日清、明星に友好的TOBを発表。どうなる即席めん業界
日清食品、ホワイトナイトとして登場
2006年11月15日、「カップヌードル」などで知られる即席めん業界最大手の日清食品(2897)が、「チャルメラ」などを製造・販売する業界4位の明星食品(2900)に対する友好的株式公開買い付け(TOB)の実施を発表しました。
明星食品は、その約半月前の10月末に米系投資ファンド、スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド(以下スティール)から敵対的TOBを仕掛けられていました。今回の日清食品は、明星食品を救うホワイト・ナイト(白馬の騎士)として登場したのです。
スティールが提示したTOB価格は、明星食品の26日終値609円に14.9%のプレミアムをつけた700円。対する日清食品のTOB価格は870円です。
即席めんにおける日清食品のシェアは40%強、明星食品は10%弱です。スティールは、日清食品の対抗TOBに対して、価格の釣り上げなどは行わない方針で、今回の日清食品のTOBが成功すれば、業界2位の「赤いきつね・緑のたぬき」の東洋水産(2875)の約20%を大きく引き離す企業連合が誕生します。
もともとスティールは、03年11月に明星食品の株式を、創業一族である奥井家から約411万株を購入。その後も村上ファンドが所有していた約352万株など買い増しを続けていました。
その結果、スティールは議決権ベースで23.1%の株を所有する明星食品の大株主となり、06年初めごろから同社経営陣による企業買収(MBO)を提案、経営陣はそれに同意しなかったため、TOBを仕掛けたようです。
スティールの06年の運用利回りは「10%を大幅に下回っている」とささやかれています。そんな状況に業を煮やした米国側から、強い要求があったようですが、同社日本法人代表を務めていた黒田賢三氏は、「日本の実情に合わない」とその要求を退けてきたといいます。
しかし、その黒田氏は06年6月に退任、実質的には更迭されました。黒田氏は、明星食品の社外取締役も兼ねていたため、スティールとしては動きづらい面もありましたが、黒田氏の退任により、一気にTOBに打って出たのです。
スティールによるTOBは、当初よりホワイトナイトの登場を想定し、高値で売り抜けることを念頭に置いたものと考えられます。
スティールが提示したTOB価格は、14.9%のプレミアムをつけたものでしたが、今年の上場企業に対するTOB案件のプレミアムの平均は24%です。この数字からもスティールの明星食品買収に対する本気度が低いことが伺えます。
そして、スティールの想定通り、日清食品がホワイトナイトとして登場しました。日清食品のTOBに応じて保有株を売却すると、スティールの手元には85億円の資金が入り、株式取得の費用を差し引いて30億円程度の利益を得ることになります。【ポイント1】
なぜ明星食品だったのか?
そもそも、スティールが明星食品に目をつけた理由は何だったのでしょう?
明星食品の売上高はここ数年ほとんど横ばい。小売店では、カップ麺が広告の目玉商品に利用され、単価の下落傾向はとどまるところを知りません。単価下落は、小売、卸売りの規模が拡大し、メーカーの価格交渉力が相対的に落ちてきたという構造的な問題です。
普通、こうした状況におかれた会社への投資には二の足を踏んでしまうものです。しかし、視点を変えると明星食品は「魅力的な投資先」となります。
上記のように明星食品の売り上げは横ばいですが、食品関連は景気変動の影響を受けにくく、業績が安定しているディフェンシブ性の高い業界です。加えて同社は東京・渋谷の一等地の本社ビルなど、優良な固定資産を持っています。
そのため、株価純資産倍率(PBR=1株あたりの純資産)は1倍前後で、東証の平均値(1.4%)を大きく下回っており、株価は割安だといえます。
割安ということは、株価上昇の余地があるということ。割安の価格で株を取得、経営改革を要求し、株価が上昇したところで売り抜ければ利益となります。
また、安定した収益を維持でき、かつ、お金を大量に保有している会社には、株主の権利として「株主還元」を求めることもできます。株主還元の代表的なものが「増配」です。
明星食品の永野博信社長は、村上ファンドの元代表・村上世彰氏から直接、「経営陣による買収提案や株式持ち合いの解消、立地のよい本社ビルの有効活用、増配などの要求を受けた」ことを明らかにしています。
こうした状況をみると、スティールは「割安株を取得し投資利益を得る」というセオリー通りに、明星食品に目をつけたといえるでしょう。【ポイント2】
買収の動きは、日本企業をさらに強化する
