『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

「生物多様性条約」を巡る本当の焦点は何か?

なぜ今、生物多様性条約なのか?

来る10月11日から19日にかけて、名古屋にて『生物多様性条約第10回締約国会合』が開催される。私の古巣である外務省の関係者から聞く限りでは、その準備のために立ち上げられた事務局の枢要なポジションをかつての同期たちが占め始めた様だ。この会合は11月に開催される横浜APECと並んで世界中より耳目(じもく)を集めている国際会議である。まずは日本政府関係者たちの奮闘を期待する次第だ。


しかし、そうした外交の当事者たちはともかく、世論の方はというと、今一つ盛り上がりにかけるというのが正直なところだろう。とりわけマーケットを見る限り、この記念すべき会合を前提とした動きを、活発に示している主体が目につくという状況にはおよそなっていない。率直に言って、「多様性(diversity)が必要というのは何となく分かる。しかし、だからといってこれほど大規模な国際会議やら条約やらを作ったりする必要があるのだろうか」という印象を持たれているのではないだろうか。


確かに、温暖化効果ガスによる「地球温暖化」、そして「水面の上昇」といった、分かりやすいシーンが説明される気候変動枠組条約と比べると、生物多様性条約はあまりにも分かりづらいものではある。専門家たちに聞いても、結局のところ、特に問題となってきた遺伝子ビジネスを巡る構図しか見えてこない。その構図とは、遺伝子を採取される途上国の側が、その遺伝子を用いて新しい知的財産権を創り上げ、多額の収益を得る先進国より「応分の分け前」を得るために国際条約を“振り回している”といったものだ。しかし、そうした構図は何も今、つくられたものではない。しかも明らかに膠着(こうちゃく)状況に陥ってきている。それが証拠に肝心の米国勢は、未だにこの条約に批准(ひじゅん)すらしていないというのが実態なのである。


したがって、あらためてここで問わなければならないのだ。――「なぜ今、生物多様性条約なのか」と。

オバマ大統領はどちらを向いているのか?

こうした観点でマーケットとそれを取り巻く国内外情勢を東京・国立市にある我が研究所でウォッチしていると、1つの気になる情報が飛び込んできた。


オバマ政権が米国西部で14か所の土地を保護区として指定し、開発を禁ずる措置をまもなく講じるというのである。現段階では、こうした計画は政府部内であくまでもブレイン・ストーミングとして議論されているに過ぎない、というのが政権側の説明である。しかしこれらの地域では、いずれも鉱物資源が豊富に採れるなど、開発によるあり得べき経済効果は大であるため、大きな波紋を呼んでいる(2日付米国ワシントン・タイムズ参照)。米国内ではとにかく今、失業が最大の問題となっている。その解消のために、本来であれば何としてでも雇用を確保するため、「開発」を優先しても良いはずである。しかし、政権内部の“左翼環境優先主義者”が幅を利かせている結果、むしろ逆向きの議論が行われていると大いに非難されているというわけなのである。


一見どこにでもある争いの様にも見える。「環境保護か、開発か」という議論は、とりわけ1970年代以降、語り尽くされたものであるように聞こえるからだ。しかし、土地を保護区に指定してその開発を許さないというオバマ政権側の意向は、日本とは違い、米国では大きな意味合いを持っている。なぜなら生態系がとりわけ豊かな地域(=「生物多様性」が見られる地域)であり、かつ開発もなされるべきという地域があれば、まずは隣接する地域に「代替地」を見つけ、そこにこれから壊される生態系の“コピー”を作り、その「代金」を開発する企業側に請求するというやり方が米国勢の中では一般的だからだ。こうした手法のことをミティゲーション(mitigation)という。


日本では、必ずしも聞きなれないこの手法は1970年代後半より、米国勢の中では湖沼地域の開発を中心に広く用いられてきたものである。これが普及してきたのには理由がある。“コピー”される生態系の用地買収を巡ってファンドが形成され、さらにそのファイナンスを巡って「証券化」が行われるという、米国流金融資本主義お得意のビジネス・モデルがここで登場するからだ。もちろん多くの利害関係者(ステークホルダー)がそこには登場し、利益を得てきている。ところがオバマ政権はというと、そうした利害関係者が積み上げてきた「利権構造」を打ち崩すかのような手段に出ようとしているのだ。当然、大きな反発が米国内で見られても当然だろう。

これから起きる本当の“潮目”を知る

この点も含め、今後、激動が想定される“マーケットとそれを取り巻く国内外情勢”と、その中で米国勢が密かに描き、着々と実現してきている戦略シナリオについて私は、3月26日・27日・28日に神戸・大阪・名古屋でそれぞれ開催する「IISIAスクール」で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある方は是非ともお集まりいただければ幸いである。


日本では聞きなれないビジネス・モデルである「ミティゲーション」。来る10月に行われる『生物多様性条約第10回会合』における本当の“焦点”の一つは、実はこのビジネス・モデルをどのように扱うのかという点にあると私は考えている。(詳しくは、「IISIAマンスリー・レポート(2009年12月号)」をご覧頂きたい)。なぜなら、上記の説明を一読されてお分かり頂けるとおり、「生物多様性が失われるというのであれば、その“コピー”を創れば良いだろう。しかも、そのプロセスにおいて、通常の不動産取引の時以上に多額のカネが動けば、なおのこと好ましいではないか」と米国流の金融資本主義では考える。それに対し、日本人であればどうしても疑問、そして違和感を禁じ得ないからだ。


事実、これに対抗するため、あらかじめ打ち出したかのように日本勢が珍しく提唱しているものとして「里山イニシアティヴ」なるものがある。これは一言で説明すると、自然と人間の共生が実現している地域そのものを「里山・里海」と認定し、それをモデルとして世界中に普及して行こうというものである。当然、これはいわゆる開発が大前提、マネーが動きまわるのが大前提である米国流ミティゲーションとは真っ向から反対なものだ。ただでさえ日米間で緊張が走り始めている今、このイニシアティヴを日本勢が推し進めれば、推し進めるほど、米国勢による対日不信が募ることは間違いない。


しかし、オバマ大統領率いる現在の米政権はというと、少なくとも全部ではないにせよ、その一部においてこうした日本勢の動きと符合するような振る舞いが見られつつある。その意味で米国勢が果たして来る10月に向けて、一体どのような動きを見せるのか。また、それによって世界の不動産マーケットがどういった反応を示し、新たなビジネス・チャンスあるいはリスクが生まれていくのか。――これから生物多様性条約が“潮目”の焦点としてますます熱くなっていくことは間違いない。


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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
  • ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト

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