タタ自動車、ジャガーを買収。競争激化するインド自動車市場
2,300億円でジャガー、ランドローバーを買収
3月26日、インドのタタ自動車が米ビック3の一角フォード自動車から、英高級車ブランド「ジャガー」「ランドローバー」を買収すると発表しました。買収額は約23億ドル(約2,300億円)です。
タタ自動車といえば、インド最大の財閥グループの自動車部門。インド国内での低価格帯自動車に強みを発揮していました。本格的な世界進出を狙っており、今回買収したジャガーをグループの最高級車と位置づけ、欧州市場攻勢のシンボルとする計画です。
今回の買収資金は、インド国内外の銀行団からの協調融資でまかなわれる予定で、みずほコーポレート銀行と三菱東京UFJ銀行もその一員として、最大約8億ドル(約800億円)を融資する予定です。
邦銀のインド企業向け協調融資の引受額としては、過去最大級だといい、タタ自動車、そしてインドという国に対する期待の大きさが伺えます。
しかし、今回の買収に対するマーケットの評価はシビアです。買収発表翌日27日のタタ自動車の株価は、前日比7%の大幅な下落を見せたのです。小型車を中心とした低価格帯の自動車を手がけてきたタタ自動車が、本当にジャガーという高級ブランドを扱えるのか、と懸念しているのでしょう。【ポイント1】
合意内容から伺えるタタの“したたかさ”
確かにタタ自動車は低価格車に強い企業です。これまで、インド初の国内設計小型商用車(Tata407)、初の順国産車インディカ(Indica)などを発表。1月には10万ルピー(約25万円)という超低価格車「ナノ」を発表したばかりです。
こうした小型車中心の会社がいきなり名門ジャガーを買収する、というのは、日本企業ではなかなか見られない躍動感ある動きといえます。一方で、上記の通り、「高級自動車部門を上手く運営できるのか」と懸念してしまうのも分かります。
また、フォードのブランド別利益を推定すると、ジャガー自体は07年、かなりの赤字額だったようです。英国政府による国有化や、フォードによる買収を経て、ジャガーのブランドは傷つきました。それをタタ自動車がどう改善していくのか、不安は残ります。
しかし、同時にランドローバーを買収したことも忘れてはいけません。こちらは年間1,000億円程度の利益があると推定されます。07年の販売台数も、22万6,000台と、ジャガーの6万台を大きく上回っています。【ポイント2】
タタ自動車とフォードは、(1)英国内にあるジャガーとランドローバーの計5工場と2つの研究開発拠点を残す、(2)両ブランドの従業員計1万6,500人の雇用を維持する、(3)年金基金の仕組みをそのまま残す、(4)英国にあるフォードのエンジン工場からのエンジン調達を継続する、などで合意しています。
確かにジャガー単体では赤字です。しかし、それに付随して、伝統・ブランド力、そしてフォードの技術力などを吸収する機会を得られることになります。私はこの合意内容を見ていると、インド人特有のしたたかさを感じざるを得ません。
日本企業も参入、インド自動車市場の今後は?
インドの人口は、現在約13億人。しかし、自動車の販売台数はまだ100万台を超えた程度です。自動車業界にとっては、非常に魅力的な市場でしょう。
私は、2月にインドを訪問した際、消費拡大の可能性を感じさせる勢いを体感しました。一般市民レベルでの自動車の需要は、今後ますます増えるでしょう。
また、インドには相続税がありません。ですので、このところの経済拡大で生まれた富裕層は、富裕層でい続けられます。そう考えれば、高級車の需要拡大も見込まれます。【ポイント3】
こうした状況を日本企業が見逃すはずがありません。中でも、1989年にインド進出を果たしているスズキ(7269)は他の日本企業より一歩も二歩も先をいっています。
スズキは現地のマルチ・ウドヨグ社と組んで小型車「マルチ・スズキ」を展開し、インド国内シェアの50%超を握っています。既にインド国内では、“国産車メーカー”と認識されるほど浸透しているのです。
もちろん、トヨタ(7203)やホンダ(7267)も黙っているわけはなく、虎視眈々とインド進出を狙っています。
そこにきて、タタ自動車のジャガー、ランドローバーの買収です。同社にとって、今回の買収は欧州を中心とする世界市場への進出の象徴と位置付けられますが、同時にインド国内を含めた高級車市場を、戦略市場にしていこうという意思の表れともいえます。
拡大が予想される需要とそれを巡る国内外企業の競争の激化。インドの自動車市場の今後の動向から目が離せません。そして、今後の動向を探る上でも、タタ自動車の戦略は注目すべきでしょう。
- 【ポイント1】
- ジャガー関係者は、「タタ自動車はジャガーを高級車ブランドとして扱うことを約束した。ジャガー再建のきっかけになるはずだ」と語っているといいます。一度傷ついたブランド価値を立て直すのは、そう簡単ではありません。タタ自動車の株価下落も、その点を懸念してのことでしょう。タタ自動車の手腕が問われるところです。
- 【ポイント2】
- タタ自動車の収益規模は、純利益で400億円程度。今回、1,000億円規模の利益を計上できる商品を手に入れたことで、国内自動車事業に偏っていた同社が、グローバルに展開できる準備が整ったことになります。タタ自動車は、ジャガーは赤字がなくなればいい、という程度の撒き餌として見ているのではないでしょうか。
- 【ポイント3】
- インフラが整っていないため、インドの自動車需要はなかなか伸びないという声が聞かれます。実際、現地ではクラクションが鳴り響き、交通渋滞もひどいものです。しかし、こうした光景は、日本でも昭和30年代に見られたものです。これからインドの光景が変わっていくことで、自動車需要はますます高まっていくことが予想されます。
「百聞は一見にしかず」。2月のインドへの現地取材は、この言葉を実感するものでした。タタ財閥が建造した今から150年前の建造物は今なお荘厳華麗な状態でした。インドをなめていると痛い目にあうな、と感じます。(木下)
トラックバックはまだありません。
- この記事に対するTrackBackのURL
コメントはまだありません。
木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。