15年ぶりの上昇幅。物価高はいつまで続く?株価への影響は?
東電、創業以来最大の赤字
総務省は7月25日、生鮮食料品を除く6月の全国消費者物価指数(2005年を100とする)は102.0で、前年同月と比べ1.9%上昇したと発表しました。この上昇幅は、消費税の引き上げの影響を受けた期間を除くと、92年12月の2.0%以来、15年半ぶりの高水準です。
加えて、本日(7月29日)の日本経済新聞の1面には「東電、今期、標準家庭月800円上げも」の見出しが躍りました。
電気料金の改定には、3ヶ月ごとに燃料費の変動を一定範囲で反映させる「燃料費調整制度(燃調)」と、電力会社が個別判断で料金単価そのものを見直す「本格改定」の2種類があります。本格改定の場合、政府の認可を得る必要がありますが、その必要のない燃調は、「簡易的な値上げの手段」ともいえます。
もともと燃調は、円高メリットの消費者還元を趣旨に、96年に導入されました。しかし最近では、「原油価格の高騰」を理由として、値上げの手段に使われています。
消費者にとって非常に痛い値上げですが、しかしその原因である原油価格の高騰が、電力会社の業績を著しく悪化させている事実もあります。
東京電力(9501)は28日、09年3月期の連結経常損益見通しを発表しましたが、経常利益はなんと4,250億円の赤字です。前期は331億円の黒字ですので、大幅な業績悪化です。
この赤字幅は、1951年の創業以来最大のもの。確かに柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)の運転停止など、その他の要因も無視できませんが、原油価格の高騰とそれによる燃料費の増大が、業績に悪影響を与えた結果といえます。
ガソリン価格の上昇で自動車の利用を控える方もいらっしゃるでしょう。しかし、電気料金の場合、電気を使わないわけにはいきません。原油価格の高騰が、いよいよ、私たちの生活に本格的に影を落とし始めたのです。【ポイント1】
政府も指摘する「投機マネーの影響」
ただ忘れてはいけないのが、高騰しているのは原油価格だけではないということです。
例えば鉄鉱石。鉄鉱石は鉄鋼を作るために不可欠な鉱物です。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)をはじめとする新興国は、経済成長のために道路や建物を積極的に建造しています。そのためには当然、鉄鋼が必要で、その原料である鉄鉱石の需要も拡大しています。
では、その鉄鉱石の価格はどう動いているのか?
6月には、中国の鉄鋼最大手宝鋼集団(上海市)と豪英系資源大手のリオ・ティントは、08年度のオーストラリア産鉄鉱石価格交渉が値上げ幅79.88〜96.5%で合意したと発表しています。これは過去最高の値上げ幅です。
こうして原料である鉄鉱石の価格が上昇すれば、鉄鋼価格も上げざるを得ない。
その結果、鉄鋼を使う道路や建造物のコストも必然的に上昇するわけです。【ポイント2】
こうした状況を「投機家」たちも見逃しません。
実際、甘利経済産業相が閣議に提出した通商白書を見ると、原油、小麦、トウモロコシなど一次産品について、実需以外の年金基金や産油国の投資・投機資金の流入が、その価格を3〜4割程度押し上げていると試算されています。
例えば、原油は08年5月時点の125ドルのうち、実需部分は75ドル、実需以外は50ドルと試算しています。
高騰を続ける原油や食料の価格形成について、政府がまとまった分析を試みたのは初めて、かつ、投資・投機資金が押し上げていると喝破したのは画期的であったといえるでしょう。
原油価格は上昇し続けるのか?
