「大人のソフトバンク」の0円攻勢で携帯業界は?

業界に衝撃「通話料、メール代0円」

携帯電話の番号ポータビリティ制度開始を翌日に控えた2006年10月23日、ソフトバンク(9984)の孫正義社長は、ソフトバンクモバイルの新料金プランを発表しました。

記者会見の模様をインターネットを介してライブ中継するなど、発表方法もユニークなものでした。そして、発表された新料金プランは「月額基本料金を他社より200円安くする。他社が値下げすれば、対抗値下げを実施し、常に200円安の水準を守る」、「月額基本料2,880円で通話料、メール代0円」など、携帯電話業界に衝撃を与える内容でした。

番号ポータビリティとは、携帯電話の番号を変えずに携帯電話事業者(キャリア)を変更できるというもの。ユーザーにとっては、選択の幅が増えるメリットのある制度です。一方、キャリアにとっては、他社からの乗換えが期待できる半面、これまで電話番号で囲い込んでいたユーザーが流出する可能性もあります。

記者会見で孫社長は、「携帯電話会社は儲けすぎだ」と述べ、ソフトバンクはボーダフォン買収の元本と利息を返済し、そこそこの利益を出せば十分。それ以外を料金の値下げでユーザーに還元するとしています。【ポイント1】

こうした大胆な料金設定により、ソフトバンクが番号ポータビリティで優位に立つのではないか?そんな思惑もあったのでしょう、23日の記者会見を受け、カブドットコム証券が運営する夜間取引市場では、ソフトバンク株が同日の東証終値に対して約8%上昇。24日の株式市場でも、前日終値より100円高い2,785円でスタートしました。

そして追い討ちをかけるように孫社長は26日、「新規・機種変更ともに端末全機種を0円にする」と発表しました。これまで孫社長は、「大人のソフトバンク。料金競争は行わない」と明言していましたが、街頭で無料モデムを配布し、加入者を増やしたブロードバンドサービス「Yahoo! BB」と同様のなりふり構わないやり方に打って出たのです。

番号ポータビリティから1週間、“奇襲”の効果は?

なぜ、ソフトバンクは大人になりきれず価格競争に打って出たのか?それは携帯電話市場でのソフトバンクの位置づけを見れば明らかです。

電気通信事業者協会のまとめによると、06年9月時点での携帯電話契約者数は、1位のドコモが約5,210万件(約53%)、2位のKDDIが約2,640万件(27%)で、3位のソフトバンクは約1,530万件(16%)となっています。

また、同月の契約純増数では、KDDIが31万2500件(ツーカーの減を差し引いたau単体の増加数は16万800件)、ドコモが12万6300件に対して、ソフトバンクは2万3400件と上位2社に大きく差をつけられています。

孫社長は公の場では「むちゃな料金競争はしない」と語ってきましたが、形勢逆転を狙い、水面下で準備を進めていたのでしょう。

しかし、今回ソフトバンクが発表した新料金プランに対しては「分かりにくい、消費者が誤解するのではないか」との批判もあります。

孫社長は「0円」をことさらアピールしていますが、「月額基本料が2,880円で通話料、メール代0円」はソフトバンクユーザー間のみ。しかも、21時から0時台の通話は、請求月に200分を超えた場合に30秒ごとに21円が発生するという条件付です。「端末0円」も、実際は2年間のローン契約で、店頭で支払う頭金が無料になるというもの。2年を待たず解約した場合は、残金を支払う必要があります。

こうした「0円」アピールに対し、公正取引委員会が「不当表示」に該当しないか見極めるため、ソフトバンクから事情を聞いたと報道されています。【ポイント2】

加えて、28日から2日連続で番号ポータビリティに関する手続きを停止する事態となりました。原因はソフトバンクから他社への転出が予想以上の数にのぼり、システムの処理能力を超えたためです。ソフトバンクの不手際に対し管轄の総務省は、原因究明と再発防止を指示しました。

こうしたなりふり構わないソフトバンクの“奇襲”の結果はどうだったのか。番号ポータビリティ開始から1週間の時点では劣勢が伝えられています。

KDDIが発表した29日時点での速報値では、au携帯電話への転入が約10万件、転出が約2万件となっています。ドコモは6万人の転出超過となりましたが、ソフトバンクからドコモへの転入が、ソフトバンクへの転出を上回っているといいます。

投資対象としてのソフトバンク

こうした状況を踏まえて、投資対象としてのソフトバンクをどう評価すればよいでしょうか。

ソフトバンクは06年3月、ボーダフォンの買収を発表しました。買収額は約1兆7,000億円と、国内企業よる買収としては最大規模です。それに際し、1兆円を越える借金をしました。その結果、米系格付け会社による社債格付けが「投機的」水準のダブルBとなるなど、同社の財務体質は強固とはいえません。ボーダフォンの買収自体が「ビジネスモデルの破綻」と捉える向きもあります。

