アサヒ・カゴメ提携〜業界再編でリターンを得るための3つのポイント

アサヒビール、カゴメの筆頭株主に

06年後半から、食品業界の動きから目を離せない状況が続いています。このコラムでもこれまで、多くの食品企業についてお伝えしました。

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そうした中、07年2月6日、アサヒビール(2502)とカゴメ(2811)が資本・業務提携することで合意したと発表しました。アサヒビールがカゴメの発行済み株式の10.05%(議決権ベース)を取得し、筆頭株主となるというものです。

アサヒビールの荻田伍社長は、「食と健康の事業領域を拡大しようと、一昨年にチルド(冷蔵)飲料のエルビー、昨年はベビーフードの和光堂を買収したが、既存事業との相乗効果を発揮するには何かもう一つ足りなかった。カゴメは植物性乳酸菌飲料『ラブレ』がヒットし、野菜果汁飲料の商品力がある。当社はチルドが弱く、相互補完できる」と語っています。

また、カゴメは今回の提携により、パスタソースなど加工食品の生産拠点であった茨城工場を、ラブレなどチルド製品の生産拠点に改編するための資金手当てが可能となります。加えて、敵対的買収に備えた安定株主作りとしても効果がある資本・業務提携です。 【ポイント1】

発表翌日の7日、東京株式市場でアサヒビールとカゴメの株価はそろって上昇、アサヒ株は一時、前日比112円(5.85%)高の2,025円まで上げ、97年12月以来約9年ぶりの高水準となりました。また、カゴメ株も一時130円(7.58%)高の1,845円まで上昇しました。投資家がひとまずは今回の資本・業務提携を好感したことの表れといえるでしょう。

提携がより寄与するのはアサヒ?カゴメ?

市場が好感した今回の提携ですが、両社を投資対象としてみる際には、統合後の相乗効果を分析する必要があります。

提携後の青写真を検討し、その上で現時点で考えられる将来像よりも良くなるのであれば投資に踏み切れるということになります。つまり、「ビジネスの将来像を分析する」ということです。

では、具体的には何をみていけばよいのでしょう。こういう場合、プロのファンドマネジャーやアナリストは、自分の頭でウンウン考える前に、「提携効果はどれだけの“利益”寄与があるのか」ということを、提携の意思決定を行った経営者のコメントから、丹念に読み解くのです。

今回は、日本経済新聞に掲載されたアサヒビールの荻田社長の「3、4年後の営業増益効果は両社で100億円」というコメントに答えがありました。

現在の営業利益規模は、アサヒビールが約1,000億円、カゴメが約90億円前後。今回の営業増益効果100億円がどういった割合で寄与するかは現時点では判断しにくいですが、営業利益の規模を考えれば、効果はカゴメの方により大きく寄与するのではないか、と考えることができます。

また、提携の翌々日に発表されたアサヒビールの09年12月期を最終年度とする3カ年の経営計画では、09年12月期の営業利益で、06年12月期比24%増の1,100億円をめざすとしています。内容は、ビールの売上増とコスト削減です。

つまり、アサヒビール側としてはカゴメとの提携効果はそれほど大きく寄与しない姿を想定しているわけです。であるならば、今回の提携で投資対象としての魅力がより高まったのはカゴメである、と判断するのが妥当でしょう。【ポイント2】

食品業界の再編から気づいておきたい3つのこと

食品業界で再編が続いているのは偶然ではなく、世の中の変化とともに起こる必然といえます。では、今、世の中で起こっている変化とは何なのでしょうか。それは3つのキーワードに集約することができます。

1.デフレからインフレへ
投資をする上では、現在すでにインフレ時代に突入しているのだ、ということを念頭に置くことが重要です。

確かに、政府の発表ベースでは、消費に力がないとか、まだデフレ脱却を宣言するには早いと思われます。しかし、食品業界の最近の動きをみてみると、すでに商品価格が下がるデフレから、商品価格が上昇するインフレの時代に突入しているということに気づくことができます。

たとえば最近の「プレミアムビール」ブーム。プレミアムビールとは、通常のビールに比べて製法や原材料などにこだわった高価格帯ビールです。店頭実勢価格は350ミリリットル缶で238〜254円程度が一般的です。通常のビールよりも30〜46円程度高く、130円前後で売られている発泡酒の2倍近くします。

06年のプレミアムビールの販売量は業界全体で2,100万ケース。前年より75%も伸びて、ビール全体の7.6%を占めました。それが07年には3,000万ケースに拡大、4年後には「発泡酒などを含むビール総需要の1割を占めるようになる」(サントリー)とも言われているのです。