企業は、突発的事態に直面したとき、防戦一方になるケースが多いです。今回の明星食品も同様といえるでしょう。
明星食品としては、「打倒カップヌードル」を御旗に、自主独立を掲げ抜本的なリストラを断行してきたわけですから、日清食品の軍門に下ることは「苦渋の決断」だったと思われます。
それでも、スティールのTOBに対抗するためには、11月中旬までにホワイトナイト選びを終えないと間に合いません。違うファンドにホワイトナイトを頼むといっても、ファンドはあくまでも、売却後までの絵が描けなければ投資に踏み切ることはできません。今回のディールでは、時間的にも同業を選ばざるを得なかったというのが実情でしょう。
一方の日清食品側としては、こう着するシェア争いに終止符を打つ意味でも、絶好のタイミングでした。同社が付与したプレミアムは、敵対的買収を退ける意味でも妥当性があると思われます。
統合によって、卸や小売業に対して強いパワーを発揮してきた日清食品は、ガリバー企業としてより商売がやりやすくなる規模のメリットがあります。
もともと、 40%強の業界シェアを持つ日清食品ですが、たとえば業界2位の東洋水産と3位のサンヨー食品がまとまれば、シェアは約31%となります。そうなる前に、明星食品と連合し、50%強のシェアを握り、2位以下を突き放す意義は大きいでしょう。
村上ファンドに代表される「物言う株主」の登場で、日本の企業は変わりつつあるといえます。しかし、それでも日本には明星食品のような「割安の銘柄」がまだ数多く残されています。優良な資産を活用できていない企業、収益をあげながらも十分に株主に還元できていない企業。それらは、投資ファンドの標的となる可能性があります。
事実、スティール以上に大型の投資ファンド(KKRやカーライルなど)も積極的に日本企業への投資を検討しているといいます。
こうした動きをネガティブに捉える必要はありません。今回は結果的にファンドが業界再編の触媒となりました。日清食品はシェア50%を超える業界のガリバー企業となり、その他の企業も対抗するための経営努力を行うことでしょう。
敵対的TOBが他人事でない今、各企業は安穏としてはいられません。そうなれば、日本企業は無駄をそぎ落としたより筋肉質な経営を目指します。つまり、企業価値が高まるということなのです。【ポイント3】
- 【ポイント1】
-
スティールはアジアの主要投資先である韓国のたばこ会社KT&Gに対しても、著名な投資家カール・アイカーン氏と共同で、抜本的な経営改革を要求し、同社の経営を一時混乱させたことがあります。しかし、それを受け、KT&Gが06年8月上旬に株主重視経営を柱にした中長期計画を発表したことを市場は好感しました。
このケースでスティールは、自社株買い入れ消却や増配で今後3年間で2兆 8,000億ウォン(約3,400億円)に上る株主利益の還元策を引き出しました。 - 【ポイント2】
-
スティールの手法を応用するのであれば、「株の保有状況」にも注目すると面白い会社を見つけることができます。例えば、豊田自動織機(6201)です。
豊田自動織機は、元々はトヨタ自動車(7203)の親会社。そのため、トヨタグループの株を多く保有しています。現在の同社時価総額は約1兆7,000億円。そして保有するトヨタグループ企業株の時価も同じ約1兆7,000億円です。
同社は現在でも年間800億円の経常利益を稼ぎ、将来的には1,000億円を超える利益を稼ぐことを計画している優良企業ですが、株価は同社が稼ぎ出す収益価値をゼロとしている、ということです。 - 【ポイント3】
-
80年代、米国でも敵対的買収が吹き荒れました。当時の大型M&Aの特徴を見てみると、投資ファンドによる上場企業の株式非公開化、という流れがありました。最近では焼肉チェーン「牛角」を展開するレックスホールディングスが、投資ファンドとMBOを行うと発表しました。金融技術を利用して、さらに経営体質を強化する企業はまだまだ出てくることでしょう。
将来的に日本株全体を底上げするニュースが、続々と発表されていると見るべきではないでしょうか。
外国人投資家は、20年以上も前からすでに敵対的買収の波にさらされてきました。そのため彼らは、いま日本で起きていることに別段、驚きを感じていません。彼らは、80年代に敵対的買収などによって、企業体質が筋肉質になり、株価が上昇したと考えています。ですので、今の日本にも同様の動きがおき始めていると感じているのでしょう。(木下)
トラックバックはまだありません。
- この記事に対するTrackBackのURL
コメントはまだありません。
木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。