原油価格の高騰が、最終的には消費者の負担となる電気料金の値上がりにつながるのと同様、商品価格の高騰は消費者の生活に影響を与えます。そしてそれは、「プラス」ではなく、「マイナス」の影響なのです。
先にも述べたとおり、6月の全国消費者物価指数は、15年半ぶりの上昇幅を記録しました。しかし、それに見合うだけの給与水準の上昇は見られません。
給与は増えないのにモノやサービスの値段だけが上昇する。それでは、積極的にお金を使おうとは思えないでしょう。こうした「悪い物価上昇」が続けば、景気にマイナスの影響を与えてしまいます。
こうした状況は日本だけではありません。例えば、中国。国家統計局が7月18日に発表した6月の工業品出荷価格指数(卸売物価指数)は、前年同月比8.8%の上昇でした。上昇率は5月より0.6ポイント拡大し、95年12月以来、12年半ぶりの高い水準となりました。もちろんその背景には、原油をはじめとする資源価格の高騰があります。
しかし、以前このコーナーで中国特集をお届けした際にも述べましたが、今後、原油価格が下落する可能性があります。私が平日毎日お届けしているメルマガ『投資脳のつくり方』でも、「中国を訪問し、原油価格は140ドル前後がピークになるのではないか、と考えています(7月10日)」「原油価格をはじめとした資源価格は短期的にはピークを迎える可能性が出てきていると考える。その水準は、まずは1バレル120ドルを割るレベルではないか、という仮説を持っている(7月17日)」と書きました。
その可能性を検討する際に重要なファクターとなるのが、「投機マネー」です。先に紹介した通商白書のとおり、原油をはじめとする価格高騰の背景には投機マネーがあります。
「原油がどうしても必要だ」という実需と違い、投機にとって最も大切なのは「儲けること」。そのためには、突然、逆ポジションに転じることもあります。つまり、今、とにかく買いに走っている投機マネーが、売りに転じる、つまり、価格の下落につながる可能性もあるのです。
もし資源価格が下落したら、資源関連セクターにはマイナスでしょう。一方で、物価の上昇が抑えられれば、消費者動向にはプラスに働きます。セクターで見てみると、今は原料輸入のコストに苦しみながらも、付加価値の高い製品を作っているモノ作り企業などは有望といえます。
実際、7月下旬に入り、原油価格は続落しています。短期的に見て、この下落が一時的なものの可能性はあります。しかし、私は「原油高は一段落する」のが、これからのトレンドではないかと考えています。【ポイント3】
- 【ポイント1】
- 私たちの身近な値段高騰の例といえば、ガソリン価格が挙げられるでしょう。でも、資源というのはそれだけではありません。私たちの生活に深く根ざしているのです。日本は資源を輸入に依存しているにもかかわらず、資源について考える機会があまりありません。こういった価格高騰のタイミングに、資源確保などについて、もっと議論がなされるべきではないかと思います。
- 【ポイント2】
- 鉄鋼価格の上昇でマイナスインパクトを受けているのがマンション業界です。不動産市況が軟調となったことで需要が減少している中で、資源価格が高騰しているため、マンション価格を下げる事ができないのです。同じ品質のものを作っているのに、値段だけが高い…。資源価格の上昇は、このようにさまざまなセクターに影響を与えているのです。
- 【ポイント3】
- 原油価格が多少下落しても、産油国はまったく影響を受けないと言っても過言ではありません。例えば、中東産油国であれば、原油を採掘するコストは1バレル当たり3ドル〜10ドル程度といわれています。つまり、現状の130ドル近辺で「もぼろ儲け」ですが、100ドル程度まで下落しても「ぼろ儲け」なのです。産油国も輸入国も“居心地のいい水準”である1バレル80ドル前後にまで下がることが、世界経済にとってはプラスとなるのではないでしょうか。
資源小国である日本。数年前、国際石油開発帝石や石油資源開発、商社を取材し、「日本は国をあげて資源の重要性を考えていかなければならない」と感じるようになりました。しかし実際には、資源価格が高騰し、自分たちの生活にに大きな影響が出て初めて現実味を帯びた問題として認識され始めました。資源高はマイナスの影響も大きいですが、資源に対する意識が高まったという面は、プラスに捉えるべきでしょう。 (木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。