ディープが飛べば株価も上がる?全てを織り込む株価

ため息とともに沈んだディープと株価

2006年10月2日、ある会社の株が寄り付きから売り気配で始まり、結局、前週末比で3%以上下げる1779円で取引を終えました。日経平均が4日連続で続伸し、9月6日以来の1万6200円台回復するという堅調な地合の中でのことです。

その会社とは、ほとんどすべての電子機器に使われている電子部品であるプリント基板用CAD/CAMシステム開発・販売の大手の図研(6947)です。業績見通しの下方修正など、本業にかかわるマイナス材料が出たわけではありません。

下げの原因として考えられるのは、現地時間1日にフランスで行われた世界最強馬を決める凱旋門賞(仏G1、2400m)の結果です。

このレースに“日本最強馬”ディープインパクトが出場していました。

ディープインパクトは、05年の皐月賞、日本ダービー、菊花賞に勝利し、21年ぶりに無敗でのクラシック3冠を達成した驚異的な競走馬です。

ディープインパクトは、凱旋門賞で「欧州最強馬」と呼ばれるハリケーンランなど強豪がそろう中、単勝1.1倍の圧倒的1番人気でした。しかし結果は、直線で本来の切れ味を発揮することができず、優勝をレイルリンク(牡3・仏)にさらわれ、牝馬のプライド(牝6・仏)にも差し切られ3着に終わりました。

2日朝の情報番組は、軒並み凱旋門賞について取り上げていたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。NHKの生中継も、深夜としては異例の高視聴率(関東で平均16.4%)を記録。普段は競馬に興味のない人も注目していたことがうかがい知れます。

ではなぜ、「ディープ、凱旋門賞敗退」のニュースが、図研の株価と関係するのでしょう。それは、ディープインパクトの馬主が、図研の社長である金子真人氏だったためです。

とはいえ、ディープインパクトの馬主は、金子真人ホールディングス株式会社という図研とは資本関係のない、金子氏個人が設立した会社です。その馬のレース結果が、図研という東証一部上場企業の株価に本当に影響を与えるのか?こじ付けではないのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、これまでのディープインパクトの戦績と図研の株価を見ていくと、その間に深い関係があることが分かります。【ポイント1】

単純ではない株価と材料の関係リ

関係があるとはいえ「ディープが勝てば図研の株価は上がる」といった単純なものではありません。

05年5月29日に開催された中央競馬3歳牡馬の日本一を決める日本ダービーで、ディープインパクトは歴代トップの1.1倍の圧倒的人気に応え、皐月賞に続く2冠を達成しました。

その翌日の図研の株価は、日経平均が前週末比0.7%の上昇にとどまったのに対し、5.2%と大きく上昇しました。

一方で、10月の菊花賞でナリタブライアン以来11年ぶり、無敗ではシンボリルドルフ以来21年ぶりとなる3冠を達成した翌日の図研株は、日経平均が前週末比0.7%の下落に対し、5.1%も下げました。

「無敗での3冠達成」というめでたいニュースがあったなら、普通は株価は上がると考えられます。しかし、実際は下がりました。これが株の難しいところです。

この場合、日本ダービーでの勝利までは、期待先行で株価が上昇したものの、菊花賞の勝利、そして3冠達成でその期待が実現したため、「材料出尽くし」となり、株価が下がったと考えられます。

株の世界に「噂で買ってニュースで売る」という格言があります。これはニュースとして世に広く知られたときには、その材料はすでに株価に織り込まれて いることが多く、儲けを出すためには、その前の噂の段階で買いを入れなければならないということです。

株価の推移でみると、噂の段階ではどんどん上昇しても、その噂が確定したところ、つまりニュースとして広く知られた時点が天井となり、その後は下落していきます。【ポイント2】

ディープインパクトと図研の場合、菊花賞までが「噂」の段階。3冠を達成した時点で、下落となったわけです。

投資の世界に「たられば」は禁物ですが、もし今回の凱旋門賞でディープインパクトが勝っていたら図研の株価はどう動いたのでしょう。私は菊花賞のときと同様、下がっていたのではないかと思います。

図研の株価の推移をご覧ください。

9月中旬ごろから大きく上昇しているのが分かります。9月20日の終値は1099円ですが、凱旋門賞前には1216円となっています。これは、イギリスのブックメーカーのオッズでディープインパクトが1番人気になるなど、優勝への期待が高まっていた時期です。

ここまでが「噂」。もしその期待に応え優勝していたとしても、月曜の株価は「材料出尽くし」で下がっていたのではないでしょうか。

下方修正を上回る「美談」の影響

「株価は企業の通信簿」といわれることがあります。その通信簿では、主に決算など本業に関する部分が評価されます。しかし、時として本業以外の部分が大きく影響することもあります。

