iPhone 発売で勢いづくソフトバンク。孫社長の「次の一手」とは
「驚くべき滑り出し」を見せた iPhone
7月11日、話題の携帯電話 iPhone(アイフォーン)の最新モデルが、日本を含む世界21ヶ国で発売になりました。欧米では先代モデルが昨年6月に発売され大ヒットに。日本でも販売を待ち望む声が高まっていました。
今回、日本での販売権を獲得したのはソフトバンク(9984)でした。当初は、多くの専門家が、「NTTドコモ(9437)から発売されるだろう」と予想していただけに、孫正義ソフトバンク社長の手腕を評価する声も聞かれます。
では、11日に発売になった iPhone の売れ行きはどうなのでしょうか。日本国内のみの販売台数は明らかにされていませんが、米アップルは全世界での販売台数が100万台を超えたと発表しました。同社のスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)は、「驚くべき滑り出し」とコメントしています。それもそのはず。先代の iPhone は100万台売るのに、74日もかかったのです。【ポイント1】
では株価にはどう影響したのか?米アップルの株価は、直近でこそNYダウの下落に引っ張られていますが、3月頃から上昇軌道を描いていました。その他新商品の投入、パソコン市場でのシェア拡大などプラス要因が多々ありましたが、iPhone の発売もその1つといえるでしょう。
一方、ソフトバンクの株価への影響は限定的といえます。その影響を検討する前に、日本の携帯電話市場の概要やライバルの反応を見てみましょう。
「割賦制度」で大きく変わった携帯業界
iPhone の発売に関して、競合のKDDI(9433)の小野寺正社長は以下のように語っています。
iPhone がもたらす革新は3つあると思う。1つ目は、アップルが世界統一の小売価格を決めたこと。2つ目はその統一価格が通信会社の負担を前提としていること。(中略)3点目は iPhone 専用の通信料金を決めたことだ。
(2008年7月10日付日経産業新聞6面より)
iPhone に関して世間では、タッチパネルをはじめとした操作性やデザインに注目が集まりがちですが、携帯電話業界としては、「料金」に関する部分が重要です。
それもそのはず。携帯電話純増数で独走するソフトバンクの躍進のきっかけが料金体系にあるからです。
「ホワイトプラン」をはじめとする様々な施策を打ち出したソフトバンクですが、その中でも私がもっとも注目すべきと考えるのは「割賦制度」です。
ソフトバンクは携帯電話の端末料金を分割払いにする割賦制度を、業界の先陣を切り06年9月に導入しました。その様子を静観していたNTTドコモも昨年11月に、KDDIも今年6月に相次いで追随する結果になりました。
かつては、魅力ある端末の購入には初期費用として支払いが発生しました。しかし、割賦制度により、端末に支払う初期費用がゼロとなり、番号ポータビリティ制度ともあいまって、他社からのソフトバンクへの移動を促す結果となったのです。【ポイント2】
「世界を制す」孫社長の次の一手
今回の iPhone に関しては、料金体系がアップル主導で決定されたとの印象が
強くあります。特に、端末価格の一部を通信会社、つまりソフトバンクが負担
することは、不利な条件ともいえます。
実際、iPhone から得られる収益は、100万台販売しても数十億円にとどまると
の試算が、一部で報道されています。そのためか、ソフトバンクの株価も、発
売日当日には一時、5月15日ぶりの2,000円台をつけましたが、現在は1,900円
を下回る水準に戻っています。
しかし、iPhone 単体で考えていては判断を誤る可能性があります。
これまでの日本の携帯電話業界といえば、キャリアが端末の機能やサービスの内容などを決めていました。NTTドコモが生み出した「iモード」はその典型でしょう。
しかし先に述べたとおり、iPhone は違います。iPhone がどれほど売れるかは分かりませんが、従来のビジネスモデルとは違うものが生まれ、そしてそれが大々的に取り上げられる結果、それまでのキャリア支配の垂直モデルが壊れる可能性が出てきます。
そして孫社長は、そうした従来のモデルが壊れるところ、そして壊すことにビジネスチャンスがあることを、経験上よく知っているのです。その経験とは、Yahoo! BB によるブロードバンドの爆発的な普及です。
そう考えると、iPhone は孫社長の「次の一手」に向けた派手な布石だといえます。そして、派手な布石だけでなく、ほかにも着々と手が打たれています。
孫社長は、「携帯を制するものがネットを制し、アジアを制するものが世界を制する」と語っています。実際、そのビジョンに基づき、携帯、アジアと矢継ぎ早の投資を加速させています。今年4月には、中国の学生向け交流サイト「校内網」を運営する北京の企業、オーク・パシフィック・インタラクティブ(OPI)の筆頭株主となることで同社と合意しています。
また、中国移動(チャイナモバイル)、英ボーダフォンとの合弁会社で携帯向けアプリの開発を行うジョイント・イノベーション・ラボの設立は、「創業以来の布石の中で最も重要なものの1つ」とまで語っています。
こうした布石がどのような形となるのか、私たち投資家は目を離すことはできません。一方、消費者の立場としては、 Yahoo! BB によりブロードバンドが安価になったような、大々的な「地殻変動」ともいうべき変化が携帯電話の分野でも起きるかもしれない、ということに注目したいと思います。
- 【ポイント1】
-
日本では事前の予約を受け付けなかったこともあり、iPhone を求め多くの人が行列を作りました。特に、先行発売されたソフトバンク表参道店には1,500人もが並んだといいます。
しかし、実際手に入れた人からは、「絵文字がない」「アプリケーションの複数起動に時間がかかる」など不満も聞かれます。独自の文化を遂げた日本の携帯電話になれた消費者には不満も致し方ないのかもしれません。また、iPhone は携帯電話というよりは超小型PCに電話機能がついて持ち運びが可能、ぐらいの認識のほうがよいのかもしれません。 - 【ポイント2】
- ソフトバンクをきっかけに広がった端末価格と通信料金を分ける「分離モデル」は、元々総務省が旗を振ったものでした。この結果、分離モデル導入によって契約者の買い替えサイクルが伸び、端末販売台数は減少すると予想されます。世界で戦える日本の端末メーカーは、欧州エリクソンと組んだソニーだけです。端末メーカーにとって厳しい状況となりそうです。
- 【ポイント3】
- かつては、通信速度が遅く、およそ世界のインターネット環境からは遅れていた日本。世界でも指折りの高速インターネットを楽しめるようになったのは、ソフトバンクが赤字を覚悟でADSL事業を推進していったからといっても過言ではありません。ソフトバンクは結果として、ヤフーの日本における存在感を不動のものにしました。現在の孫社長の経営判断も、一筋縄ではいかない、期待できるものではないか、と考えた方がよさそうです。
ここ最近急に暑くなってきました。携帯電話商戦も盛り上がるところですが、なかなかiPhoneに続く起爆剤が見つかりにくい状況です。打開するのはやはり魅力ある端末。夏、秋と商戦が続く中、端末の動向に引き続き注目していきたいところです。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。