融資規模は最大5.5兆円。窮地のビッグスリーと北米自動車市場の今後
大統領選の大きな争点?ビッグスリーの危機
ゼネラル・モーターズ(GM)など米自動車大手3社、通称「ビッグスリー」が大変な窮地に陥っています。
自動車というのは景況感を如実に表すものです。サブプライムローン問題が、金融だけでなく、実需にも影響を及ぼし、景況感の悪化につながっているのでしょう
すでに「投機的」とされていた各社の格付けは、さらに引き下げられ、「デフォルト(債務不履行)」水準に近づいています。ビッグスリーといえば、世界を代表する大企業。それが破綻が噂されるまでになっているのです。
AP通信などによると、3社が政府に対し、最大で500億ドル(約5兆5,000億円)の低利融資を求める計画があることが明らかになりました。各社とも大幅赤字の大きな要因である自国の労働条件を変更し、コスト削減を図る予定ですが、全米自動車労組(UAW)との規定により、その効果が出てくるのは再来年からで、それまでの資金繰りのために政府に融資を求めているのです。
ビッグスリーは、単体および下請けなども含め、米国の雇用を支える存在でもあります。そのため、支援策は米大統領選挙の争点になる可能性もあります。
たとえばUAWは、低利融資策を前向きに評価したオバマ−バイデンの民主党コンビを支持すると表明しています。自由競争を信条とする共和党のマケイン氏までも、オバマ氏を追う形で低利融資策の支持を表明しています。【ポイント1】
「ビッグスリー超え」でも喜べない日本メーカー
ここで改めて、ビッグスリーの苦境の原因を探ってみましょう。
やはり、最大の要因は需要の後退です。08年7月の米国の新車販売台数は前年同月比13.2%減の113万6,176台でした。米調査会社オートデータによると、ビッグスリー各社はガソリン代の高騰もあり大型車の不振が続き、いずれも2ケタ台の減少となっているといいます。
中でも、大型車に強く、これまで新車販売で首位を守ってきたGMは、「キャデラック」「シボレー」など主要ブランドが軒並み低調で、全体では26%減の23万1,314台、シェアも3.5ポイント下落の20.4%となりました。
一方、ガソリン代高騰は燃料効率のよい中小型車に強い日本メーカーにとっては追い風といえるでしょう。実際、7月の新車販売では、日本メーカー8社合計の販売台数が、単月ベースで初めてビッグスリーを超えたのです。日本メーカーのシェアは43%にも及びます。
しかし、個別に詳しくみていくと、日本メーカにとっても決して手放しで喜べる状況ではないことが分かります。本来であればガソリン代の高騰が大きな追い風となるはずのところでしたが、実際は供給が追いつかず、機会ロスが生じ、販売を伸ばしきれませんでした。トヨタ(7221)はセダン「カローラ」やハイブリッド車「プリウス」が前年割れで、全体としては11.9%減の19万7,424台となりました。
こうした落ち込みを受け、トヨタは09年の世界販売計画を当初の1,040万台から970万台に下方修正しています。世界の自動車メーカーとして初の「1,000万台超え」達成を先送りしたのです。【ポイント2】
ビッグスリーの“破綻”はありうるか
では、今後のビッグスリーをどのように予想すればよいでしょうか。
まず、原油価格の上昇に歯止めがかかっています。一時は1バレル140ドルを超えていたWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)の価格も現在は110ドル台にまで下落しています。
原油価格の下落は、自動車メーカーにとって鋼材など自動車製造のコスト削減につながります。また、ガソリン代が下がれば、需要の回復も期待できます。
また、GMやフォードは、おひざもとの北米でこそ苦戦を強いられていますが、中国やブラジルなど、今後高い成長が見込まれる新興国においては、トップシェアを誇るなど、存在感を発揮しています。。【ポイント3】
確かにビッグスリーの格付けは投機的水準にまで落ち込んでいます。破綻の可能性も否定はできないでしょう。しかし、自動車は販売金額が高い日銭商売という見方もできます。そのため、他の産業に比べキャッシュ・フローがはっきりとしており、破綻に至る可能性は他に比べると低いともいえます。
ガソリン代の下落や、低利融資の実現といった材料をきっかけに、ビッグスリーが“復活”する可能性も十分にあります。私はその可能性が高いと考えています。
08年7月は「日本メーカーがビッグスリーに初めて逆転した」大きな節目の月だったと思います。しかし、ビッグスリーの牙城はそう簡単には崩れないのではないか、と思います。
- 【ポイント1】
- 仮に500億ドルの融資が実施されると、米国民1人あたり約170ドルを負担することになります。30年ほど前にもカーター政権は経営破たんに陥ったクライスラーへの融資に政府保証を与えたことがありました。しかし、経済がグローバル化、自由化した今、同様のことが可能なのか?米国内での議論次第では、低利融資がとん挫することも十分考えられるでしょう。
- 【ポイント2】
- かつて米国市場では、ピックアップトラックと呼ばれる大型車がドル箱でした。一般的に自動車は高額車の利益率が高いケースが多いです。日本企業でも、トヨタが高い収益性を誇っていた背景に、大型車に強かったことも挙げられます。トヨタは確かに「最強の自動車メーカー」です。しかし、小型車へのシフトや新興国への進出などがうまくいかなければ、ズルズルと後退してしまうリスクも抱えているといえます。
- 【ポイント3】
- 新興国は確かに高い成長性を秘めています。しかし、直近でその伸びが鈍化している点は気がかりです。たとえば、中国では業界団体の統計によると、7月の乗用車販売台数(中国内生産分のみ)は、前年同月比6.8%増の48万8,200台と1ケタ台の伸び率です。中国汽車工業協会によると、1−7月の乗用車販売台数は15%増、06年、07年の上半期も20%を超える高成長だったことを考えると、鈍化は否定できません。
トヨタが日本企業のなかで、時価総額が最大であることからも分かるように、日本の株式市場における自動車セクターの占める割合は非常に大きなものです。だからこそ、トヨタをはじめとする自動車セクターが元気になってもらわないと、市場全体もなかなか元気にはなれません。また、自動車セクターを理解するためには、競合である海外企業や各国の状況を知ることも求められます。 積極的に情報を集め、自動車セクターを理解することは、株式市場全体、また日本以外への理解を深めるよいきっかけになると思います。 (木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。