投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。
対イラン経済制裁という“茶番”を暴く
オーストリアという「抜け道」
日本では全く話題になっていないものの、昨年(2009年)秋に発刊されて以来、公開情報インテリジェンス(OSINT)の世界で大変な話題となっている本がある。シェリー・A・スターク著『隠された信託会社(“Hidden Treuhand”)』だ。スタークは1957年生まれ。この本は米国のフロリダで出版されたものだ。
「隠された信託会社」というのは、このコラムの読者の皆様を含め、日本人にとっては全く馴染みのない言葉であると思う。しかし、ドイツ法系の国では、しばしば使われる用語であることをスタークはまず説明する。「隠された信託会社」、すなわち“verdeckte Treuhand”とは誰が信託したのか(それによって会社を創ったのか)、あるいはその信託を通じてどれほどの利益を得たのかといった「信託会社」にまつわるほとんど全ての重要情報が、一切対外公表されなくても良いとする制度である。「そんな便利なシステムがあるのか」と思われるかもしれない。しかし、現にオーストリア民放では、1002条以下の「信託」に纏(まつ)わる条文の中に、この制度がれっきとした形で記述されているのである。
問題はここからだ。――誰が信託したのか、また誰がどれくらいそこから利益を得たのか分からないということであれば、これを“悪用”する“越境する投資/事業主体”が出てきても全く不思議ではない。そして現に米国におけるネオコン勢(新保守主義者)の中でも首領格であるチェイニー前副大統領が、かつてCEO(最高執行責任者)をつとめていたハリバートン社がこの制度を用いていたことをスタークはつぶさに検証するのである。しかもこのハリバートン社がこの制度を一体何のために用いていたのかというと、驚くべきことに「対イラン取引」だというのである。つまり、本来は経済制裁の対象であるはずのイランとの取引を行うために、ハリバートン社はオーストリアにまずは「隠された信託会社」を設立。これを通じてイラン側のカウンターパートと商業取引を行い、利益をあげていたというのである。
オーストリアといって日本人が思い出すことといえば、「音楽の都・ウィーン」や「ザッハトルテ」、あるいは「シェーンブルン宮殿」といった優雅なお国柄だろう。しかし、分析を進めていくスタークの描くオーストリア像は全くそれと異なっている。そしてそこで描かれる実像としてのオーストリアは深く、暗い闇に包まれているのである。
「核兵器廃絶サミット」を主催するイラン
こうした観点でマーケットとそれを取り巻く国内外情勢を東京・国立市にある我が研究所でウォッチしていると、一つの気になる情報が飛び込んできた。
上記のとおり経済制裁を米国勢から講じられているはずのイランが、よりによってその原因であるはずの「核問題」に関連し、「核兵器廃絶サミット」を4月17日からテヘランで開催するというのである。しかも、イラン外務省報道官いわく、この“サミット”は「多くの国々によって歓迎されている」のだという(4月4日付イラン・プレスTV参照)。
これは実に奇妙な話である。なぜなら、「核兵器開発」を糾弾されているからこそ、イラン勢は国連を通じて各国から経済制裁をかけられているのだ。ところが、そのイラン勢がよりによって「核兵器廃絶」を訴え、しかも堂々と国際会議を開催するのだという。確かに不可思議なことが多い外交場裏ではあるものの、ここまであからさまな“矛盾”が露呈する事態は珍しいといっても過言ではないであろう。なぜなら、これは素で考えてみると「盗人が防犯のレクチャーを行う」ようなものだからだ。
しかし、先ほど紹介した「隠された信託会社」なる制度をご理解頂ければ、なぜこうした矛盾がまかり通っているのかについても、納得頂けるのではないかと思う。なぜならば、この制度を用いれば「経済制裁」を課しているはずの西側諸国であっても、イラン勢と“合法的”に取引を行うことが出来るため、イラン勢は実のところ痛くもかゆくもないのである。しかも米国勢の中でもとりわけ「イラン脅威論」を説いてやまなかったネオコン勢こそ、この制度をフル活用していたというのだからあきれたものである。そして米欧勢は右手で拳を振り上げながらも、左手ではイラン勢と握手をし続けているというわけなのだ。
後に残されるのは、そうした実態を知らず、また知っていたとしても自らは手を染めることのできない日本勢である。なぜならば、この4月から、日本勢は国連安保理において「議長国」であり、同時に核問題を追及する場としての「国際原子力機関(IAEA)」で事務局長ポストも占めているからである。恐らく日本の外交官諸兄は“これで日本も実力を認められた”と喜んでいるに違いない。しかし、実際には巨大な“罠”にはまっただけなのである。正に「哀しいかな、日本外交」と嘆(たん)じざるを得ない。
本当のシナリオは何か?
この点も含め、今後、激動が想定される“マーケットとそれを取り巻く国内外情勢”と、その中で米欧勢が密かに描き、着々と実現してきている戦略シナリオについて私は、4月24日に浜松・静岡でそれぞれ開催する「IISIAスタート・セミナー」(無料)で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある方は是非ともお集まりいただければ幸いである。
上記のとおり、巨大な“罠”にはまった日本勢は、このままではいかがともし難い。しかしそれでもなお、国家というレヴェルを離れて、個々人としての私たちのレヴェルから、まずはこうした世界の実情を真正面から予断無く受け止めていく努力をする事こそ、この巨大な“罠”から逃れるためにまずしなければならないことなのだ。
もちろん、こうした密やかなつながりを米欧勢と持っているイラン勢の側にも、邪心が無いわけではないだろう。この点を私たちとしても無邪気に考えるべきではない。だが、だからといってあきらめるのも早いのではないかと思う。――今から100年ほど前の1906年から1911年ころ、イランにおいては「立憲革命」が進められたことを思い出しておきたい。列強、とりわけロシア勢による草刈り場と化していた当時のイラン勢の中で、立憲主義を求める革命勢力が立ちあがる勇気を湧きあがらせることができたのは、何を隠そう、1904年から1905年にかけて行われた日露戦争でアジア人の日本勢が勝利したという史実であった。このことを高校の世界史で学んだ方は多いであろう。金融資本主義という化け物が暴れまわる世の中ではあるが、そうだからこそ今、あらためてこうした「民族同士の歴史」を思い起こすことによって、米欧系“越境する投資/事業主体”たちによってかけられた呪縛をとく糸口が得られるかもしれないと感じるのは私だけであろうか。
いずれにせよ「対イラン経済制裁」などというものは“隠された信託”という制度を前提とする限り、全くの茶番である。そうではあってもこれをリアルな事実ととらえて疑わないか、あるいは単なる“演劇”ととらえ、その裏側で進む本当のシナリオを徹底究明し始めるのか。――今、この瞬間に私たち自身の歴史の行く末を分ける“潮目”が見え始めている。
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- 筆者プロフィール
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- 名前:原田武夫(はらだ たけお)
- 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
- 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
- ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト
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