福田首相の突然の辞意表明。国内外の反応と今後の注目点

不発に終わった政権浮揚策

9月1日、福田康夫首相が突然の辞任を発表しました。当日まで家族にも知らせず、たった1人で決めたといい、与党内からも驚きの声が上がった、まさに電撃辞任です。同日の緊急会見を控え、麻生太郎自民党幹事長、町村信孝官房長官を執務室に招いて、“通告”に近い雰囲気で辞意を伝えたといいます。

福田内閣は、当初より低い支持率に苦しめられてきました。国会運営では、参院で野党民主党の議席が上回る「ねじれ国会」を余儀なくされ、めぼしい政策の実現に至りませんでした。

もちろん、福田首相も手をこまねいていたわけではなく、辞意表明の1ヶ月前には内閣改造を実施、野田聖子氏を消費者行政担当相につけるなどし、「安心実現内閣」と銘打って支持率の浮上を図りました。

一方、自民党役員人事では、政権と距離を置いてきた麻生氏を幹事長に据えることで、その勢力の取り込みに成功していました

また、8月には政権浮揚の“最後の切り札”として、事業規模が総額11兆7,000億円にものぼる総合経済対策を発表しました。

しかし、結果は散々。8月末の日経新聞の世論調査での内閣支持率は29%にまで下落し、自民党内でも「福田首相が“顔”では選挙が戦えない」という声が高まっていたのです。【ポイント1】

懸念される日本の国力低下

福田首相の辞意表明を受け、2日の株式市場では、日経平均が大幅続落となり、前日比224円安の1万2,609円で取引を終えました。約5ヶ月ぶりの安値水準ですが、退陣の影響は限定的との声も強く、実際、8日には米国でサブプライム問題で大きくダメージを受けている2社への公的資金注入が明らかになり、日経平均も大幅高の展開となっています。

一方、今回の辞任は海外ではどのように捉えられているのでしょうか。

米ジョンズ・ホプキンス大学のケント・カルダー教授は日経新聞のインタビューに、「世界における日本の発言権、行動力の点から非常に残念だ。主要国首脳会議(洞爺湖サミット)を開催した直後に、議長を務めた福田首相が辞めるのは惜しい。日本政治が混乱しているとの印象を与え、日米同盟に影響するのではないか、とワシントンでも懸念が出ている」と答えています。

現在の日本の株式市場では、外国人投資家が大きな存在となっています。その外国人投資家は、政治動向を投資のひとつの判断基準としており、政治の混乱が続けばマネーが日本に流れ込みにくくなるという懸念があります。

そしてそれ以上に心配なのは、国際舞台における日本の地位低下です。米露だけでなく、BRICs をはじめとする新興国が台頭する中、いつまでも国内政治が混乱していては、国力を落とすことになりかねません。【ポイント2】

福田首相をどう評価するかは別として、安倍前首相に続き、約1年で国のトップが変わる、しかも「政権を投げ出した」と言われかねない形での退陣は、外交においてマイナスでしかありません。そのことがよく分かるエピソードを以下に引用します。

新首相が誕生すると、外交当局は各国首脳との初顔合わせのタイミングを入念に探る。米国、中国、ロシア、韓国などと首脳往来が一巡するのに1年以上を要する場合もある。

2005年5月、当時の小泉純一郎首相が出席したモスクワでの「対独戦勝60年記念式典」でこんなシーンに出くわした。

50ヶ国以上の首脳が勢ぞろいした記念撮影。小泉首相はあえて中央を避け、列の端で退屈そうに空を見上げていた。気づいたブッシュ米大統領が「そこにいたのか」という風情で手招きし、プーチン露大統領やシラク仏大統領、シュレーダー独首相らとの談笑の主役となった。

就任から4年を超え、主要国の各首脳とは何度も顔を合わせた旧知の仲。靖国神社への参拝問題で日本批判を強めていた中国の胡錦濤国家主席が複雑な表情で見守っていた。

『コイズミの次の次の次(風見鶏)』
08年9月7日付日経新聞朝刊2面より

総裁選、そしてその後の解散総選挙

とはいえ、福田首相の辞任はすでに決まったこと。早期解散、11月総選挙が確実といった報道もされています。民主党は小沢一郎代表の代表再選を決めており、今後の焦点はその小沢氏と総選挙で争う“顔”を決める、自民党の総裁選の行方となるでしょう。総裁選は10日告示、22日投票という日程が確定しています。

その総裁選で、真っ先に有力候補として名前が挙がったのが麻生氏です。同氏は、基礎年金の全額税方式への移行を柱とする公約の具体化に着手しています。また、財政出動などによる景気対策の実施などを主張しています。

そうした麻生氏の「積極財政」と距離を置く与謝野馨経済財政担当相や小池百合子元防衛相、石原伸晃元政調会長らも出馬を表明。これに石破茂前防衛相を加えた5名が総裁選を争うこととなりそうです。

総裁選を通して、誰がどんな経済政策を主張し、結果として誰が総裁、首相になるのかが今後の焦点となります。私たち個人投資家も、論戦をきちんと見守り、それぞれの主張を理解することが必要でしょう。

一方、その先の総選挙を見据えた場合、民主党の経済政策を理解しておくことも必要です。

米ウォールストリート・ジャーナルは「さらばミスター・フクダ」と題した社説の中で、首相が経済改革に果敢に取り組まなかったことが最大の失敗だと指摘しています。一方で民主党についても、経済改革に慎重で、同党が次の総選挙で過半数を獲得すれば、「自民党主導の内閣よりひどいことになるかもしれない」と論じています。

いずれにしても国内外の投資家は、すでに「首相辞任後」を見始めています。総裁選、そしてその後の総選挙を通じて積極的な議論が展開され、国際的にも評価される首相が誕生することを期待したいと思います。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
1年ごとに首相が変わるというのは、由々しき事態だと思います。そして、そのことに株価が大きな反応を示していないことは、さらに問題だと思います。今年の春先、日銀総裁が不在という時期がありました。これにも株式市場は大きく反応していません。というよりも、無視していた感すらあります。日本の“地盤沈下”が懸念されるところです。
【ポイント2】
外交問題は、経済にすぐ目に見える影響を与えないことが多いですが、将来的にボディブローのように効いてきます。先日マレーシアを訪問した際にも、現地の投資銀行マンから「なぜコイズミは辞めたんだ?もっと続ければよかったのに」と言われました。日本の政治がうまく機能していたのはコイズミがいたからだという印象を持っているのでしょう。 次に登場する新首相は、世界に存在感を示すことができるのでしょうか。
【ポイント3】
韓国でも香港でも、当初驚異的な支持率を誇っていた首相や行政官が、経済の落ち込みとともに支持率を大きく落としています。経済が悪いと国民は政治にその原因を求めます。これは世界共通のようです。

確かに日本の政治には問題があると思います。マスコミの論調も批判的なものが目立ちます。しかし、2年連続で首相が辞任するというのは、元をたどれば私たち国民が選挙で選んだ結果といえます。政治に興味を持つことが、今まで以上に大切になってきていると思います。(木下)

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  • まったくそのとうり、小泉さんが辞めたことが残念です。小泉さんの再登板を期待したい。

    2008年09月11日 03:49 | 持永邦雄
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プロフィール

木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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