10年ぶり減益で拡大路線に決別。純粋持ち株会社に移行したイオンの今後

「景気弱含み」で変化迫られるイオン

大手流通グループのイオン(8267)が8月21日、純粋持ち株会社に移行しました。同社は組織の刷新により、経営の効率化を図ることになります。

新体制では、これまで一体だったグループ全体の統括とジャスコなどの総合スーパー(GMS)の運営を分離、イオンの岡田元也社長が引き続き持ち株会社のトップを務め、グループの戦略作りに専念することになりました。

分離されたGMS事業は100%子会社のイオンリテールに移され、GMSを含むイオン傘下の168社は11事業に分類された上で、それぞれに最高経営責任者(CEO)が置かれます。【ポイント1】

イオンはこれまで、M&Aなどを通じて規模の拡大を追及してきました。しかし、08年2月期連結決算では10年ぶりの営業減益、直近8月8日に発表された3−5月期の連結営業利益も前年同期比20%減の226億円と、ここにきてその戦略にほころびが見えています。

その主因として、利益率の高い衣料品事業の悪化が挙げられます。そして、なぜ事業が悪化したのかといえば、景気、個人消費の後退が原因です。

政府は8月の月例経済報告で、景気動向について「このところ弱含んでいる」とし、与謝野馨経済財政担当相も4年8ヶ月ぶりに「回復」の表現をなくし、景気が後退局面入りしたことを事実上、認めました。

月例経済報告で「弱含み」と判断されたのは、景気が後退局面にあった01年5月以来。銀行の不良債権処理損失も、08年4−6月期に大手銀行と地方銀行の合計で約4,000億円に上り、前年同期(2,300億円)に比べて7割増えているなど、景気後退を表すような数字が見られます。

こうなると、どうしても消費者の財布の紐は固くなり、イオンを含む小売業に影響してきてしまいます。

こうした厳しい状況に危機感を持つイオンは、現状の打破を図るため組織を大きく改変したのでしょう。

岡田社長の復活に向けた決意

もともとイオンは、成長性を期待され投資家から人気の高かった企業です。実際、岡田社長の就任後、モール型ショッピングセンター(SC)や買収戦略が評価され、06年には時価総額は2兆2,000億円にまで膨らみました。しかし、直近では約1兆円と、岡田社長の就任時の水準に戻ってしまっています。

もちろん、イオンとしてもこうした現状に甘んじているわけではなく、09年2月期からの中期経営計画では、最終年度の2011年2月期に、連結売上高で5兆8,500億円、営業利益で2,500億円を目指す、意欲的ともいえる数値を発表しています。

その達成のための具体策としては、苦戦を強いられているGMSや赤字の子会社の米衣料品専門店「タルボット」のリストラ、SCの出店ペースを従来の半分に落とすなど、これまでの「拡大路線」からの決別が挙げられます。【ポイント2】

一方で、中国を中心とする海外への投資は最大で過去3年間の約4倍にあたる1,600億円を投じるとしています。

こうした企業の“復活”に向けた動きを評価する際には、その企業のトップの発言を観察することも必要です。そこから“決意”が伝わってくるか否かが重要だからです。

報道ベースで明らかになっている岡田社長のコメントは以下の通りです。

「GMS改革の本質の1つはリストラだ。マイカル、ジャスコで100店舗くらいはつぶさなければいけない」

「旧態依然とした売り場から決別する3年になると思う」

「これまで大穴をあけていたタルボットは回復してくる」

「(海外の営業利益規模は、という質問に対して)現在好調なイオンクレジットを入れて200億円だが、GMSだけで200億円くらいにしたい」

小売業復活のための3つのステップ

こうしたイオンの動きに対して、現在、株式市場は判断を迷っているところもあり、株価は決して好調とはいえません。しかし私は、上記の岡田社長の決意が具体化されていけば、徐々に株価も戻っていくのではないかと考えています。【ポイント3】

というのも、小売業の“復活”に際しては「3つのステップ」を踏む場合が多くあるのです。そして、それに照らし合わせると、イオンの進もうとしてる方向は復活を期待させる、魅力的なものに映るのです。

