ついに全面対決か。楽天の“仕掛け”でTBSはどう動く?

楽天、TBS株の買い増しを表明

楽天(4755)は、07年4月19日、TBS(9401)への出資比率を20%強まで引き上げ、持分法適用会社にする意向を同社に伝えたと発表しました。楽天はすでに19日の市場外相対取引で約150万株のTBS株を追加取得し、グループの出資比率を従来の19.07%から19.86%まで引き上げています。

同時に楽天は、6月のTBSの株主総会で楽天の三木谷浩史社長とカルチュア・コンビニエンス・クラブ(4756)の増田宗昭社長(楽天社外取締役を兼務)のTBS社外取締役選任を求めるとしています。

両社の関係は、05年10月に楽天がTBS株を大量取得し、統合を提案してから大きな変化はなく、小康状態が続いていました。それがなぜ、ここにきて楽天側は奇襲を仕掛けたのでしょうか。

今回は楽天の発表で大きく報道されましたが、事態が動き出す予兆が2月中旬にありました。三木谷社長が「議決権凍結の延長はない」と、決算説明会で表明していたのです。

議決権凍結とは、05年のTBS株大量取得後、両社の間にみずほコーポレート銀行が仲介に入り、まとめた覚書に記載されている条件の1つです。

TBSは楽天の統合申し入れに対して、楽天が保有するTBS株の全部または一部を売却することが交渉の前提であるとの姿勢をとり続けていました。しかし、楽天にとって、もし全てを売却してしまえば交渉のための“武器”を失うことになります。また一部を売却すると、株価が下落し含み損を抱えることになりかねません。

そこで楽天が、保有するTBS株の一部を信託銀行に信託することで、議決権の一部を凍結、楽天によるTBSの経営への関与度合いを抑えることにしたのです。両社にとって損失が少ない譲歩案であったといえるでしょう。

しかし、その後の交渉は思うように進みません。少なくとも楽天にとっては、満足のいく成果は出ていませんでした。そこで、現状打破のためにも議決権凍結の延長を拒否したのです。

それに対してTBSは、かねてより検討していた買収防衛策を導入し対抗しました。

防衛策の内容は、20%超の買収者に対しほぼ自動的に防衛策を発動できるほか、複数の敵対的買収者が連携して20%を超える株を買った場合も発動できるというものです。これは、明らかに当時19%の株式を保有していた楽天を意識したものです。【ポイント1】

こうしたTBSの対応に、楽天内には「株を買う行為のどこが悪いのか」といった強い反発があったといいます。交渉も思うように進まない。そうした状況への焦りが、今回の買い増し表明という「しかけ」につながったのでしょう。

株式市場の反応はどうだったのか。楽天が買い増しを表明した翌日4月20日の東京株式市場では、TBS株が前日比11%高の4,250円。一方の楽天は、4%下落の4万5,750円となっています。市場は、楽天に厳しい評価を下したようです。

世界に通用するメディアグループの設立

05年10月、楽天がTBSに統合提案を行った際、三木谷社長は「(経営統合によって)世界に通用するメディアグループを設立したい」と語っていました。しかし、楽天の狙いは本当にそれだけだったのでしょうか。楽天のTBS株大量取得の経緯とその後の展開を、改めて振り返ってみましょう。

TBSは半導体製造装置大手の東京エレクトロン(8035)やBS放送のWOWOW(4839)などの大株主です。また、再開発が進む赤坂に時価数千億円とみられる土地を保有しています。しかし、楽天が株を取得した当時の時価総額は4,000億円程度です。TBSの株価は明らかに割安といえます。

また、TBSには毎日新聞の資本が入っているとはいえ、「在京キー局で唯一新聞社との関係が薄く」、新聞社が数十%を保有するほかのテレビ局とは状況が異なります。そのため安定株主が存在せず、買収の標的になりやすかったといえます。割安でかつ安定株主が存在しないとなれば、TBS株はまさに狙い目といえるでしょう。【ポイント2】

しかし、狙われたTBSは、「なぜだまって株を取得したのか」、「いきなり株を買って統合提案するのはいかがなものか」、「威圧的に感じる」(井上弘社長)と不快感をあらわにしていました。

そのため、両社の交渉は平行線をたどっていました。そこで登場したのが前述のみずほコーポレート銀行でした。

同行は両社の取引行であるだけでなく、斎藤藤宏頭取は三木谷社長の旧日本興業銀行時代の上司にあたります。

楽天・TBSが全面対決となれば、同行としても敵味方をはっきりさせなければならず、一方の取引先を失いかねない状況でした。そこで、同行が仲介に入り、休戦協定にあたる「覚書」を交わすことになったのです。

覚書の内容は(1)いったん楽天は経営統合提案を取り下げる、(2)楽天が保有するTBS株のうち、発行済みの10%を超える部分は信託し議決権を凍結する、(3)両社は業務提携委員会を発足させ提携の可能性を協議する、というものでした。

