「世界一に王手」のトヨタ、投資対象としての魅力は?

トヨタ、営業利益2兆円の大台超え

5月といえば、3月期決算企業の決算発表が本格化するシーズンです。株式投資のプロであるファンドマネジャーやアナリストたちは、決算発表会に出席し、会社側が発表した実績、そして、将来の業績予想などを確認する作業を繰り返しています。【ポイント1】

07年3月期決算は全般的に、大変好調だったといえます。典型的な例がトヨタ自動車(7203、以下トヨタ)です。5月10日に発表された同社の決算は、日本企業で初めて営業利益2兆円の大台を突破。今期の売上高は、4%増の25兆円を予想しています。生産、販売台数でも、07年通期で米ゼネラル・モーターズを抜き首位に、つまり世界一の自動車会社となることが現実味を帯びています。

しかし世界に目を向けてみると、同業界が厳しい状況に置かれていることが分ります。

例えば、ダイムラー・クライスラー。独ダイムラー・ベンツ(当時)が、米クライスラーを買収した「世紀の合併」は、9年の年月を費やしても、結局企業価値を高めることができませんでした。結果、同社は不振の続いていた北米クライスラー部門を米投資会社サーベラスに9,000億円で売りに出したのです。

こうした状況をみれば、ますますトヨタの強さが際立ちます。「業績好調」、「業界世界一に大手」、絶好の買い材料といえるでしょう。

しかし、実際にはどうでしょうか。決算が発表された10日と翌11日のトヨタの株価は2日連続で年初来安値を更新しているのです。

年初来安値更新、日経平均を下回るパフォーマンス

なぜ好決算にも関わらず株価が年初来安値を更新したのか。その理由は、いろいろと説明できるでしょう。例えば、「北米での新車販売の鈍化」「予想利益が事前の予想を下回っていた」など。また、好決算が既に株価に織り込まれていたため、とも考えられます。

しかし投資家であれば、さらに踏み込んだ考察が求められます。そもそもトヨタは投資対象として魅力的なのかどうかということです。

私は、「答えは否」だと思っています。それは日経平均株価のパフォーマンスとの比較で分ることです。こちらをご覧ください。

これは、昨年10月末を基準に、トヨタと日経平均株価の推移を指数化したものです。これだけ好材料が伝えられるトヨタですから、日経平均株価を大きく上回るパフォーマンスをみせてもおかしくはありません。

しかし、実際にはほぼ同程度のパフォーマンス。4月6日以降は日経平均を下回っているのです。これでは、トヨタは投資対象として、魅力が劣る銘柄といわざるをえません。

業績が悪く株価のパフォーマンスも振るわない、というのであれば分りやすいでしょう。しかし、トヨタの業績は他の日本企業と比較すれば圧倒的に好調です。それでも、年初来安値を更新することもあれば、パフォーマンスで日経平均株価を下回ることもあるのです。

私たちはつい、業績が良いから、強い企業だから株価が上がると思いがちです。しかし、トヨタのようにいくら強い企業でも、株価が上がらないことがあります。これは理屈ではなく、事実としてしっかりと肝に銘じておく必要があるでしょう。【ポイント2】

「サラリーマン的発想」の投資

もし、投資信託などを保有していらっしゃったら、運用レポートをご覧ください。大型株で年金や投資信託を運用するアクティブ型のファンドマネジャーの多くが、トヨタ株を保有していることに気づくでしょう。

アクティブ型とは、ベンチマークと呼ばれる東証株価指数や日経平均株価などを上回る運用実績が求められる投資信託のことです。

しかし、プロであるファンドマネジャーにとっても、ベンチマークを上回ることはそう簡単ではありません。その結果、ベンチマークに勝つこと以上に、「大敗しない」ことを目指す場合があるのです。

そうしたとき、トヨタが東証株価指数全体の時価総額に占める割合である5%前後(トヨタ自動車時価総額26兆円÷東証株価指数時価総額560兆円)にほぼ合わせる形でトヨタ株を保有しておけば、とりあえずベンチマークに大敗する可能性を排除できます。

こうした運用が間違っているとはいいません。しかし、私は「大敗しない」ことで、投資家に説明をつけようとする、「サラリーマン的発想」だと思っています。

では個人投資家の場合はどうでしょうか。株を買い、保有する理由は、好きな企業を応援するため、株主優待目当てなど、人それぞれだと思います。サラリーマン的に、大敗しないことを目指すのもいいでしょう。

しかし、自分の取れる範囲内でリスクを取り、日経平均株価を上回るパフォーマンスが見込まれるすばらしい企業を探し出し積極的に投資する、というのが投資の醍醐味ではないかと私は考えます。上記のファンドマネジャーのように、サラリーマン的発想に流される必要はないのです。

トヨタは確かにすばらしい会社です。学ぶべきことは多いでしょう。しかし、投資対象としての魅力は別である。今回の好決算と株価の推移から、そのことを学んでいただければと思います。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
決算発表シーズンには、ファンドマネジャーやアナリストは「季節労働者」という表現が当てはまるほど外出しっぱなしになります。会社側が発表する内容次第では、投資をしていた企業を売却することもありますし、一方で、新たな投資対象企業に出会うこともあります。
特に5月は本決算の発表シーズンです。ここで投資対象を決めることが投資のプロであるファンドマネジャーの大仕事なのです。
【ポイント2】
今回はトヨタをお伝えしましたが、実は日経平均や東証株価指数などベンチマークとほぼ同じ株価推移となる会社はたくさんあるのです。そのことは「Yahoo!ファイナンス」など、無料のサービスを利用すれば、簡単に確認することができます。自分が保有している会社、もしくはこれから投資をしようと考えている会社があれば、まずは、ベンチマークと比較してみると興味深い結果がでるかもしれません。
※「Yahoo!ファイナンス」の場合なら、個別銘柄のチャートを表示、チャート下部の「比較チャート」の項目の日経平均といったチェックボックスをオンにして「比較」をクリックすると表示されます。こちらはトヨタと日経平均を比較したチャートです。
【ポイント3】
私もアクティブ型ファンドマネジャーとして、日々「ベンチマークの強さ」を実感してきました。トヨタのような企業がベンチマークを超えられないのは、ベンチマークがそれだけ強いからともいえるでしょう。
であれば、まずは東証株価指数や日経平均株価に連動するETFなどに投資することを核に据えるのも有益な投資手法です。『日経マネー(7月号)』の調査によれば、ETF保有者で「過去1年(06年2月〜07年1月)1〜30%のリターン」をあげた人が、保有者のなんと80%にのぼっているそうです。

株式投資というと、ついつい個別株投資を思い浮かべます。しかし、ベンチマークである日経平均や東証株価指数に連動するETFという投資対象があること、誰もが投資対象として魅力的と考えがちなトヨタが、実はベンチマークとほとんど変わらないパフォーマンスだと知っていると、資産運用に大きな差がでるでしょう。投資をする前に、どの分野にどれほどの資金を投じていくか、そして、どうやって資産を増やしていくか、今一度考えてみていただきたいと思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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