その3つのステップとは、1)赤字、不採算店舗の撤去などのリストラ、2)商品、店舗のリニューアル、3)次なる成長に向けての新型店舗の新規出店の3つです。先に紹介した岡田社長のコメントは、この3つのステップに合致しているといえます。

また私は平日毎日配信している無料メールマガジン『投資脳のつくり方』の中で、以下のように解説しています。

同社は前期、10年ぶりの減益決算を発表、2009年2月期から3年間の経営計画で、国内は総合スーパーの再建を軸に拡大路線を修正している。特に注目できるのは、国内市場のリストラに加え、主力の小売り事業は海外、とりわけアジアに成長の軸足を移すと明確に発表している点だ。

現在、中国、タイ、マレーシアに約50店を展開しているが、2011年2月期末までに約190店まで拡大。過去3年の約4倍に当たる1,400億―1,600億円を投じる。数年内に総合スーパー事業は「海外の営業利益が国内を上回ることになる」と岡田元也社長の鼻息も荒い。

イオンは安売りを前面に押し出すより、大型SCに象徴される「賑わい」や「遊び」のある店づくりで対抗する構えのようだ。例えば、五輪で沸く中国・北京の中心部から車で北に約30分。イオンが来月下旬にも開業するSCが姿を現す。延べ床面積は約15万平方メートルと、同社が埼玉県羽生市で運営する国内最大のSCを3割強上回る。

いまだ全容は明らかになっていないが、総合スーパーを中核に娯楽から飲食まで様々な施設を集めるとみられる。1990年代から日本で広がった郊外型の大規模SC。「成功モデルが中国で通用するのか、北京は大きな試金石だ」。経営陣はこう口をそろえる。

イオンの前身である呉服店「岡田屋」の時代から、岡田家には「大黒柱に車をつけよ」との家訓が伝わる。世の流れや環境に応じ、大黒柱でも動かさなければならない――。世界で戦う小売業は少ない。イオンが国内で見せてきた小売りの常識を変える手法が海外で通用するか。極めて高い興味を持っている。

『投資脳のつくり方』8月21日号

今までは「成長株の教科書」と呼ばれるほど、投資家からも人気が高かったイオン。しかし、足元の業績悪化により、投資家からの信頼は落ちていると言えるでしょう。だからこそ、今、彼らが掲げている戦略が正しいのかどうか、応援できる企業なのかどうか、しっかりと分析する目が求められています。

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
持ち株会社制への移行で注目すべき点として、イオン傘下にぶらさがる11の事業部門トップが最高執行責任者(COO)ではなく、最高経営責任者(CEO)であることが挙げられます。業務を執行するCOOと違い、CEOは社長。事業部門のCEOは成果を出さないと持ち株会社から投資を受けることができないので、必死になります。組織の強さがどのように発揮されていくのか、注目したいところです。
【ポイント2】
かつてはイオンを支える“孝行息子”だったタルボット。それが今では100億円を超える赤字を計上し、足を引っ張る存在になってしまいました。いまや日本の企業を調べる上でも、海外企業にアプローチしなければならなくなっています。 しかし、見るべき点は同じです。さきほど上記で書いた例でいえば、1)のリストラがどの程度達成できるか、という点になるでしょう。店舗閉鎖、業態縮小などを発表しており、とかく注目の集まりがちなGMSだけでなく、こちらの行方もあわせて見ていきたいと思います。
【ポイント3】
リストラにせよ、新規出店にせよ、お金がかかるものです。そのため、同社は「証券化」という仕組みを用い、資金調達を検討しているようです。しかし、証券化のためには、資金の出し手が存在しなければなりません。足元のサブプライムローン問題によって外資系証券会社は体力を低下させています。どの程度の資金調達が可能となるのか、金融面からも視野を広げておく必要があります。

運用会社に所属していた時期、バリューチームに所属していたため、イオンのような成長株(グロース株)に投資することはチームの特性上、難しかったです。私が見ていたバリュー株は、たいていが業績が悪いなど、何か悪材料があるものです。今のイオンも同様です。その悪材料がなくなるかどうかを分析するのは、まさにアナリストとしての力量が試されるところ。私は、同社の復活劇に期待を寄せています。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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