ディープインパクトと図研の関係はその良い例です。先ほども述べたように、図研が馬主ではないので、ディープインパクトが勝ったとしても、図研の業績に影響があるわけではありません。

他にもこんな例があります。

05年4月25日午前9時18分、JR西日本福知山線宝塚駅9時3分発の同志社前駅行き快速電車(7輌編成)が尼崎駅手前で脱線事故を起こしました。死傷者1358人の大惨事の原因として、JR西日本(9021)のずさんな管理体制に非難が集中したことは記憶に新しいことでしょう。

しかし、この事故をきっかけに株価が急上昇した会社があります。それは、現場近くに本社のある日本スピンドル製造(6242)です。

事故の当日、衝突音に気づいた社員20名がすぐに現場に急行し、救出作業を開始。知らせを受けた齊藤十内社長は、工場の全ての操業停止を命令し、全社員(約270名)を食堂に集め、全力を挙げて救助作業に当たるよう指示しました。その後、消防や警察などが駆けつけた後は、関係者の足手まといになっていはいけないと社員を引き上げさせました。

一方で事故の当事者であるJR西日本は、記者会見で「原因は置石ではないか」と述べるなど、「責任逃れ」の言動が目立ちました。その後も、事故車両に乗っていた運転士2人が救助活動を行わずそのまま出社していた、事故の3時間後にボーリング大会が開かれていたなどの事実が明らかとなりました。

あまりにも違う2社の対応。事故後、JR西日本の株価が下がったことは言うまでもありません。25日、41万4000円で始まった同社の株価は終値では40万円まで下落。その後も下がり続け、5月18日には36万3000円となりました。

それに対し、日本スピンドル製造の株価は事故後、徐々に上昇し、5月6日には274円(4月25日と比べ22.3%上昇)となりました。事故当日に、経常利益でマイナス26.7%の大幅な業績の下方修正を発表していましたので、株価が大きく下落していてもおかしくない状況での急騰劇です。

日本スピンドル製造の場合、業績の下方修正以上に事故に際しての「美談」が材料視され、株が買われたのでしょう。JR西日本に対するやり場のない個人投資家の憤りが、日本スピンドル製造株の買いあがりの原動力となったとも考えられます。

株価は多くの事柄を一瞬にして織り込みます。もちろん、会社の本業、業績数値を見ることは重要。しかし、それ以外にも目を配らせておくことで、会社の違った一面を投資判断に加えることができるのです。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
ちなみに、私は競馬をやりません。でも、何がブームとなっているか、何が株価材料となるか、ということに関しては、かなりの注意を払っています。競馬に関しては、あくまでも材料として見ているということです。何が「材料」になるか分かりません。チャートを眺めていることも大事でしょう。しかし、それ以外の世間の動きに無関心でいてはいけません。
それにしても、知るほどディープインパクトに対する世間の期待は大きかったようですね。私も日曜日の夜は手に汗握って凱旋門賞の中継を見ていました。
【ポイント2】
相場格言には含蓄のあるものが多くあります。「先人の知恵」として、自分の投資に役立ててみてはいかがでしょう。例えば、「売りは早かれ、買いは遅かれ」という格言。もちろん、投資にはタイミングが必要です。スピーディーに動くことが大きな儲けをもたらすこともあります。しかし、なんとなく周りの雰囲気に流されて買ってはみたが大損などということも往々にしてあります。投資をするなら、自分はその会社に投資すべきなのか、本当にこの会社は投資に値する会社なのか。そういった点をじっくり考えることも大切でしょう。
【ポイント3】
日本スピンドル製造の社員、そして社長の行動は素晴らしいとしかいいようありません。当時は、あまりにも違うJR西日本の対応に批判が集まったものです。なぜ2社の動きにここまでの違いが出たのか。それは「社風」なのかもしれません。
株価は業績や経済動向だけで動くわけではありません。時には、雰囲気で動く事もあります。普段から、会社の表面的な状況だけに目を配るのではなく、行動から明らかになる社風にも気をつけることで、自信を持った投資が可能となるのではないでしょうか。良い話にせよ、悪い話にせよ、自分が保有している会社、また投資を検討している会社があれば、社風を知ろうとする姿勢が必要です。

自分が好きなこと、得意なことをベースに投資することが肝要です。そのためには、好奇心旺盛になることが重要です。好奇心は投資で最も重要なファクターといっても過言ではありません。何かを見たときに、「ふーん」で終わらせるか「面白い!」と思って調べ始めるか。好奇心の広がりや深みが、最終的には投資のリターンを決すると思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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