株主総会の集中日目前、スティールの“初白星”から学ぶべきこと

“濫用的買収者”スティールの初白星

アデランスホールディングス(以下アデランス、8170)が5月29日開いた株主総会で、岡本孝善社長ら現取締役7人の再任が否決されました。

アデランスといえば、米投資ファンドのスティール・パートナーズ(以下スティール)が26%超の株式を取得。それに対抗し、アデランスが昨年12月に買収防衛策を導入し徹底抗戦していました。

そうした“ファンドVS経営陣”の対立構造のあったアデランスですが、株主総会前にはスティールによる委任状争奪戦もなく、当初は「穏やかな総会」になるとの見込みでした。それがフタを開けてみるとこの結果です。経営陣の衝撃は計り知れないものでしょう。

かつて株主総会といえば「シャンシャン総会」といわれ、特に波乱もなく、単なる儀式として行われるケースがほとんどでした。株主総会は会社の最高意思決定機関なわけですから、本来はそんなはずはありません。

しかし、こうした状況は昨年あたりから大きく変化しました。その大きな要因は投資ファンドの存在です。投資ファンドが大株主に躍り出て、総会において委任状争奪や配当金増額の要求を突きつけることが珍しくなくなったのです。

そうした投資ファンドの中でも有名なのが、今回のスティールでしょう。アデランスのほかにも、サッポロホールディングス(2501)やブルドックソース(2804)など、誰でも知っている有名企業の株式を大量に保有しています。

スティールは、企業側の防衛策の差し止めを求めて起こした訴訟で「濫用(らんよう)的買収者」のレッテルを張られ、訴えを認められることもなく、一時は日本撤退を余儀なくされるなどと噂されたこともありました。

そんな中、対アデランスでは委任状争奪戦を繰り広げることもなく、“初白星”
を挙げました。【ポイント1】

これを受け、29日の東京市場では、増配などに対する期待からアデランス株に買い注文が殺到。一時、制限値幅いっぱいのストップ高となる前日比302円高の2,160円(終値は162円高の2,020円)まで上昇しました。

友好的株主の思わぬ離反

では、今回のアデランスの“敗因”は何だったのでしょうか。一番の要因は、元々経営陣に友好的だったスティールに次ぐ2位株主の米投資顧問会社ドッチ・アンド・コック(以下ドッチ)の離反です。これにより大勢が決まったといえるでしょう。

ドッチはサンフランシスコに拠点を置き、運用資産2兆円程度で、日本ではソニー(6758)やブラザー工業(6448)などに投資しています。投資先に対しては総じて友好的で、「役員選任に反対することはほとんどない(金融関係者)」といわれています。

一方のスティールは先ほども述べたように、裁判所が初めて濫用的買収者と認定した投資ファンドです。ブルドックソースに対するTOBでは、「届け出書などを見ても、あくまで証券売買による利益獲得が目的で、会社の資産処分も見込んで」おり、TOB自体が「容認しがたい不当なもの」とまで指弾されていました。

こうして比べると2つの投資ファンドが全く異なる性質であることが分かります。それが、今回のアデランスの件では意見が一致したのです。

なぜこういう結果になったのか。この時期、スティールは株式を保有しているシチズンホールディングス(7762)に対して「不採算事業のリストラ、資金の有効活用など」を要求していました。

私がファンドマネジャー、アナリストという立場でも「不採算事業のリストラは行わないのですか?資金の有効活用の具体策は?」などといった質問は当然するでしょう。こうした点は企業価値を高めるためにも欠かせません。つまり、このスティールの要求は至極まっとうなもの、といえます。【ポイント2】

そうしたまっとうな要求をする“様変わりした”スティールに対し、アデランスが油断し、現状にあぐらをかいてしまったという側面があるのではないでしょうか。

しかし、アデランスの現状は、最終利益9割減で、中期経営計画も未達に終わっています。とてもあぐらをかいていていい状況ではなく、そんな姿に愛想を尽かしたドッチをはじめとする多くの株主の離反を招くこととなりました。

「反対のための反対」に終わらせないために

アデランスは8月下旬を目処に、新しい取締役を選ぶ臨時株主総会を開くと発表しています。今後、取締役候補の選定作業が本格化していくことでしょう。

果たして、再任を拒否した株主たちは限られた日程の中で、現経営陣に代わって会社を経営できる最適の候補を見つけることができるでしょうか。「反対のための反対」で終わっては、意味がありません。【ポイント3】

確かにアデランス経営陣に不備があったことも確かでしょう。それを糾弾することは簡単です。しかし、今回の一連の騒動は、その会社で働く従業員や取引先に大きなネガティブインパクトを与えます。株主は株を売却すれば終わりですが、そうはいかない人もいます。

また、こうした事態が続けば、かつての「持合」が復活する恐れもあります。経営者が自分の身を守るために、保守的になってしまう恐れがあるのです。

株式投資とは、「安く買って高く売る」が本質です。当然、株主は権利を主張することができ、経営陣はそれに応える必要があります。しかし、だからといって株主が何でも正しいというわけではありません。

「その権利の主張に“行きすぎ”はないのか?」「長い目で見て本当に理に適っているのか?」。そうしたことを自問することも必要でしょう。

今回のアデランスの一件は、株主総会集中日を前に、投資家に大きな課題を投げかけていると思います。

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
アデランスとスティールの間には、株主総会以前からの対立がありました。以前は、会社側が株主と経営陣が直接対話する場を設けたといいます。しかし、今回は株主対応を部下に任せていたといいます。些細なことかもしれませんが、そうした姿勢に、「投資家軽視」の姿勢が見え隠れすると言われても仕方がない面もあるでしょう。
【ポイント2】
一時は濫用的買収者に認定され日本撤退も噂されたスティールですが、最近では派手な動きは控えているようです。委任状闘争などでマスコミに大々的に報道されるのではなく、水面下でこっそりと投資を行い、リターンをあげるという手法です。 株主、投資家にも感情はあります。スティールの派手なパフォーマンスに反感を覚えた人も多かったでしょう。軌道修正が、今回のアデランスの件での勝利を呼び寄せた1つの要因であったことは間違いありません。
【ポイント3】
スティールにとって正念場はこれからです。反対することは誰にでもできます。代替案を出してこそ初めて意見。代替案なき反対は単なる愚痴です。会社の最高意思決定機関である総会で提出した自分の意見が通った以上、アデランスの企業価値が上がる役員人事に着手していかなければなりません。

投資ファンドは、かつては手法そのものが喧伝されていましたが、ここ最近は、その行動が企業価値向上にどうつながるのか、という非常にまともで、かつ奥の深い議論がなされるようになってきました。日本の金融市場が、グローバル化する中で、非常に良い傾向ではないかと思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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