タミフル制限でも中外株堅調の理由とは?投資すべき製薬会社の見分け方

タミフル服用者による相次ぐ不審事件

07年2月27日、仙台市宮城野区福田町のマンション敷地内で、同マンション11階に住む市立中学2年生の男子生徒(14)が死亡しているのが発見されました。

この男子生徒は前日の午前、病院でインフルエンザと診断され、午後6時ごろ処方された「タミフル」を服用し自宅で静養していました。それが27日の午前1時頃になって、玄関を出て高さ1.26メートルの壁を乗り越え、マンション中庭の駐車場に転落したとみられます。

その後も特に10代でタミフルを服用した患者による同様の事件が相次ぎました。事態を重く見た厚生労働省は3月20日深夜、緊急会見を開き、10代患者へのタミフル投与中止を指示しました。

タミフルは、中外製薬(4519)が親会社であるスイスの製薬会社ロシュから輸入、01年2月に販売を開始しました。A型、B型インフルエンザウイルスの増殖を抑え、発症から48時間以内に服用すれば高熱が下がり、発熱期間を1日ほど短くするといわれています。

これまで世界でタミフルを処方された計4,500万人のうち、実に3,500万人が日本人だといわれています。日本でここまで普及したのは、公的な健康保険制度が整っており手に入りやすいため、また、忙しい人が多く「早く治したい」とのニーズが強いためといわれています。

インフルエンザ治療薬としては、他に英グラクソスミスクライン社の「リレンザ」が販売されていますが、医師から使い方の説明を受ける必要があるため、タミフルの独壇場といってもいい状況が続いていました。

そこで起きた一連の事件と厚労省の発表です。異常行動とタミフルの因果関係はまだ明らかにはなっていませんが、「この薬は危ないかもしれない」という認識が広がったのは事実です。

通常であれば、こうした薬を販売していた中外製薬株は大きく値を下げそうなものです。しかし、厚労省の発表の翌日22日の同社株は、一時105円安の2,875円まで下げる場面もありましたが、終値は前日比30円安の2,950円で取引を終え、その後も大きく下げることはありませんでした。【ポイント1】

高株価を支える2つのキーワード

なぜ「タミフルショック」にも関わらず、中外製薬の株価は大きく下げることがなかったのでしょうか。キーワードとなるのは「特需」と「新薬」です。

まず、タミフルの「特需」。タミフルは、インフルエンザ対策として国や地方自治体が備蓄に乗り出した結果、行政備蓄向け売上高は06年12月期だけで244億円、今期も222億円の売上を見込んでいます。つまり、特需が発生しているのです。

タミフルの売上のうち、こうした備蓄が76%を占めています。国などが既に予算化していれば、タミフルの売上が急減するリスクは極めて少ないといえます。

ただし、必要とされる2,800万人分が今期で充足されるため、行政備蓄の追い風は終わります。本来であれば、一旦、同社の収益増加期待は剥げ落ちてもおかしくはありません。今回の騒動を契機に、今後、行政がタミフルを避け、以後、特需が繰り返されない可能性も否定できません。

しかし、それを穴埋めする「新薬」の発売が予定されていることが中外製薬の株価を下支えしています。07年4月中にも、ガン治療薬「ベバシズマブ(海外製品名アバスチン)」が認可を受ける見通しとなりました。

この薬は、欧米など70カ国で既に販売されており、欧州で販売する中外製薬の親会社ロシュの06年売上高は約2,700億円に上っています。

ですので、認可による中外製薬の業績への期待も高まっており、中外製薬の今期の連結経常利益は、会社側が前期比14%減の525億円と予想しているにも関わらず、アナリスト予想の平均値QUICKコンセンサスは5%増の637億円となっています。

厚労省によるタミフルの使用制限の指示は中外製薬にとって決してプラスではありません。それどころか企業イメージを悪くするマイナス要因です。しかし、「特需」と「新薬」という2つの要因が下支えし、株価が大きく下がることはなかったのです。【ポイント2】

「投資すべき製薬会社」を見極めるには?

事件に直面しても大きく下げなかった中外製薬の株価をみて、製薬会社への投資に興味を持った方もいらっしゃるかもしれません。では、製薬業界への投資を検討する場合、何を判断基準とすればよいのでしょうか。

まず、規模の重要度が下がりつつある、ということを理解しておく必要があります。世界第1位の規模を誇るファイザー製薬で具体的にみていきましょう。

ファイザーは、合併を繰り返して大きくなってきた会社です。なぜ、規模を追求してきたかというと、製薬会社が生き残るためには「新薬」の開発が不可欠だからです。

新薬の開発は、膨大な研究開発費を投じても実際に市販化されるとは限らない「博打的」要素が強いものです。そのため、規模が小さく研究開発に耐えられない製薬会社は競争に打ち勝てないといわれてきました。