一方で、ソフトバンクがグループとして持つ経営資源を評価する声もあります。

ソフトバンクは番号ポータビリティに際して「0円」を前面に押し出す戦略に出ました。しかし、料金競争には限界があります。今後、携帯電話市場ではサービスの質が勝負の決め手となるでしょう。

携帯キャリアからスタートしたNTTドコモやKDDIは、パソコンからスタートしたソフトバンクとは携帯電話の捉え方が違います。以下、孫社長の発言を抜粋しました。

「価格や端末などの競争は続くが、最終的には携帯で楽しむコンテンツ(情報の内容)勝負の時代になる。その時、創業時からソフトを扱い、ヤフーなどをグループに抱える当社の強みを生かせる」

「携帯ポータル(玄関)サイト『ヤフーモバイル』を、より使いやすくした。通信ネットワークの負荷を見極めながら、パソコンのように使えるようにしたい。無線LANなど高速通信技術の搭載も検討している」

ソフトバンクグループの経営資源が、携帯電話市場を大きく変える可能性は十分にあります。振り返って見れば、ソフトバンクがADSLを引き下げ、ネット業界を大きく変えました。世界で最も遅れていた日本のネット環境が、いまでは世界で最も進んだネット環境となったのも、ソフトバンクの力によるところが大きいです。今回、携帯電話事業で一石を投じたソフトバンクの行動が、後に大きな革新を巻き起こす可能性はあるのです。こうした側面から見ると、ソフトバンクに対する評価も変わるのではないでしょうか。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
孫社長の「携帯電話会社は儲けすぎだ」との発言に、「儲けを出して株主に還元するのが企業としての責務ではないか」と反発を覚えた個人株主もいたようです。株主が企業に儲けを出すことを期待するのは当然でしょう。
一方で、番号ポータビリティ制度をはじめ、現在、携帯電話業界は大きな変革の時期を迎えています。キャリアが儲かるビジネスモデルは日本特有のもの。世界に類を見ない独特のビジネスモデルであるため、国際競争力を弱める結果になっているとの指摘もあります。
最近では総務省が情報通信分野における国際競争力強化の戦略を策定するための「ICT国際競争力懇談会」を開催しています。07年4月にとりまとめを行う予定となっており、その結果によっては携帯キャリアのビジネスモデルが変わる可能性があります。こうした国の動きにも注目しておく必要があります。
【ポイント2】
確かに基本料金は2,880円です。しかし、一般に利用しそうな付加価値サービスの料金に加えて、他の携帯電話や固定電話への電話は別途料金が発生するため、実際にかかる費用は、「6,000円から6,500円」(ドイツ証券の津坂徹郎氏)、「6,000円程度」(モルガン・スタンレー証券の田中宏典氏)とみられています。実際、06年4−6月期のソフトバンクの一契約あたり月間収入は5,590円。今回の「予想外割」は、ソフトバンクにとって実質の値上げともいえます。
【ポイント3】
ソフトバンクが携帯電話ビジネスに新規参入を決めた理由の1つに、今後予想される携帯電話の高機能化が挙げられます。パソコンは、ネット環境も含めて、あっという間に高機能化していきました。携帯電話も同様の高機能化が実現すると考えるのも不自然ではありません。
今後は携帯電話にも、パソコンでいうマイクロソフトOSのような機能が追加され、使い勝手がよくなることは確実ではないでしょうか。こうした携帯電話の高機能化の恩恵を受けるのはキャリアだけではありません。携帯電話を投資テーマとして考えるのであれば、少し長いスパンで眺めてみて、キャリアにだけとらわれず投資対象を探してみましょう。

いまこのタイミングでソフトバンクに投資をするのは、なかなか勇気がいることだと思います。しかし、携帯電話ビジネスが変わる可能性がある以上、関連企業に投資魅力が増すことが予想されます。毎週土曜日配信している有料メールマガジン「なぜ、この会社の株を買いたいのか?」では、今週末「ACCESS(4813)」を取り上げる予定です。携帯向けソフト開発会社です。携帯電話ビジネスを投資チャンスに変えたい方は、ぜひご参考にしていただければと思います。(木下)

  • はてなブックマークに登録はてなブックマークに登録
  • BuzzurlにブックマークBuzzurlブックマーク数
  • [clip!]この記事をクリップ!

トラックバック

トラックバックはまだありません。

この記事に対するTrackBackのURL

最新コメント

コメントはまだありません。

name
E-mail
URL
画像のアルファベット
comment
Cookieに登録

プロフィール

木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

メールアドレス: 規約に同意して

個別銘柄情報はこちら   まぐまぐプレミアム・有料メルマガ

なぜ、この会社の株を買いたいのか?
〜年率20%を確実にめざす投資手法を公開〜

ビジネス誌・マネー誌・テレビに登場するアナリスト、木下晃伸(きのした・てるのぶ)が責任編集のメールマガジン。年率20%を確実にめざすためには、銘柄選択を見誤るわけにはいきません。日々上場企業を訪問取材している木下晃伸が、投資に値する会社を詳細に分析、週1回お届けします。

【2100円/月(当月無料)/ 毎週土曜日】 購読申し込み