本格的「企業買収の時代」の到来で株価はどう動くのか

大企業がはじめて敵対的買収に名乗りを上げた

北越製紙、王子が敵対的TOBへ―

7月23日に製紙業界最大手・王子製紙が意思表明した、同6位・北越製紙に対する敵対的TOB(株式公開買付)は、株式市場を大いに揺るがしました。

この2日前の7月21日には、三菱商事が北越製紙の第三者割当増資を引き受けると発表していました。このままでは北越製紙が三菱グループ入りし、業界最大手の立場が危うくなる――そんな王子製紙側の危惧が見え隠れする敵対的TOBといえます。

王子製紙が発表したTOB価格は860円。北越株はこの水準にさや寄せする形で、TOB発表翌日の24日午前には、前週末比100円(15.7%)高の735円で買い気配のまま値が付かず、25日に830円まで上昇する場面もありました。しかし、週明けの31日には一転、3日ぶりに反落し一時前週末比53円(6.6%)安の749円まで急落してしまいました。市場も買収の行方に神経質になっていることの表れでしょう。

従来型大企業による敵対的買収は、実質的にはこれまで1件もありませんでした。銀行業界では2年前の2004年に、三井住友フィナンシャルグループが、他行との経営統合を決めたUFJホールディングスに対し、統合提案を一方的に行ったことがありました。しかし、経営陣に提案しただけで、TOBなど敵対的な行為はとりませんでした。

しかも今回の敵対的買収には、日本証券界のガリバー・野村証券が王子側のアドバイザリーとして参加しているのです。野村グループが買収戦略の策定を助言するほか、最大約1,400億円の買収資金を融資するというのです。

国内証券は、敵対的買収を支援すると、付き合いのある他の企業との取引に支障をきたす恐れも出てくるため、敵対的買収のアドバイザーを務めることに消極的でした。今回の買収劇は、敵対的な買収に国内証券大手が助言する初の事例であり、非常に大きな意味のある変化なのです。【ポイント1】

買収時代の到来と共に主役に踊りでる投資ファンド

今回の王子紙と北越紙の買収合戦から気づかなければならないこと。それは、大企業による本格的な買収時代が始まった、ということです。

世界を振り返ると、大企業の敵対的買収は決して新しいことではなく、古くは20年以上も前にさかのぼることができます。たとえば、1980年代のアメリカはまさに「企業買収時代」だったことが分かります。今回、王子紙が北越紙を買収するために必要としている額は700億円程度。しかし、80年代に起こった最大の敵対的買収では3兆円近くの資金が動いているのです。

順位 合併/買収企業 対象企業 金額 発表年
1位 コールバーグ・クラビス・ロバーツ RJRナビスコ 24,561 1988年
2位 ビーチャム・グループ スミスクライン 16,082 1989年
3位 シェブロン ガルフ 13,205 1984年
4位 フィリップ・モリス クラフト 13,099 1988年
5位 ブリストル・マイヤーズ スクイップ 12,001 1989年
※取引金額は概算、100万ドル単位

ここで注目したいのは1位のコールバーグ・クラビス・ロバーツ。世界を代表する老舗の投資ファンドです。大型買収が相次いだアメリカの1980年代は、投資ファンドが買い手に躍り出た、という意味で意義のある時代なのです。

彼らが狙いをつけたのは、メディアや医薬品、公益、エネルギーなど多業種にわたっています。そして、成功体験を積んできました。今回、日本で起こった初めての敵対的買収に、彼らが興味を持つのはある意味当然です。

さきほどのコールバーグ・クラビス・ロバーツは、すでに今年の4月に日本拠点を置き、本格的な投資活動を開始しようと着々と準備をしています。また、集めた資金は、世界の投資ファンド上位10ファンドで10兆円。これは、1995年の調査の10倍の規模になります。

10兆円といえば、ソニーと松下電器産業が丸々買収できてしまうほどの金額。それだけの資金が儲かる場所を捜し求めているのです。その中に日本は対象として入っている、ということに気づき始めなければならないのです。 【ポイント2】

対処法を知らないと、株高の恩恵を享受できない

では、買収時代が来ると株式市場はどうなるのか?過去の傾向では株高になる、といえます。

というのも、さきほどのアメリカの例では、買収が吹き荒れた10年間で株価は3倍に上昇しました。買収が起こることによって、経営陣の規律が守られ、経営がより筋肉質になったことで企業価値が上がった、ということでしょう。

でも、ここで注意が必要です。買収が株高につながるからといって、焦って投資をしてはいけないのです。こうした買収のニュースにどう対応したらよいのでしょうか?

声を大にして言いたいのは「情報に飛びつくな」ということ。買収は、マスコミでの取り上げられ方も大きく、実際に株価も動きます。だから、すぐに行動に移したくなる気持ちも分からないでもありません。

でも、M&Aは成功の可否も含めて、どうなるか分からない不安定なもの。だから、株価も不安定な動きをしてしまいます。それよりも、M&Aのニュースは、成功の可否はもちろん、中身までしっかりと吟味する必要があります。

その際は、「本業と関連するM&Aかどうか」が重要。なんでもかんでも買収すればいい、というわけではないからです。それは瓦解したライブドアを見ても明らかでしょう。アメリカでも複合的に買収を仕掛けた事例は、ほとんどがうまくいっていません。株価も同様です。

今回発表となった王子製紙と北越製紙のニュースは、大買収時代の到来と、それに伴う本格的な株高の始まりを我々に教えてくれているのです。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
王子製紙側が発表したTOB提案は、すでに北越株を持っている投資家にとっては魅力的な提案です。というのも、王子側が提示した北越株の買付価格は1株あたり860円。発表前(21日)の北越株の終値は635円でしたから、約35%も高い値段を提示したことになります。これを拒絶する、ということは北越製紙にとっては分が悪いです。一方で、王子製紙が提案した35%のプレミアムは妥当性があるのかどうかも議論が分かれるところです。
【ポイント2】
アメリカでも投資ファンドは当時は「バーバリアン(野蛮人)」として見られていました。日本では「ハゲタカファンド」が当てはまる言葉かもしれません。ここで取り上げたコールバーグ・クラビス・ロバーツだけではなく、ブラックストーンなど世界の大投資ファンドが巨額の資金を世界中から集め、儲けのチャンスを虎視眈々と狙っています。資金が大きくなれば、それ相応のリターンを稼ぐために大企業への投資が中心となります。「初」の敵対的買収が起こった日本は狙われて当然、といえるかもしれません。
【ポイント3】
M&Aがなぜ株高につながるかというと、M&Aが起こると「競合」が「強豪」に変わってしまうため、企業は有無をいわずに変化することが求められるからです。しっかりと利益を出すことが求められる、ということです。利益がより大きくなれば株価も反応します。敵対的、友好的といわず、大企業の買収時代は、投資家にとってプラスに働く、と私は考えています。

買収、というとすぐに感情的になってしまいます。日本ではまだまだなじみが薄いことも影響しているでしょう。だからこそ、すでに起こった過去を振り返ることは非常に重要です。知っているか知らないかが投資成績を大きく左右するキーワード、それが「買収」だと思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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