“メディア王”マードック氏、ダウに買収提案。加速するメディア再編

世界を揺るがすメディア再編劇、再び

欧米でメディア業界再編の動きが活発になっています。米メディア大手のニューズ・コーポレーション(ニューズ)が、ウォールストリート・ジャーナルなどを発行する新聞大手の米ダウ・ジョーンズの買収に乗り出すことが5月1日に明らかになったのです。

買収総額は50億ドル(約6,000億円)の見通し。成功すれば、時価総額でタイム・ワーナーを上回る世界最大のメディア企業が誕生することになります。ダウ・ジョーンズが発行するウォールストリート・ジャーナルは、USAトゥデーに次いで発行部数全米2位。ニューズには高級紙を傘下に入れ、新聞事業を強化する狙いがあるのでしょう。

この買収提案を受け、ダウ・ジョーンズ株は35ドル程度だったものが、ニューズの提示した60ドル程度まで、60%以上も急騰しました。

今回の買収提案は、そう簡単にはいかないだろうといった懐疑的な意見も多く聞かれます。ダウ・ジョーンズは普通株と議決権の強い特殊な株式の2種類の株を発行しており、特殊な株式は創業一族のバンクロフト家が占有、同家が買収に反対しているためです。

しかし、投資家であれば、買収を提案したのがニューズである点に注目し、日本への影響も考えていく必要があります。

ニューズは“メディア王”の異名を持つルパート・マードック氏が率いる複合企業です。マードック氏といえば、84年ごろは「新聞王」と呼ばれていました。経営が悪化している新聞社を買い取り、合理化して経費を切り詰め、派手な見出しや宣伝で発行部数を伸ばす手法に長けた人物です。

そして、85年3月には、ハリウッドの名門映画会社、TCF(二十世紀フォックス・フィルム)の株式50%を取得、念願の米映像産業への進出を果たしました。さらに同年5月には、TCFがテレビ、ラジオ局を数多く持つ放送企業メトロメディアの7つの全テレビ放送局を買収し、「新聞王」から「メディア王」へと変貌を遂げました。

そして、その約10年後の96年、マードック氏の名前が日本でも注目を集めることとなりました。ソフトバンクの孫正義氏と組み、テレビ朝日の筆頭株主(当時)で発行済み株式の21.4%を保有する旺文社メディアを買収すると発表したのです。

このときは、テレビ朝日の大株主であった朝日新聞などの抵抗により、結果的には買値での売却を余儀なくされました。

しかし、マードック氏は再び日本への上陸を虎視眈々と狙っているようです。1億2,500万ユーザーを擁する世界最大のSNS「マイスペース」をひっさげて日本に上陸すると発表しているのです。

ダウ・ジョーンズへの買収提案で、世界のメディア王がまだまだ現状に満足せず、積極的な買収を行う意思を持っていることが明らかになりました。日本での“リベンジ”を狙い、再び動き出す可能性も、否定はできないのです。【ポイント1】

世界で起こることは日本でも起こる

世界で起こることは、日本でも起こりえます。多少の時間差はあるでしょうが、必ず日本にも影響を及ぼす、と考えておくべきでしょう。業界再編というテーマであれば、日本で5月1日に三角合併が解禁されたことにより、外国資本の企業が日本企業を買収しやすくなったことも関係します。【ポイント2】

具体的な例を挙げると分りやすいかもしれません。5月上旬、アルミニウム大手の米アルコアが、同業の加アルキャンを3兆円かけてTOBすると発表しました。アルミニウム加工業界で世界1位の企業が誕生するかもしれないという再編劇を期待させるものでした。

その影響で、日本でもアルミニウムを手がける住友金属鉱山(5713)株が、2,600円程度から2,900円程度にまで値上がりするなど、素材関連株が即座に反応したのです。

新製品の発表や研究開発の成果、設備投資など、株価を占う要素はたくさんあります。しかし、単にディールが発表されただけで世界中の関連する業界の株価が反応することもあるのです。

上記のアルミニウム業界の動きはその一例です。同じことは今後、メディア業界でも起こりえます。今世界で起こっていることは日本にもやってくる。少なくとも、そうした期待、思惑によって株価が動くことは大いに考えられます。

日本でもメディアの再編機運が高まりつつあります。05年話題になったライブドアによるニッポン放送買収劇に始まり、直近では前回のこのコーナーでお伝えした楽天(4755)のTBS(9401)株取得などがその事例といえます。

