投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。
テロ事件こそビジネスになるという驚きの「潮目」
“BRICs神話”の綻びを示したムンバイ・テロ
一時期、日本でも盛んに喧伝されたBRICsが「誕生」したのは7年前のことだ。2001年、米国のゴールドマン・サックスは、今後急成長するであろう新興市場国としてブラジル、ロシア、インド、中国の4ヶ国を挙げ、それぞれの頭文字を取って BRICsと名付けた。曰く、2050年にもこれら4ヶ国の経済規模は、現在の先進国全体の経済規模を超えるのだという。その中でもアジアにあるインド及び中国は、その広大な土地と安価な人件費で注目を集め、アウトソーシング先として世界の企業から選ばれている。そうしたアウトソーシング事業を柱として、インド、中国の大都市は発展を続けてきたのだ。
そのうちの1つにインド最大の商業都市、ムンバイがある。ムンバイはインドの全工場雇用者数の4割、全所得税収入の4割、そしてインドに来る国際線の全フライトの4割などを占めており、アジアにある大都市の中でも4番目のアウトソーシング先であった。しかし、去る11月26日、そのインド最大の商業都市を同時多発テロが襲った。市内のビジネス街に隣接するタージマハル・ホテル、そしてトライデント・ホテルがその標的となり、被害者は外国人も含む200人超といわれている。日本人の犠牲者も含まれており、その家族、上司の嘆き悲しむ様子には胸が痛んだ。
勿論この惨劇は、商業都市ムンバイの経済に大きな影響を及ぼすこととなろう。ムンバイにおけるアウトソーシングの規模は520億米ドル程ともいわれ、その中心的なセクターがITである。在ムンバイの多国籍IT企業も同時多発テロの際には閉鎖を迫られた。これらの企業は徐々に業務を再開しているものの、テロへの警戒感が完全に拭えるはずがない。インド国内のメディアも、今後海外からの注文が減り金融危機に加えて更なる打撃を受けることを危惧している(11月28日付印エコノミック・タイムズ参照)。
また、これはインドのみならずBRICsのような新興市場国全体への懐疑を呼び起こすことにもつながるであろう。つまり、これまでは人件費の安い新興市場国に任せられるものは全てアウトソーシングし、コストを軽減するというビジネス・モデルが一般的であった。しかし、今回のテロでそのようなモデルが一気に崩れる可能性も出てきたのである。もし今後ビジネスの場で「コスト削減」よりも「安全性」が重視されるようになれば、BRICsという“神話”が崩壊することすらあり得るのだ。
テロがビジネスを生み出すという実態
マーケットとそれを取り巻く国内外の情勢をめぐる「潮目」をウォッチする中、この関連で気になる報道が1つあった。ムンバイでの同時多発テロを受け、インドの保険会社たちが24時間体制で照会を受け付けるなどして、サービスを拡充しているというのである(12月8日付アラブ首長国連邦・ビジネス247)。
今回のテロで不安感が高まっているのは、何よりもムンバイをベースに生活を送っている人々であろう。それらの人々を相手にインドの保険会社は広告を通じて、「私たちの保険はこのムンバイ危機をあなたと共に乗り越えます」と謳い、24時間の顧客対応を行っているのだという。その手段はフリー・ダイヤル、電子メール、更には携帯電話からのショートメールなど多岐に渡り、手厚い保護がなされている。また、「身体的・精神的ケア」を求める人が増え、新規の契約拡大にもつながっているという。テロはムンバイの産業に打撃を与える一方で、他方では保険セクターを“潤す”ことに貢献しているのだ。
また、保険以外にも「リスク」がビジネス・チャンスへと繋がるセクターがある。国土安全保障ビジネスである。「国土安全保障」という概念には、緊急時への備え・対応、インテリジェンス活動、重要なインフラの保護、交通機関の安全、バイオ・ディフェンス、次世代の安全保障技術に向けた研究といったものが含まれている。この概念が注目されるきっかけになったのは、かの「9.11同時多発テロ事件」(2001年)である。
