『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

切っても切れない“中東和平”と“原子力ビジネス”

加速する中東和平

今では意外に思われる向きもあるかもしれないが、第1次世界大戦勃発まで、パレスチナではユダヤ人とアラブ人は、ほとんど宗教間対立も民族間対立もなく共存していた。しかし、トラブルの種はしばしば外からやって来る。1915年から1917年にかけて英国は戦時中にユダヤ人とアラブ人からの協力を得るため、その引き換えに双方に「独立」を約束した。その裏ではフランスとの中東分割の秘密協定が結ばれていた。これが史上悪名高い英国の「三枚舌」外交である。


こうして民族感情を鼓舞させられたユダヤ人とアラブ人は対立し、1948年5月14日のイスラエル建国で緊張はピークに達した。このような経緯で中東は1948年から1973年までの間に4度の戦争が起きるほどの世界の「火薬庫」へと化したのだ。


勿論、「火薬」は片付いているにこしたことはない。既に1990年代、中東和平交渉の試みが見られた。イスラエルのラビン首相とアラファトPLO議長がクリントン米大統領の前で握手をする姿は、日本でも報じられたとおりである。しかしそのラビン首相が暗殺され(1995年)、再度和平は暗礁に乗り上げた。その後もアラブ各国からは中東和平再開の声が上がってきたが、未だ実現を見ていない。このような経緯から、中東和平がいかに困難であるかが分かる。


しかし2007年以降、米国勢が中心となって中東和平を「急ぐ」動きが見られている。その象徴となったのが同年11月に米国メリーランド州アナポリスで開催された中東和平会議(アナポリス会議)である。そこにはイスラエル、パレスチナ両当事者に加え、米国を含め50の国及び国際機関等が参加した。会議直前、米国やイスラエルのメディアでは期待を下げるような予測を立てられていたが、予測とは逆に同会議では重要な2つの動きがあったのである。


第1に2008年末までに中東問題を解決するためのプランの草案を出すこと、第2に将来的にはパレスチナの独立国家建設構想も積極的に進めることである。これを受けてマーケットでは「中東での地政学リスクは終わった」との観測が流れ、原油マーケットが急落したほどである。


「2008年末までの解決」という目標は結局のところ実現する見込みは低いが、そのような短期的な解決プランが立てられたこと自体が、既に大きな動きと言えよう。更に、メディアではオバマ次期大統領がこの中東和平に向けた試みを継続すると予測しており、2009年以降の和平への期待も薄れていない。和平自体も勿論、コモディティを中心としたマーケットに影響すると考えられるが、気になるのはなぜ米国が今になって中東和平を加速させているのかという点である。

中東和平の背景にある原子力ビジネス

マーケットとそれを取り巻く国内外の情勢をめぐる「潮目」をウォッチする中、この関連で気になる報道が1つあった。米国がアラブ首長国連邦(UAE)との間で原子力協力協定締結に向けて協議を行っているというのである(16日付米ロサンゼルス・タイムズ参照)。この動きは何の前触れもなく出てきたもののように考えられるが、これまでの歴史を振り返ると、実は米国がずっとこのタイミングを窺っていたことが分かる。


我が研究所ではかねてより、米国勢が中東地域において原子力ビジネスを展開する可能性について指摘してきた(「世界の潮目」モノグラフ2007年11月14日第14号参照)。この予測のきっかけとなったのが、2006年12月11日に行われた第27回湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council、以下GCC)サミットでの声明である。


UAE、サウジアラビア、バーレーン、クウェート、オマーン、カタールが参加したこのサミットでは、これらの国々が原子力エネルギーに関する共同プログラムの研究を開始したと宣言したのである。2007年2月にはカタールのアブドゥル・ラフマン・アル・アッティヤ副首相兼エネルギー産業相が開発計画開始の時期については「2年以内」と言及している。つまり、来る2009年2月には、既に中東における原子力開発という「潮目」が設定されているのだ。


米国は当初この計画に懸念を表明していた。GCC諸国の原子力開発が「核拡散」に繋がることを危惧したためである。特にその頃既に核開発を開始していたイランが、これらの諸国に原子力のノウハウを提供する準備があると述べたことも米国の不安をかき立てたのであろう。米国は当時、中東で原子力ビジネスを展開することは「危険」だとしか考えていなかったのである。


