ビッグ3救済法案廃案で再びパニックに。09年に持ち越された課題
株価大幅下落、為替は急速なドル安円高に
先週末、株式市場は再びパニックに見舞われました。株式市場が可決されると“勝手に”判断していたビッグ3救済法案が、現地時間の11日、米上院での協議決裂により廃案に追い込まれてしまったからです。
場中に廃案の報道があったアジア各国では、株価が大幅に下落しました。例えば12日の日経平均株価は一時、600円超の下げ幅をみせました。ただ週明けには落ち着きを取り戻したようで、15日の日経平均は終値でも前週末比400円超の大幅反発となりました。
これは、ペリーノ大統領報道官名で「弱体化した米経済の状況を考えると、必要なら金融安定化法の活用も含めた選択肢を検討する」との声明が発表され、米政府が金融安定化法を活用してでもビッグ3を救済するという方針が示されたためでしょう。
しかし、まだ問題は解決したわけではありません。そして救済法案の廃案は株式市場だけでなく、為替市場にも大きな影響を与えました。ビッグ3の破たん懸念とそれによる米景気後退への懸念からドル売りが加速し、12日には1ドル=90円を上回る円高が進行、その後も90円台を回復したとはいえ、依然としてドル安円高の傾向が続いています。
「可決確実」が一転、廃案に追い込まれた訳
先に述べたように、株式市場では救済法案は「可決されるであろう」と思われていました。オバマ次期米大統領もビッグ3の破たんにより「破滅的な波が起こる」と警告していました。
にもかかわらず、なぜ上院で協議が決裂し廃案となってしまったのでしょうか。
「通過の見通し」の流れが変わったのは、共和党のマコネル上院院内総務の反対表明でした。同氏は、救済法案の可決のためには、3社の給与水準を日本の自動車メーカーと同水準にまで下げる新法が必要だと主張したのです。
経営危機に陥り、公的支援がなければ破たんしてしまう。そんな状況であれば、給与水準の引き下げは受け入れざるを得ない、また、支援の条件としてそれを求めるのも当然、と思われる方が多いでしょう。
しかし、労働組合側は2011年までは賃金削除に応じないと主張、そのため上院内での協議が決裂し、救済法案は廃案となったのです。
これについて、米ウォールストリート・ジャーナルは13日付の社説で、「全米自動車労組(UAW)は条件付の救済に『ノーサンキュー』を伝えた。ブッシュ大統領は当惑し、財務省は金融安定化法に基づく公的資金を使おうとしている。UAWに屈する自動車産業経営者たちの列に大統領が加わると誰が考えただろうか」とした上で、「ゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーの破たんの危機は『現在』の問題だ。再編がなければ自動車産業の採算性は回復しないのに、UAWは再編回避のために救済を利用しようとしてる」と労組側の姿勢を批判しています。
09年はさらに厳しい状況に?
ビッグ3の中でもGMは、年内の資金繰りすら難しいとまで言われています。果たしてその危機を乗り切ることができるのか。金融安定化法案による救済はあるのか。ビッグ3の今後については、引き続き注意深く見守る必要があります。
一方で、一連の動きが日本の自動車メーカーにどのような影響を与えるのかも気になるところです。当然、「ライバルの苦境はチャンス」と安穏としていられる状況ではありません。
例えばトヨタ自動車(7203)は、09年の世界販売計画(単体ベース)を700万台前半とするようです。同社は既に今年7月、08年の世界販売計画を884万台から850万台に下方修正しました。しかしその後も販売減に歯止めがかからず、08年は前年比5%減の800万台前後で、10年ぶりの前年割れが確実視されています。
来年も厳しい状況が続き、08年からさらに1割弱下回ると予想しての700万台という数字です。この販売減が収益を圧迫するのは必至で、私は場合によればトヨタが営業赤字に転落する可能性すらあるとみています。
もちろん、影響を受けるのはトヨタをはじめとした自動車メーカーだけではありません。日本企業の多くが北米の消費に支えられていたため、その北米の景気、そして消費の減退は深刻な影響をもたらします。
過去30年で平均的な米国人の実質所得は12%程度しか伸びておらず、00年以降はマイナス気味でした。それでも消費が拡大していたのは、クレジットカード、ホームエクイティローンによる借金が可能だったからです。しかし、サブプライムローン問題に端を発する信用収縮により、それも難しく今後これまでのように消費が拡大するとは考えにくい状況です。
そして米国の消費減退は、巡り巡って日本の雇用にも暗い影を落とします。既に、派遣、期間工といった非正規労働者の解雇だけでなく、早期退職などという形での正規労働者のリストラの動きも見え始めています。また、来年度新卒の内定取り消しの話も聞こえてきます。
改めて、米国の問題が日本にとっても決して他人事ではないことを、多くの方が肌で感じているのではないでしょうか。
09年は、08年に比べさらに苦しい状況となると考えられます。景況感の悪化はまだまだ続くと考えた“備え”が必要なのでしょう。
- 自動車メーカーをはじめとする日本の製造業の業況悪化は、北米の景気悪化が要因であるといえます。日本は世界に冠たるモノづくり国家だったはずです。しかし、特にここ数年は、北米の消費バブルにずいぶん助けられていたということがはっきりとしてきました。北米の消費をアテにし成長していくという戦略が、転換を迫られています。とはいえ、それはそう簡単に転換できるものではなく、しばらくの間、新しい戦略のための“生みの苦しみ”が続くと考えておくべきです。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。