核実験は材料にあらず?北朝鮮問題と株価の関係
北朝鮮の核実験で一時的に値下がるも、堅調な株価
2006年10月9日午前、北朝鮮は初の地下核実験に成功したと発表しました。このニュースを受け、9日の世界のマーケットは株安となりました。
一番大きく影響を受けたのは、隣国である韓国でした。ソウルの総合株価指数は一時、4日に比べ3.6%、終値でも2.4%と大幅に下落しました。香港やシンガポール、タイなどでも1%程度の下げとなりました。
9日が祝日だったため、10日が核実験後初の取引となった日本の株式市場も、日経平均が110円を超える下げ幅で寄り付くなど、核実験を嫌気し大幅続落で始まりました。
しかし、その下げも一時的なもの。すぐに売りが一巡したとして買いが入り、後場では一時、5ヶ月ぶりに1万6600円台を回復するなど堅調な動きをみせました。その後は、内閣府が発表した機械受注統計が予測を下回ったため、再び売りが膨らみましたが、それでも10日の日経平均終値は、前週末比41円高の1万6477円となりました。
11日もマーケットが開く前に北朝鮮が2回目の実験を実施するとの一部報道がありましたが、その影響は限定的で、株価は堅調に推移し、16日終値では1万7000円をうかがう展開となっています。同様に、大きく下げていたアジア各国の市場も10日には平静さを取り戻し、軒並み反発しました。
また、アメリカのダウ平均は、核実験当日の9日の寄り付きこそ、北東アジアの不安定化を嫌気し売りが先行しましたが、12日には史上初めて1万9000ドルを突破、16日の終値では1万1980.60ドルとなり、3営業日連続で終値の最高値を更新しました。
このように、今回の北朝鮮の核実験が株価に与えた影響は軽微なものでした。10日の日経平均の値動きからすると、核実験よりも機械受注統計のほうが市場にとってインパクトが大きかったといえます。【ポイント1】
北朝鮮の核実験は織り込み済み?
ではなぜ、核実験を受けて株価は大きく下がることなく、逆に高値をつけたのでしょうか。
1つには円安により輸出関連銘柄が買われたことが挙げられます。北朝鮮の隣国であるという地理的要因から円が売られ、10日の円相場は一時、今年最安値を更新する1ドル=119円35銭まで下落しました。
円安は輸出関連銘柄にとってプラス要因です。自動車メーカーは代表的な輸出関連銘柄ですが、トヨタ(7203)の株価は10日、前週末比50円高の6800円となり、年初来最高値を更新しました。【ポイント2】
そのほか、防衛関連銘柄や、米市場の好調な推移を好感したハイテク株なども堅調な動きをみせ、日経平均上昇につながりました。
また、「材料出尽くし」という見方もできます。
これまでにも何度か、「材料出尽くし」について説明をしたことがあるので記憶されている方も多いでしょう。好材料にしろ、悪材料にしろ、市場はそれらをあらかじめ織り込んだ上で、株価を形成する。そのため、実際に材料が表に出てきたときには、株価に対するインパクトはそれほどなく、株価は無反応、または逆の動きをするということです。
北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議が中断して約1年。その間に、例えば06年7月の日本海沖のミサイル発射実験のように、北朝鮮が軍備増強を進めていることを証明する出来事がありました。この時点で、北朝鮮がすでに核を保有しているのではないか、または将来的に保有するのではないかと考えた人も多かったでしょう。
そのような状況の中、10月3日北朝鮮は「今後、安全性が徹底して保証された核実験を行うことになる」と、時期や場所の明言を避けつつも、核実験の実施を宣言したのです。
5日には訪米中の谷内正太郎外務次官が、国家安全保障問題担当のクラウチ大統領次席補佐官と会談し、「北朝鮮が今週末にも核実験を行う可能性がある」との見解で一致したと報道されていました。
こうしたことから、「北朝鮮は本当に核実験するのか」と懐疑的だった投資家も、近く実験があるだろうと認識しました。ですので、9日、実際に核実験が行われた時点では、「予想より早かった」と思う向きはあったとしても、十分に想定の範囲内であり、株価にも織り込まれていたと考えられます。
加えて、核兵器は「使えない兵器」です。抑止力が目的であり、実際に他国を攻撃するために使用されることは常識的にはありえません。核実験は、アメリカを個別交渉の場に引き出すための外交材料の1つだと考えられます。