しかし、ロシアやフランスといった他の原子力大国の対応は違っていた。ロシアのプーチン元大統領は2007年2月という早い段階で、サウジアラビアを訪問した際に、同国が平和利用のための原子力開発を行う権利があると発言し、また同月のうちに「原子力協力協定」締結にまで踏み切ったのだ。更にはフランスも、2008年1月にUAEとの間で「原子力と軍事関連の協定」に調印した他、ヨルダンとも「民生利用における原子力協力」に合意している。米国はこれらの国に先を越されたのである。


米国は、このような中東における原子力ビジネス展開の波に乗るという「野望」を抱きつつも、他方で情勢が不安定な中東における原子力開発は余りにも危険だという「躊躇」もあり、これら2つの間で葛藤していたのだろう。そこで米国が選択したのが、「第1に中東和平を行い、情勢の安定を見計らって原子力開発を行う」という道ではないだろうか。すると、上で述べたように米国が中東和平を急いでいた理由も自ずと見えてくるのである。そして、いよいよ米国もUAEとの原子力協力協定を入口として、中東における原子力ビジネスに参戦してきたのだ。


しかし、これはまだ序章に過ぎない。その後も米国はUAE以外にもサウジアラビア、ヨルダン、バーレーンと原子力協力協定を締結すべく次々と接近を図ってきたのだ。中東における原子力ビジネスというレースで先を行くロシア、フランスを猛追し、むしろ自らが主導権を握るべく奮闘する米国。その動向からは今後も目が離せないだろう。

次期米政権でヒラリー・クリントンが国務長官になる意味

このような原子力ビジネスの新展開を含めた最新の国内外情勢が示すマネーの「潮目」について、私は来年2月7、8日に東京・横浜、21、22日に大阪・名古屋でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナー(完全無料)で詳しくお話したいと考えている。


さて2008年も終わり、いよいよ米国政権交代という大きな「潮目」を迎えようとしている。現在、その政権交代を前に世界中がオバマ次期大統領の政策に耳を傾けている状況である。とりわけ注目の的となっているのは、温室効果ガスによる地球温暖化、そして化石燃料の限界が議論になっている中、代替エネルギーとしてオバマ政権が何を推進していくのかということだ。しかし、オバマ次期大統領の口から「原子力」という言葉は出てこない。これはどういうことだろうか。米国による原子力ビジネスの展開は共和党政権の終わりと共にストップしてしまうのだろうか。


そう判断するにはまだ早いだろう。というのも、米国次期政権には原子力セクターと強い繋がりを持つ人物がいるからである。それは何を隠そう、ヒラリー・クリントン次期国務長官である。実はヒラリー・クリントンは大統領候補として選挙活動を行っていた間、原子力セクターから多額の資金を得ていたことが分かっている。また、ヒラリー・クリントンの夫であるビル・クリントン元大統領も、政権就任当時にウラン濃縮ビジネスを開花させているのだ。


オバマ次期大統領は“イスラム寄り”と言われており、イランに対しても圧力より対話を中心に対応していくと公言している。もしこれが功を奏すればイランとの「和解」という大逆転のシナリオもあり得る。そうなるといよいよ中東における原子力ビジネスを展開する舞台が整い、ヒラリー・クリントンを中心として米国の「攻勢」が強まることになろう。


このように米国次期政権の中東外交における動向を「地政学リスク」と「原子力開発」という二本立てで追い続けることが、私たち=日本の個人投資家・ビジネスマンにとって重要なのである。


「中東といえば石油」という連想の背後で、原子力ビジネスという現実はひそかに、しかし確かな足取りで進行している。大転換の時代を生きる私たちは、情報リテラシーを研ぎ澄まし、こうした「現実」を見据え、対処していかなければならないのである。この点については来年1月に開催する「新刊記念講演会」において更に詳しくお話する予定である。ご関心を持たれた読者の皆様には、ぜひ足を運んでいただきたく思う。

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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
  • ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト

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