※楽天とTBSの問題についてはバックナンバー『ついに全面対決か。楽天の“仕掛け”でTBSはどう動く?』をご覧ください。

現状では、テレビ局の場合、大株主に新聞社がいるため、そう簡単には再編劇は起こらないかもしれません。しかし、世界的な流れは必ず日本にもやって来ると考え、今から準備を開始しておく必要があるのです。

例えば、金融業界もそうでした。今から10年前、だれが今の金融業界の再編図を予想できたでしょう。しかし、世界に目を向ければ、金融業界には再編の嵐が吹き荒れていたのです。その動きが時間を経て日本にもやってきたのです。

だから、金融再編で一番儲けることができたのは外国人投資家でした。一度自分たちが経験した再編劇が、これから日本でも起こると知っていたから、金融再編の将来像を描ききれていなかった日本人投資家の多くが二の足を踏む中で、投資を行い、儲けることができたのです。

日本のメディア業界に投資チャンス

上記の通り、マードック氏は20年以上前から積極的にメディア企業の買収を行い、業界再編の台風の目となってきました。

そうしたメディアの再編劇が、日本では起こらないと言い切ることができるでしょうか。金融再編の時と同様、今はまだ半信半疑の投資家が多いため、世界のメディア再編劇の影響で、日本の株価が大きく反応することはありません。

しかし、日本でも同様のことが起こってもおかしくはないと考え、今から準備を開始したほうが得策だといえるのではないでしょうか。

では、どんな準備をしておけばいいのか。答えは簡単、魅力あるメディア企業に投資をするという極めてシンプルなものです。具体的には、フジテレビジョン(4676)、日本テレビ放送網(9404)、テレビ朝日(9409)などのキー局に投資をしておくのです。

また、総務省が検討を進めてきた放送法改正案にも注目する必要があります。民間放送会社が放送持ち株会社を設立して、複数の局を傘下に置くことができるようにする制度改革が検討されています。持ち株会社は、傘下に10局前後の放送局を置けるようになり、結果的に時価総額を大きく膨らますことにもなります。

総務省の放送法改正案検討の背景には、2011年7月に予定されているデジタル化への移行があります。デジタル化には多大なコストが必要なため、ローカル局の経営体力を奪います。そのため、持ち株会社の設立で、キー局が受け皿となり、経営負担の軽減を図る、という目的もあるのでしょう。その結果、キー局に付加価値がますます集まることになります。

世界の大きな潮流を眺めながら、日本でも同じことが起こりうることを前提に考え、そこに日本固有の事情も加味しておく。メディア再編でいえば、マードック氏をはじめとする世界的な再編の流れと、放送法改正です。その上で、可能性に少しだけでも賭け、買収されるだけの魅力のある企業、業種にあらかじめ投資をしておく。

先が読めないM&A時代だからこそこのような投資姿勢が求められるのではないでしょうか。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
豪州では06年10月にメディア企業への外資出資規制や同一地域でのテレビ局と新聞社の相互出資上限などを撤廃するメディア新法が成立。7月までに施行される予定となっています。
そして、豪州で全国放送する民放テレビ局は3社ありますが、このうち2社が事実上、外資の傘下に入っています。日本でも法改正によって、業界図に激震が起こる可能性は否定できないのです。
【ポイント2】
資金がグローバルに流れることは非常に素晴らしいことです。声高な外資脅威論もありますが、三角合併解禁によって、魅力ある日本企業がグローバルマネーの流入で、今まで以上に高く評価を受けることも十分に考えられるのです。だからこそ、グローバルマネーが投資をしたくなる企業に最初から投資をしておくことが重要でしょう。
【ポイント3】
地上デジタル放送に移行することによって、現在私たちが見ているアナログ放送は2011年7月以降、視聴できなくなります。これはすでに発表されている国の方針。相場格言「国策に売りなし」にもあるように、国が向かう方向に投資をすることで投資のミスは少なくなります。メディア企業への投資は「国策に売りなし」が合致するのではないでしょうか。

世界の動きを、これほどまで注目していかなければならない時代が今までにあったでしょうか。日本に投資をするにしても、世界の動きが影響してしまう時代だからこそ、遠い外国の話と思わずに、日本に引き寄せて考えていかなければ、投資チャンスを見逃してしまいかねません。今回お伝えしたメディア企業の再編は、このことの絶好の事例といえます。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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