北朝鮮の核実験は、確かに日本の安全を脅かす重大な問題です。しかし、同時にこれは外交の一環である、すぐに軍事行動に出ることはないという安心感がありました。そのため、核実験自体はそれほど材料視されず、機械受注統計や円安、米株価などその他の要因が日本市場に影響を与えたのです。
ちょうどこの原稿を書いていた日本時間の17日朝、アメリカの複数のメディアが、北朝鮮に2回目の核実験の兆候が見られると報道しました。軍と情報当局の関係者が、1回目と同様の不審な車の動きなどをとらえたという内容でした。韓国の政府関係者も同様の情報をつかんでいるといいます。近く、2回目の実験が行われる可能性は十分あるでしょう。
ではそのとき株価はどう動くのか。規模などにもよりますが、2回目の核実験が実施されたとしても、1回目と同様、株式市場は冷静な反応を見せるのではないかと思います。
「外交」と「有事」の違い
今回の核実験は「軍事関連の材料」の1つです。しかし、「軍事関連の材料」とひとまとめにしてしまうのは危険です。上記の通り、核実験は外交の一環でした。
しかし、もし北朝鮮の不穏な動きに対して、アメリカが空母戦団を派遣したとしたら…。同じ軍事関連の材料であっても、外交ではなく、有事として捉えるべきです。有事とは実際に国民の生命や財産が脅かされる事態。そうなれば、そのほかの材料がかき消され、株価が大暴落してしまうことも考えられます。
プロイセン(ドイツ)の軍人としてナポレオン軍を撃退したことで有名なクラウゼヴィッツは著書『戦争論』の中で、「戦争とは他の手段をもってする政治の延長にほかならない」と述べています。
しかし、現代を生きる我々投資家は、今起きている緊張は交渉の余地のある「外交」なのか、それとも差し迫った「有事」の前兆なのかを見極め、適切に対処する必要があります。【ポイント3】
- 【ポイント1】
-
「機械受注統計」は投資をする上で非常に重要な指標です。これは、主要な機械製造業者が各企業から受けた設備投資のための発注を月ごとにまとめたもの。6〜9ヵ月後の民間企業の設備投資の状況を読み取ることができる民間設備投資の先行指標です。
この指標が好調であれば、機械銘柄はもとより、「設備投資が順調=各企業の業績が伸びている」と捉えられ、市場全体が値上がりすることが多くあります。なお、機械受注統計は毎月10日前後に内閣府から発表されます。日本全体の景気動向を見る上でも重要な指標ですので、必ず確認しましょう。 - 【ポイント2】
- 確かに、核実験により円安が進行し、輸出関連銘柄は上昇、日経平均も堅調に推移しました。しかし忘れてはならないのは、「北朝鮮がすぐにでも軍事行動に出る恐れは少ないだろう」というある種の安心感があったということです。多くの人が、今回の実験を北朝鮮が外交カードを1枚増やすためのものだと考えています。いくら円安が株高の要因になるとしても、実際に北朝鮮が軍事行動に出れば、円、株とも売られるでしょう。
- 【ポイント3】
-
日本を含む北東アジアには、北朝鮮をはじめ、いくつかの有事の火種があり、それが、世界経済に対する不安要因となっています。こうしたことを「地政学(的)リスク」と呼びます。特定の地域が抱える政治的・軍事的緊張の高まりが世界経済の不安要因になるということです。例えば中東の場合、緊張が高まれば原油価格の高騰が予想されます。加えて為替の乱高下も国際的に活動する企業の投資行動に悪影響を及ぼすでしょう。その結果、世界経済にダメージを与えるのです。
この言葉は、グリーンスパン前FRB議長が、2002年9月、アメリカのイラク攻撃により、世界規模で景気が悪化するリスクを指すために使用したことをきっかけに一般化しました。
今回は北朝鮮の核実験、そして有事を「投資」の視点から見てみました。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)をはじめ、世界を対象に投資をしようと考えていらっしゃる方は、この「有事」という視点を忘れてはいけません。例えばインド株。日本では高い経済成長や総人口の増加などにばか注目が集まりますが、米ニューズウィーク誌などでは、インド・パキスタンの国境紛争などの特集記事を多く見かけます。いったん戦争が起こってしまえば、状況は一変してしまいます。こうした国際情勢についても、しっかりと情報収集する必要があります。(木下)
トラックバックはまだありません。
- この記事に対するTrackBackのURL
コメントはまだありません。
木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。