以降、両社は提携の可能性を模索しながらも、楽天が株売却を承諾しなかったため、交渉は行き詰っていました。そしてTBSはこの間に安定株主工作を進め、約1年3ヶ月で「発行済みの6割は安定株主で固めた」といわれています。

こうしたこう着状態の中でのTBSの買収防衛策です。楽天がとうとう痺れを切らしたというところなのでしょう。

今後の焦点は「裁判」と「株主総会」

TBSの買収防衛策は株主総会で承認されなければ発動できません。TBS側としては着々と安定株主工作を行ってきたことから、可決に自信を深めていることでしょう。

買収防衛策の導入に反対してきた楽天としては、株主総会の前にTBSが防衛策発動を検討せざるを得ない状況に持ち込み、仮に発動されれば、20%という発動対象の設定の是非を問う裁判を起こすみられます。

裁判といえばライブドアとフジテレビ(4676)のケースが思い出されます。裁判では、フジ側の新株予約権発行が「現経営陣の権限の乱用で著しく不公正な発行に当たる」と判断されました。楽天は、同社を「狙い撃ち」するTBSの防衛策に対しても、同様の判断が下ることを期待しているのでしょう。

事実、M&A問題に詳しい池永朝昭弁護士は「20%程度の株式保有はよくある。防衛策発動基準としては低めではないか」と指摘しています。

また、TBSが安定株主工作を行っているとはいえ、6月の株主総会に向け、買収防衛策の承認と三木谷社長らの社外取締役選任を巡る激しいプロキシー・ファイト(委任状争奪戦)が繰り広げられることが予想されます。

その際、例えば靴販売大手エービーシー・マート(2670)の三木正浩会長の資産管理会社が保有する約9%などの動向が気になるところです。

楽天5月2日は、TBSが買い増しに対して提示していた71項目にわたる質問状に回答しました。それについて、楽天は以下のような内容を含むプレスリリースを題しています。

本日の回答書提出は本プランに定める手続きを遵守したもので、その回答内容も、買付意向説明書にてご説明いたしましたとおり、中長期的観点に立って、「放送メディア」と「インターネット・サービス企業」双方の社会的役割・使命を十分に理解・尊重し、もって放送の公共性を担保・補完しつつ、双方の特長を最大限に活用したサービスの提供を東京放送と当社とで他に先駆けて実現してまいりたいという考えのもと、できる限り誠実に回答をいたしました。

楽天が出したプレスリリースはこちら

果たして、楽天が描くような先駆的なメディア企業が誕生するのか、それともメディア企業の買収は日本ではまだ早すぎるのか。再び両社の動向に注目しておくタイミングがやってきたといえます。

加えて、三角合併解禁のこの時期、TBSの防衛策がどう判断されるのかは、投資家であれば注意深く見守る必要があります。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
焦点になっている買収防衛策。しかし、アメリカでは既に買収防衛策の議論は過去のものになっています。実際、米国では買収防衛策を導入している上場企業は8割にのぼるにもかかわらず、敵対的買収の成功率は5割です。結局、買収防衛策は考えられているほど効力を発揮していないのが実情なのです。
日本はまだまだM&Aの議論がアメリカに比べ遅れていることが、今回の楽天、TBSの問題でも浮き彫りとなりました。
【ポイント2】
日本のメディアは、新聞社が大株主となっているなど、欧米メディアとは設立の経緯から異なっています。
アメリカやオーストラリアではメディアの再編劇が日常茶飯事で、最近では、英金融情報・メディア大手のロイターに対して、カナダの情報サービス大手トムソンが買収を打診していたことが明らかになりました。一方、日本ではメディアはまだまだ「腫れ物に触る」という感じがあります。
しかし、かつては日本でも銀行や証券会社が合併したり、外資の傘下になることなど考えられませんでした。メディアもこのまま再編と無縁でいられるとは限りません。楽天・TBSの事例は、今後を占うためにもしっかりと見届けていく必要があるでしょう。
【ポイント3】
買収防衛策が大きく取りざたされていますが、本来、私たちが知りたいこと、知るべきことは、楽天とTBSが提携したらどういったメリットがあるのかということのはずです。
M&A関連ニュースでは、ついつい金融技術などに目がいきがちですが、本当に大事なのは、融合後にどういった姿となるのかです。
楽天は、壮大な計画と足元を固める具体的なオペレーションの説明が求められているのです。

ライブドアとフジテレビ(ニッポン放送)の時もそうでした。M&A後にどうなるのか、結局私たちには示されませんでした。M&Aで重要なのは、「その後」です。何も変わらないのであればそれは、当事者にとってのメリットだけです。投資家であれば、統合後の青写真をきちんと吟味する慎重な姿勢が必要でしょう。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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