覧いただくと分かるとおり、特徴的な動きを見せています。
(出所)ヤフーファイナンスより
ソフトバンク株は08年10月をボトムに、急激に切り返しています。その10月、ソフトバンクの孫正義社長は、CDOに投資していた750億円が全額損失となる可能性があることを明らかにしていました。
CDOとは、複数の債券やローンなどの金融資産を組み合わせて構成する証券化商品の一種です。組み込む資産が債券の場合は「CBO」、ローンの場合は「CLO」と呼ばれることもあります。その債券やローンなどの保有者が、特別目的会社(SPC)に資産を譲渡、金融機関がそれらを束ねて投資家に販売するというものです。
ソフトバンクが投資したCDOは、ゴールドマン・サックス・インターナショナルが社債などとみられる160銘柄で組成したものでした。孫社長は、破たんしたリーマン・ブラザーズ債など6銘柄が債務不履行であり、2010年8−9月までに、さらに1銘柄が債務不履行になると、ソフトバンクに456億円の損失が発生し、さらにもう1銘柄以上が債務不履行になると、全額損失となると明らかにしたのです。
巨額損失の可能性の発表ではありましたが、“最大の損失額”がはっきりしたことで、投資家は逆に安心し、ソフトバンク株は10月をボトムに急反発を遂げたのです。
では、ソフトバンクの財務懸念が消えたのかというと、決してそうではありません。その指標の1つが、東京金融取引所が発表しているCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)です。
CDS取引は、社債など債券を直接移転することなく、信用リスクのみを移転できるデリバティブ取引のことです。そして、その債券の信用リスクに応じて対価(プレミアム)がつきます。そのプレミアムの価格が高い、ということはデフォルト(債務不履行)する可能性が高いと考えられているということになります。
CDS指数を見てみると、ソフトバンクは1630となっています。同業のNTTドコモ(9437)は55.54、KDDI(9433)は80ですので、ソフトバンクが「とんでもない水準」、つまりデフォルトリスクが強く意識されているといえます。
ソフトバンクの真骨頂「タイムマシン経営」
それを考えれば、ソフトバンクの先行きには不安を感じざるを得ません。そうした不安な状況から脱却できるのか、今後の鍵を握るのは、新しい収益の柱を築けるかどうかです。
ソフトバンクは、ホワイトプランの導入による安価な通話料、携帯端末の割賦販売、iPhone(アイフォーン)3G の発売など、矢継ぎ早の施策を打ち出してきました。
ただ、ソフトバンクの真骨頂は、孫社長が命名した「タイムマシン経営」です。これは、拙著『儲かる会社はこうして作れ!』でもご紹介しましたが、米国で成功した事業にいち早く目をつけ、その事業を日本で導入するというものです。
タイムマシンで未来(米国)へ行き、そこで成功モデルを学び、まだそのモデルが実現していない過去(日本)に持ち帰りビジネスを展開させるというこの手法は、画期的だと言われたものでした。
しかし、実際にはソフトバンクだけでなく、日本企業は多かれ少なかれ、このタイムマシン経営で成功してきたといえます。トヨタ自動車がフォードのビジネスモデルを日本に持ち込んだように、製造業でも同様のケースはいくらでも見つかります。
しかし、現在はどうか。金融資本主義の崩壊によって、米国はいまや手本とすべき国ではなくなった可能性があります。
日本の歴史を振り返れば、遣隋使、遣唐使の時代から、明治維新、太平洋戦争に至るまで、海外の手本に学び、日本流にアレンジしたことで成功してきました。しかし、世界恐慌の中、日本は手本を見失っています。その中で、新しい成功モデルを模索していかなければならないのです。
そしてそのような状況の中、ソフトバンクは今、「中国」に狙いをつけています。日本で成功したビジネスモデルを中国に持ち込むタイムマシン経営を、中国で行おうとしてると考えれば分かりやすいでしょう。
株式投資においては、ソフトバンクは投機的な資金が入りやすいといえます。しかし、長い目でソフトバンク株の行方をうらなうのであれば、この新しい試みが実を結ぶのか、を見極めることが必要だと思います。
- 先に述べたとおり、投機マネーのターゲットになりやすいソフトバンクですが、私自身は、ビジネス上、経営者の発想から学ぶべきことの多い、稀有な会社であると考えています。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。