ですので、日本最大の製薬会社である武田薬品工業(4502)ですら、世界では16位の規模であったため、「日本の製薬会社は既に競争から脱落している」といわれていたのです。

しかし、規模の拡大を追及してきたファイザーも、07年1月に全従業員の1割に当たる1万人を削減する計画を発表しました。将来の収益減に備えてのリストラだといわれており、製薬会社でも「大きければいい」というわけでないことが明らかとなりました。

ですので、一昔前までの「日本の製薬会社は競争から脱落している」は当てはまらないといえます。代わって日本の製薬会社をみる際に気をつけるべきことは「グローバル化」です。

日本国内では、高齢化が進み医療費がかさむことが予想されています。そこで政府は少しでも薬価を抑制しようとしています。

既に06年4月、厚労省は、これまでのたとえ医師が処方せんに先発薬の名前を書いても、後発(ジェネリック)医薬品への変更が可能になるよう制度を変えました。

現在、日本でのジェネリック医薬品の普及率は約17%。一方、欧米では50%程度あり、日本でも普及率を高め、薬剤費削減を進めようとしているのです。

患者にとっては、自己負担が減るため望ましいことといえます。しかし、製薬会社にとっては、日本全体の薬市場の規模の小さくなるかもしれないということです。

そこで、今後生き残り成長するためには製薬会社は「グローバル化」していくことが不可欠なのです。日本の市場が小さくなるのなら海外で稼ぐ、世界に活路を見出す、というわけです。武田薬品工業をはじめ、国内の上位5社の売上は、すでに海外販売が5割程度を占めています。

しかし、先ごろ合併を発表した三菱ウェルファーマと田辺製薬(4508)の場合、両社を統合しても1割程度です。これを「グローバル化に遅れをとっている。成長の見込みは薄い」ととるか、「今後の世界展開の余地が大きくある。うまく行けば大きく成長するかもしれない」ととるか、投資家として、企業を見極めることが求められます。

どちらにしろ、日本の製薬会社への投資の検討は、「グローバル化」というキーワードを抜きには語れないのです。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
中外製薬の株主総会では19の質問のうち、13問がタミフル関連だったようです。「なぜ急に子供の異常行動が明らかになったのか」「公表された以外に異常行動の報告はないのか」など安全性や情報開示に関する質問が相次ぎました。株主総会を主催する会社側では、何度もリハーサルを繰り返し、数百問にものぼる想定問答集を作っているのが一般的です。ぜひ、一度出席され、日ごろ疑問に思っていることをご質問されてみてはいかがでしょうか。きっと投資のヒントになることだと思います。
【ポイント2】
一般的に、他社から導入した薬は利益率が落ちます。しかし、タミフルの場合、それでも粗利は市販向けで5割程度、行政向けでも2割程度あるといわれており、この2年間の中外製薬の業績大きく貢献したことは疑いようのない事実です。また、年間1−2品目の申請がやっとの製薬業界で、06年の1年間で8品目を承認申請しているのは、ロシュとの提携があったからこそではないでしょうか。
【ポイント3】
日本でも製薬会社は合従連衡が盛んです。最近では、メリルリンチ証券が医薬品担当のM&A人材を大量に募集しているとの報道がありました。合併を発表した三菱ウェルファーマと田辺製薬も、「さらなる統合に前向き」と語っているように、日本の製薬業界には「再編」という投資テーマも当てはまるといえます。

製薬会社銘柄は、一般的には景気変動に影響を受けにくいディフェンシブといわれることが多いです。全体が下がる局面でもあまり株価が下がらないからでしょう。でも、中身は決してディフェンシブではないのが実情。薬価抑制やジェネリック医薬品の普及など課題は多くあります。投資をする前には、しっかりとした分析が必要なことは言うまでもありません。(木下)

  • はてなブックマークに登録はてなブックマークに登録
  • BuzzurlにブックマークBuzzurlブックマーク数
  • [clip!]この記事をクリップ!

トラックバック

トラックバックはまだありません。

この記事に対するTrackBackのURL

最新コメント

コメントはまだありません。

name
E-mail
URL
画像のアルファベット
comment
Cookieに登録

プロフィール

木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

メールアドレス: 規約に同意して

個別銘柄情報はこちら   まぐまぐプレミアム・有料メルマガ

なぜ、この会社の株を買いたいのか?
〜年率20%を確実にめざす投資手法を公開〜

ビジネス誌・マネー誌・テレビに登場するアナリスト、木下晃伸(きのした・てるのぶ)が責任編集のメールマガジン。年率20%を確実にめざすためには、銘柄選択を見誤るわけにはいきません。日々上場企業を訪問取材している木下晃伸が、投資に値する会社を詳細に分析、週1回お届けします。

【2100円/月(当月無料)/ 毎週土曜日】 購読申し込み