相次ぐ電子マネー参入に疑問符も。伸びる小売業を見極めるポイント
ナナコとワオン登場
07年4月23日、セブン&アイ・ホールディングス(セブン&アイ、3382)は独自の電子マネー「nanaco(ナナコ)」の取り扱いを開始しました。流通業では初の独自の電子マネーで、5月28日までに傘下のセブンイレブン全店での使用が可能になるほか、秋以降はイトーヨーカ堂やデニーズ、さらにはグループ外企業でも使用が可能になるといいます。【ポイント1】
また、イオン(8267)も27日に電子マネー「WAON(ワオン)」の発行を開始し、追撃しました。まずは関東と新潟の一部ジャスコなど96店でスタート、来年の4月までにイオンのショッピングセンターなど2万3,000店で利用できるようになる見込みです。
両社とも、特典を付けることで利用者の拡大を図っています。ナナコの場合、100円の買い物で1円相当のポイントが付与されます。ワオンでは、200円で1円相当のポイントの付与と、7月までの毎月10日は買い物代金の5%を値引きを実施します。
セブン&アイとイオンといえば、「小売業日本一」を争うライバル。電子マネーの分野でも両社の熾烈な競争が始まったわけです。
直近の状況をみてみると、セブン&アイのナナコが一歩リードしているようです。インターネット調査会社のマクロミル(3730)の調査によると、ナナコの概要か名称を「知っている」と答えたのが35%、そのうち「利用したい(入会登録済みを含む)」は55%でした。一方、ワオンを「知っている」は21%、「利用した」は43%となっています。
同調査によると、電子マネーで重視するのは「普段からよく利用する店舗で使える(55%)」、「使えるお店の数が多い(50%)」だといい、コンビニという身近な店舗で利用できる点が、ナナコに有利に働いているようです。
※調査は07年4月9−10日、東京、神奈川、千葉、埼玉に住む15〜59歳の男女を対象に実施、有効回答数1,030人。
電子マネーといえば、ソニー(6758)系のビットワレットの「Edy(エディ)」が先行。また、特に関東圏ではJR東日本(9020)の「Suica(スイカ)」が、電車運賃のみならず、「エキナカ」での買い物でも利用できることから、利用者を増やしています。
最近では、首都圏のJR、私鉄、地下鉄、バスを1枚のカードで利用できる「PASMO(パスモ)」が、あまりの人気のため、カードの生産が追いつかず、新規発行を制限する事態になったことは記憶に新しいでしょう。
こうした状況の中、2大流通グループの参入で、電子マネーの分野は、まさに群雄割拠ともいうべき様相を呈しています。
電子マネーがビジネスを変える?
利用者にとって、電子マネーは小銭を持ち歩かなくてすむなどのメリットがあります。では、相次いで参入したセブン&アイ、イオンには、どのような狙いがあるのでしょうか。
まず1つは、顧客の囲い込みです。ポイントをはじめとする、各種の特典を付けることで、「買い物するならこの電子マネーが使える店舗で」と消費者が考えれば、リピート客を確保することができます。
また、よりきめ細かなマーケティングも大きな狙いです。
セブン&アイの業績をけん引してきたセブン−イレブン・ジャパンが4月12日に発表した07年2月期単独決算は、営業利益が1,727億円で前期比3%の減少となりました。営業利益減は、79年に同社が上場して以来初めてのことで、従来のマーケティング手法が通じなくなっていることが読み取れます。そこで、電子マネーを活用した新しいマーケティングが力を発揮するわけです。
ナナコの場合、ほかの電子マネーと違いカードの申し込み時に、住所、氏名、年齢、性別などを登録が必要なため、個人の購買履歴を事細かに把握することができます。
その情報を従来のPOS(販売時点情報管理)を組み合わせることで、「ID(個人認証)POS」という新しいマーケティング手法が可能になるのです。【ポイント2】
ただ、IDPOSをマーケティングに活用するためには、ナナコ決済の利用率を高める必要があります。利用がごく一部では、全体の傾向を読み取れないからです。
そのため、セブン&アイのCIO(最高情報責任者)に相当する佐藤政行執行役員システム企画部CVSシステムシニアオフィサーは、初年度に1,000万枚発行という目標を発表。ナナコにかける意気込みを、「約1万店の店舗が全国でナナコのサービスを開始する07年5月からの1年間で、1店舗当たり1,000人の会員を集めることは無理な計算ではない」と語っています。
一方、イオンには各地方自治体と連携し、ワオンを中核に置く「地域通貨」づくりによって、電子マネーがまだ普及していない地方の消費者を囲い込むという狙いがあるようです。
電子マネーは“閉塞感”の打破の決定打になりうるか?
