株式市場の“非合理”アノマリーで読む株価の動き
10月は安値がつきやすい?
株式投資をしていると、合理的に説明ができない現象に出会うことがあると思います。一般的に、株式市場などマーケットにおける価格形成は、経済合理性に基づいているといわれますが、場合によってはそれだけでは説明できない現象もあるのです。
こうした合理的に説明がつかない市場の変化を「アノマリー現象」と呼びます。アノマリー(anomaly)とは「例外、異例、矛盾」といった意味の言葉。投資の世界におけるアノマリーとは、価格理論から導かれる期待収益率よりも高い(あるいは低い)収益率を生む一連のパターンのことを指します。
売り買いをするのは人間です。その人間には、合理的でない部分が少なからずあるので、株式市場にも合理的に説明できないアノマリーがあるのも当然といえば当然です。【ポイント1】
例えば、アメリカには「5月に売って、どこかへ行け(Sell in May and Go Away)」という格言があります。これは、6月から10月にかけて安値がつきやすいので、5月に持っている株を全て売ってしまって、しばらくは株のことを忘れてしまおう、ということです。
過去の実例から、「6月から10月にかけては安値がつきやすい」と導き出されたのだとしても、今年株価が同じ動きをするとは限りません。合理性を優先するなら、ただの偶然と切り捨てて、チャートなりファンダメンタルズを検討して売買すべき、ということになるでしょう。
実は合理的な説明が可能?
では、「6月から10月にかけては安値がつきやすい」は本当に“非合理的”なのでしょうか。
まず6月から8月は、欧米では夏のバカンスの時期です。参加者が少なく、マーケット全体が低調な動きになりやすいのです。
また、多くのアメリカの投資信託が10月末に決算を迎えます。そのため、節税目的で9月から10月にかけて保有株を売却する動き(tax loss sales)があります。
こうした状況を鑑みれば、「6月から10月にかけては安値がつきやすい」というアノマリーに基づく「5月に売って、どこかへ行け」は必ずしも“非合理的”とはいえないのかもしれません。経験則として伝えられたものも、内容をよくみると、実はしっかりとした根拠があったのです。
他のアノマリーの例もみてみましょう。日本の場合、暦に基づくものがたくさんあります。以下に代表的なものを挙げました。
『12月の株価は安く、1月の株価は高い』
12月も10月と同様に、大口投資家の節税対策による売りが出ます。また、クリスマス休暇で低調な動きになりやすいのです。1月はその反動で高値をつけやすくなります。このアノマリーも合理的な説明のつくものといえるでしょう。
『節分天井、彼岸底』
前年末の反動で値上がりした株価も節分(2月3日)のころには天井を打ち、彼岸(3月20日)のころに底値になるということ。なぜ節分のころに天井を打つのか、合理的な説明はないのではないでしょうか?一方、彼岸のころの底値は、年度末を前に売りが増えることから株安になりやすいと説明することができます。
『新年度相場=4月の株高』
新年度の始まり、つまり4月は1年の中で最も高値をつけやすい時期だといわれています。このころに機関投資家の運用が開始されるため、と考えられます。
『鯉のぼりの季節が過ぎたら株は売り』
新年度相場で好調だった株価も、鯉のぼりの季節、つまりこどもの日(5月5日)を過ぎると値上がりしづらくなるということ。機関投資家の買いが一巡したことが1つの要因です。
『お盆の閑散相場』
8月のお盆の前後は、夏休みシーズンで市場が閑散とします。「夏枯れ」という言葉もある通り、この時期には株価を大きく動かす材料は出づらく、出来高もつみ上がりにくくなるという言葉です。ただ最近では、ネット証券の広がりで、お盆の休みでも積極的に売買する個人投資家も増えたため、このアノマリーが当てはまらないケースが増えてきたようです。
『彼岸底』
中間決算に向けた売りが彼岸(9月23日の秋分の日とその前後各3日)のころにピークを迎えるため、9月は全体として高値がつきにくい月となっています。
『頭を垂れる稲穂相場』
9月の売りが一巡した後の10月は、買いが先行しやすくなります。
また、暦に関するものとしては、2日から取引が始まる日、またはその月は相場が荒れるという「二日新甫(ふつかしんぽ)は荒れる」や「月曜日の株価は高い」などのアノマリーも有名です。
投資に参加しているのが人間である以上、株式市場でも人間の生活パターン、つまり、暦が株価を左右するという考えは一理あるのではないでしょうか。【ポイント2】
他にも「晴れの日は上がり、曇り・雨の日は下がる」というアノマリーがあります。これこそまさに根拠がないようにみえます。
しかし、生理学的に天気のよい日は、交感神経が刺激され前向きで活動的な気分になることが分かっています。晴れの日は投資家も活動的な気分になり、活発な投資が行われるのでしょうか、実際に天気と株価の関係をみると、晴れた日の株価上昇率は、雨の日に比べて大きいことが日本を含めた世界の株式市場で報告されているそうです。
村上氏もアノマリーを活用?
