インド史上最悪のテロが問いかける「新興国投資への覚悟」
11月26日夜(日本時間27日未明)、インド西部の商都ムンバイでいたたまれない事件が発生しました。武装集団が中心部の高級ホテルや駅などをほぼ同時に襲撃するテロが発生したのです。
29日にはインド治安部隊が実行犯を完全制圧しましたが、現地報道などによると、死者は少なくとも195人にのぼり、インド史上最悪のテロ被害となりました。この事件で、日本人1名が亡くなっています。
実行犯の目的、政治的背景などについては今後の解明が待たれますが、私はこのテロ事件では、投資家の新興国に対する投資への覚悟が問われていると考えます。そこで私なりの見解をお届けしたいと思います。
インドの金融センター・ムンバイ
同時テロの標的となったムンバイは、インドの金融センターです。報道でもよく見られた炎上する「タージ・マハル・ホテル」は、インド最大財閥であるタタ財閥が、インド人として初めて作ったホテルです。
実は私は今年の2月、インドを訪問しており、そのタージ・マハル・ホテルも訪れていたのです。
「タージ・マハル・ホテル」ムンバイにて筆者撮影
ご覧の通り、荘厳な建物です。私も実際、このホテルに宿泊したのですが、そのときはまさかこんな悲劇の舞台になるとは想像すらしませんでした。
今回、三井丸紅液化ガス社員の邦人の死亡も確認されました。ムンバイは、もちろん日本などに比べると、治安がいいとはいえませんが、インドの中では比較的、外国人にとっても安全と思われていた地域です。であるからこそ、今回のテロは衝撃を持って世界に報道されたのです。
“少数派”タタ財閥の成功の背景
今回のテロに関して、地元警察の首脳は30日夜、パキスタンが地盤のイスラム過激派組織「ラシュカレトイバ」の犯行であると断定しました。その背景には、大多数を占めるヒンドゥー教徒と少数派であるイスラム民族の対立、もしくはカースト制度による差別があるといわれています。
しかし、タージ・マハル・ホテルが狙われた事を考えると、そう単純に断定することはできません。なぜなら、タージ・マハル・ホテルを建設したタタ財閥の創立者のジャムシェトジー・N・タタ氏の出身宗教は、パーシーと呼ばれるゾロアスター教なのです。単純に「宗教的少数派が多数派を狙った」とはいえないことが分かるでしょう。
つまり、インド有数の“金持ち”タタ財閥は、元を辿れば少数派であったのです。そのタタ財閥がなぜここまで登りつめることができたのでしょうか。その点は、『タタ財閥』(小島眞著、東洋経済新報社刊)に詳しく書かれています。以下その一部を抜粋します。
パーシーはインド社会では目立たない存在であった。彼らが頭角を現すようになったのは、英国が17世紀にインドに進出し、スーラトに東インド会社の拠点を設置するようになってからのことである。パーシーはいち早く英語をマスターし、通訳として活躍するようになった。18世紀にボンベイ(現ムンバイ)が商業センターとして発展するようになると、パーシーはボンベイに移り住むようになった。
(中略)
パーシーの存在が一躍注目されるようになったのは、19世紀後半においてである。当時、パーシーは、学校教育、慈善事業、それに社会改革などの分野で先駆的な役割を果たす優れた人材を輩出していた。
47ページ「第2章/タタ・グループの経営理念」より
広がる格差、問われる投資家の覚悟
インドでは、タタ財閥のように富める存在が台頭する一方で、貧富の差は拡大の一途を辿っています。私は今回のテロの背景にも、この貧富の差があると考えています。
実際、私はインド訪問でその格差を目の当たりにしました。
インド最大の貧民街、筆者撮影
貧困層が働く洗濯場ドービー・ガードにて、筆者撮影
荘厳華麗なタージ・マハル・ホテルとの落差に衝撃を受けます。
この貧富の差というのは、インドへの投資を考える上で無視できない点です。そのことについては『複雑な世界、単純な法則』(マーク・ブキャナン著、草思社刊)が詳しく解説していますのでご紹介します。
富は最終的にごく一部の人々の手に集中する。しかしながら、ブーショとメザールは自分たちのネットワーク・モデルを研究して、投資の不規則な変動があまりに激しくなると、売買によって自然に生じる富の分散を完全に圧倒してしまう場合があることを見いだした。
このケースでは、経済は突然かつ劇的に遷移状態を通り越す。つまり、加速的に広がる富の格差があまりにも著しく、そのことだけで、人々のあいだの富の流れでは格差を十分に軽減することができなくなり、経済はティッピング・ポイントを越えて傾いてしまうのだ。
こうなると、富は、たんに一部の人々が握っているという状態ではなくなり、ほんの一握りの飛び抜けて富裕な「悪徳資本家(ロバーバロン)」に「凝縮」してしまう。
(中略)
一部の国、特に開発途上国で、すでに富がごく一部の手に集中する「凝縮相」に入ってしまっている国があるかどうかを考えてみるのも興味深い。
315ページ「第12章/経済活動の避けられない法則性」より
貧富の差があまりにも拡大したインドは「凝縮相」に突入し、経済が遷移状態を通り越してしまったのではないでしょうか。そこにテロの一因がある、というのが、私の見方です。
テロは尊い命を奪う、許せない行為であることはもちろんです。加えて、投資の観点から見ても、リスクを増大させることになります。インドは、そうしたリスクを本質的に抱えている、といえます。
インドに投資をするのであれば、そうした背景を理解することが必要です。また貧富の差が拡大しているのはインドに限った話ではありませんので、新興国に投資を行ううえでの“覚悟”ともいえるでしょう。
新興国投資において20年以上のキャリアを持ち、アセット・マネジメントのトップファンドマネジャーであるマーク・モビアス氏は、その覚悟について、著書『国際投資へのパスポート』(日本経済新聞社刊)の中でこう語っています。
誰も、これらの国への投資が、世界最先端の工業国に投資するのと同じくらい安全で保証されており、容易だという幻想を抱いて取引すべきではない。
24ページ「第1章/希望と成長」より
新興国投資にはリスクがつきものです。そのリスクを果敢にとりにいく投資家にしか新興国投資は許されないのかもしれません。
その覚悟を持ってインド投資を考えられるか?新興国投資を考えられるか?
今回のテロ事件で、私たち投資家はそう問われているのではないでしょうか。
- いま、インドだけでなく、どの新興国においても貧富の差が問題となっています。しかし、これは、新興国が発展する過程で必ず通らなければならない試練。いち早く試練を乗り越える国はどこなのでしょうか。各国毎を精査していく必要がいままで以上に出てきています。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。