9.11を機にブッシュ米大統領は、テロリストの攻撃と自然災害から国土の安全を守るため国土安全保障省を設立している。また、米国内には「国土安全保障ビジネスは、2015年までの間に2006年と比較して約3倍の規模(約1,780億ドル)に市場が拡大する」という議論さえある。このことが示すのは、2015年に向けて国土安全保障ビジネスへの需要が高まるような何らかの“機会”が増える可能性に他ならない。
実際、今回のムンバイ・テロでも、国土安全保障ビジネスへの需要の高まりが見られている。その1つとして、警察が沿岸地域の監視を強めたことが挙げられる。今回のテロリストが水路を通って侵入していたことを受け、インド警察は海辺の監視を強化することを決定しており、既に監視用のボートを大量に購入済みであるという。また、実は米国がムンバイ・テロの1ヶ月以上も前からインドでテロが発生する可能性があると警告していたことも分かっている。これは、安全保障ビジネスの先駆者たる米国が、国土安全保障のためのインテリジェンス活動の重要性、いや「必要性」をインドに見せつけた事例と言えよう。
これらからは、テロが経済に打撃を与えるばかりではなく、むしろテロが生み出すリスクに“便乗”する形でビジネスの機会を得るセクターもあるということがお分かりいただけるであろう。テロというとその被害にばかり視線が集中するが、その裏で別のマネーの「潮目」が生み出されているという“冷徹な事実”を、私たちはそろそろ直視しなければならないのだ。
テロリストを助けるビジネス
このような各地で起こるテロリズムの「実態」を含めた最新の国内外情勢が示すマネーの「潮目」について、私は来年2月7、8日に東京・横浜、21、22日に大阪・名古屋でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナー(完全無料)で詳しくお話したいと考えている。
テロによる損害を蒙るセクターあれば、テロで“商機”を得るセクターあり、「マネー」をめぐる現実は何とも無情だとの感が拭いがたいが、実はさらに驚くべき形でテロとリンクするセクターがある。テロリストにも無差別に情報を提供してしまうITセクターである。計画的なテロの実行にはターゲットとなる場所を知りつくす必要があるだろう。興味深いのが、今回のテロを起こした犯人が、グーグル・マップを利用して情報収集を行ったとの情報があることである。
グーグル・マップとは、グーグル社が提供する地図検索サービスで、これを使うと目的場所の地図のみならず、その付近の様子を詳細まで確認することができるのである。また、以前のコラムではイスラム教シーア派武装組織ヒズボラが“Facebook”を通じてイスラエル国防軍(IDF)に対するスパイ活動を行っていることを取り上げた。このように私たちが一般的に「使えるツール」として利用しているIT技術は、実は武装組織にとっても相当に使えるツールなのである。
以上から分かるように、テロはビジネスに影響を与えるだけではなく、ビジネスがテロリストをサポートするということもあるのだ。普段、私たちはテロを「身体の危険」としてのみとらえ、ビジネスとは切り離して考える傾向がある。しかし、今回のムンバイ・テロを通じ、私たち=日本の個人投資家・ビジネスマンはテロとビジネスの深い関わりあいを再認識しなければならない。
このように私たちを取り巻くビジネスは世界の様々なイベントと深いところでリンクし、次々と「潮目」を生み出しているのだ。そのような中、日本が今後よりマシなマーケットとして注目される可能性は日々高まっており、私たちは更なるマネーの「潮目」を目にすることになるだろう。それを前にして、私たち日本人は溢れんばかりの情報をいかに読み解けばよいのだろうか。この点については来年1月に開催する「新刊記念講演会」において詳しくお話したいと思っている。ご興味を持たれた皆様のご来場を楽しみにしている。
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- 名前:原田武夫(はらだ たけお)
- 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
- 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
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