では銘柄属性に関するアノマリーの例もみてみましょう。
例えば、「低PBR効果」です。PBRとは株価純資産倍率と呼ばれ(株価÷1株当たり利益)で求められる指標。1を割ると企業が保有する資産価値よりも、株価が割安に評価されているという意味で使用されます。低PBR効果は、こうした低PBR企業が、市場の平均以上のパフォーマンスを見せるというアノマリーです。
実は、村上ファンドが買収しようとした阪神電鉄は、典型的な低PBR銘柄です。
阪神電鉄は大阪市中心部に優良な資産を保有しています。西梅田の再開発ビル「ハービスOSAKA」や「ハービスエント」の賃料は大阪市内の商業ビルの中でも最高水準です。これらの2棟の含み益は公示地価を基準に計算すると980億円にのぼります。他にも帳簿価格わずか800万円の甲子園球場や阪神百貨店など主要6不動産の簿価と時価の差額は約1,600億円にのぼり、こうした含み益を考慮すると、かなりの低PBRとなります。
また、売買に関しては「リターンリバーサル」というアノマリーがあります。これは、行き過ぎた株価の上昇や下落は、いつかは反発し妥当な株価に落ち着くということです。
これを売買に活かすのであれば、一定期間に大きく値上がりした銘柄は、近く下がることが予想されるので、値上がりしているうちに売ってしまい利益を確定させる。または、大きく値下がりしている株は、近く値上がりすることが予想されるので、買っておくということになります。
「ボロ株投資」は、このアノマリーにのっとり、超低位株の株価回復を期待した投資手法といえます。
このようにアノマリーを実際の投資に活かすこともできます。「非合理だ」と無視するのではなく、こういう現象があることを認識しておけば、きっとあなたの投資に役立つ機会もあるはずです。【ポイント3】
- 【ポイント1】
- 「投資は人間が行うもの」を前提に、アノマリーを科学的に解明しようとする研究「行動ファイナンス学」というものがあります。行動ファイナンスを利用し、高いパフォーマンスを狙うファンドなども登場し、市民権を得るようになってきました。実際に投資をすると、理論が通用しない場面は多々あります。こうしたとき、柔軟に頭を使う意味でもアノマリーは知っておいて損はないのです。
- 【ポイント2】
- 私が個人的に眺めているのが、「天神底」と呼ばれるもの。天神底とは、大阪天満宮の夏祭り(天神祭)が開かれる7月下旬を境に株価が反発に向かう、という北浜(大阪証券取引所)における言い伝えのことです。天神祭は、神田祭、祇園祭と並ぶ日本3大祭りであり気分が高揚する、ということなのかもしれません。実際、天神祭近辺の安値から翌月の高値までを見ると20年間で1回しかマイナスが無く、今年もその通りとなりました。
- 【ポイント3】
- 実は、アノマリーは証券アナリストの検定試験でも取り上げられているのです。他にも、小型株効果と呼ばれる、時価総額の小さい企業に投資するほうが、統計的に高いリターンが見込めるというものもあります。アノマリーと聞くとなにやら占いなど当たるも八卦当たらぬも八卦と考えてしまいがちですが、実は侮れないのです。
アノマリーは学生時代に株を始めたときから、コツコツと探してきました。アノマリーの多くは長年引き継がれている人間のクセによって生まれているケースが多いように思います。投資は人間が行うもの。そのクセを無視すべきではないでしょう。また、自分も含めた人間は必ずしも合理的に行動するとは限らないと認識し、自分のクセをしっかりと把握しておくことも必要です。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。