デフレ時代には価格の安い発泡酒が売れましたが、今は値段の高いプレミアムビールが売れている。ということは、デフレが終わりインフレの時代になっているということに気づくことができるわけです。

2.専門から総合へ
今回の提携の背景には、アサヒビールはビールの比率を下げたい、カゴメはトマトから他野菜に広げて高い成長を遂げてきた戦略を加速させたいという思惑があります。

つまり両者とも、ある特定の商品・分野ばかりを大きな割合を占める「専門企業」から脱却し、「総合企業」になることを目指しているのです。

ではなぜ「総合企業」を目指すのか。その理由は、キーワード1の「デフレからインフレへ」に関連します。

デフレ時代には、縮小していく経済の中で経営資源を集中させていく必要あり、専門企業が強みを発揮していました。しかし、インフレ時代になり経済が拡張していくときには、1つの分野にとらわれず、幅広い商品を多く売り、利益を上げられる総合力が問われるようになるのです。

これまで経営資源を特定商品・分野に集中させてきた専門企業の今後の戦略としては、(1)自社で総合化をめざしていく(2)他社と連携し、総合力を発揮する(3)すでにある総合企業の傘下に入る、という選択肢が考えられます。今回のアサヒビールとカゴメの提携は(2)に該当します。

専門企業が多い食品業界では、「総合企業化」の過程でさらに再編が起こる可能性があるのです。

3.少量から多量へ
さらに、デフレからインフレに移行することで、企業は成長のために「大量に稼ぐこと」が求められるようになります。デフレ時代の小さく、しかし確実に利益を上げていく経営姿勢は、いわば守りの経営といえます。

しかし、インフレ時代には経済の拡大にあわせて大量に稼ぐ力がなくては企業は成長できません。つまり、攻めの姿勢が求められるのです。「専門から総合へ」が分野の広がりであるのに対し、こちらは設備投資などの手段をもって、1つ1つの分野での稼ぎを大きくするということです。

カゴメは今回の提携で、設備投資の資金を得ることができました。今後の「大量に稼ぐ」攻めの経営のための布石を打ったといえるでしょう。

投資には世の中の流れを読み取り、将来像を描くことが必要です。食品業界の再編から得られるヒントを頭に入れておくだけでも、かなり腰の座った投資が可能となるのではないでしょうか。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
カゴメといえば、約14万人の個人株主がいることで有名です。これだけの個人株主が存在すれば敵対的買収はほとんど不可能でしょう。実際、株主へのアンケート調査によると、「カゴメがTOB(公開買い付け)をかけられた場合、いくらなら株を売るか」との問いに、44%が「いくらであっても売らない」と回答しています。
それでもなお敵対的買収のリスクを考え、安定株主作りを行った同社の慎重かつ大胆な戦略は賞賛に値します。また、経営陣にとって、三角合併解禁を控えたこの時期、敵対的買収とはそれほどまでに切羽詰った問題なのだ、と捉えることができます。
【ポイント2】
カゴメに比べ、アサヒビールにとって今回の資本・業務提携の効果が限定的だと考えているのには他にも理由があります。提携は「酒類事業の割合を6割以下にしたい」(アサヒビール荻田社長)という戦略の一環。しかし、「食と健康の事業領域を拡大するM&A(企業の合併・買収)や提携なら、借入金などで必要な資金を用意する」と萩田社長は強調しているのです。これも経営者のコメントをつぶさに読むことで投資のヒントが得られる好例でしょう。
【ポイント3】
今回は食品業界の再編から3つのキーワードを取り出しましたが、実はこの3つのキーワードは他の業界にも当てはまります。特にモノ作りの会社に投資をする際には、必ず思い出してほしいものです。分析というとなにやら小難しさを感じてしまいますが、会社が発表している戦略が3つに当てはまっているかどうかをチェックするだけならそれほど難しいことはありません。ニュースの字面を追いかけるだけではなく、チェック項目を持って眺めると大きなヒントを見つけられるのではないでしょうか。

アメリカでも80年代にM&Aが吹き荒れた時期、その対象には食品や小売などの成熟産業も多かったのです。上でも述べたように食品業界では今後もM&Aをはじめとした再編が続く可能性があります。その際は、あわてることなく、今回お伝えした3つのキーワードをもとにニュースを分析し、投資に挑んでいただきたいと思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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