上記の通り、セブン−イレブン・ジャパンは上場以来初の減益に見舞われるなど、コンビニ、スーパーなどの小売業の成長には頭打ち感があります。
コンビニでは、このところ既存店舗の売上低迷とともに、これまで成長を支えてきた新規出店も鈍化。サークルKサンクス(3337)にいたっては、店舗数が初の純減となりました。
また、日本チェーンストア協会が4月23日に発表した主要スーパーの3月の売上高が15ヵ月連続で前年割れするなど、スーパーの厳しい状況がうかがえます。
では電子マネーと新しいマーケティング手法の導入がこうした現状を打破する起爆剤になりえるのか?残念ながら、市場は厳しい評価を下しているようです。
日経平均株価(緑)VSセブン&アイ(青)VSイオン(赤)
(各社株価を100として指数化、期間は6ヶ月)
年初より世界同時株安などがあっても小康状態を保ってきた日経平均株価と比較すると、パフォーマンスは大きく劣っています。少なくとも、両社が手がけている電子マネーは、株式市場では評価されていないということになります。
では、今後はどうでしょう。私も実はそれほど大きな期待をしていません。というのは、崩れ落ち始めているビジネスモデルを支えるだけのパワーは電子マネーにはないと思われるからです。
小売業界で業績を伸ばすには比較的単純な方法しかありません。それは1)新規出店、2)不採算店舗てこ入れ、3)他業態進出、の3つです。小売業界に投資するかどうかを決めるためには、投資対象銘柄が、上記3つのどれに当てはまっているかどうかを確かめる必要があります。【ポイント3】
しかし、セブン&アイにせよ、イオンにせよ、現時点ではこれら3つの投資ポイントに当てはまりにくいと考えられます。
セブン&アイはかつて、3つすべてが当てはまっていたため株価も好調な時期がありました。コンビニ事業の成長(新規出店)、イトーヨーカ堂改革(不採算店舗てこ入れ)、セブン銀行参入など(他業態進出)といった点が挙げられるでしょう。
しかし、いまやコンビニの成長は止まり、イトーヨーカ堂の利益はダイエーよりも低い状態です。他業態は落ち込みをカバーするほどの規模ではありません。
そのため、私はセブン&アイがナナコによってより精密なマーケティングが可能になったとしても、即座には業績に反映しないと考えています。イオンも同様です。
確かに、電子マネーという注目される投資テーマに期待する向きもあるでしょう。しかし、それ以上に重要なことはビジネスモデル自体が投資に値するかどうか、という点。話題に惑わされることなく、きっちりと投資対象を研究することが求められるのです。
- 【ポイント1】
-
前出の佐藤CIOは、ナナコの利用開始を、前月の3月から利用が始まったパスモのリリース時期に合わせたと明言しています。少しでもナナコに注目を集めようという意図があったのでしょう。
しかし、果たしてこれが本当に良かったのか?他人のふんどしで利用者を伸ばすという姿勢は、コンビニという業態を初めて日本に上陸させたころの同社のパイオニア精神とは少し違うような気がしてなりません。 - 【ポイント2】
- セブンイレブンが徹底的に行ったPOSシステムは、確かに顧客ニーズを読み解く上で重要な機能でした。しかし、ニーズに応えるというのは一見すると良心的に聞こえますが、爆発的に伸びる商品は、供給者側が作り出すともいえます。コンビニという画期的な“商品”を作り上げた同社グループだからこそ、従来のアップデートにとどまらない考え方を示して欲しいものです。
- 【ポイント3】
- 小売業界への投資ポイントを3つ挙げました。これにもうひとつ加えるとすると景気動向です。景気が良くなると、1人当たりの消費量が増えるだけでなく、購入する金額も高くなるでしょう。また、質、そして「どこで買うのか」へのこだわりも高まると考えられます。便利さを売り物にデフレを勝ち抜いたコンビニにとって、景気回復、そしてデフレ時代からインフレ時代への移行は、必ずしも追い風にはならないかもしれません。
上場以来初めて減益になったセブンイレブン。当初は増益を予想していたわけですから、深刻に受け止める必要があるでしょう。そうした現状を打破する糸口がはっきりとするまでは、様子見の姿勢でよいと思います。投資対象は他にいくらでもあります。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。