日銀、ゼロ金利解除を決定〜「非常事態」を脱した日本と今後の株価

日銀、ゼロ金利解除を決定

7月14日(金)、日銀は3月の量的緩和に続きゼロ金利の解除を決定、短期金融市場で2001年3月以来、約5年4カ月ぶりに金利が復活しました。英フィナンシャル・タイムズ紙(アジア版)がこのゼロ金利解除を大きく報じていることからも、事の大きさがお分かりいただけるでしょう。

日銀の金融政策は、月1〜2回開催される政策委員会の金融政策決定会合で決定されます。政策委員会は日銀の最高意思決定機関で、総裁1人と副総裁2人、「審議委員」と呼ばれる外部しょう兵の有識者6人の合計9人で構成。審議委員の顔ぶれは以下の通り大手企業や銀行の元経営者、経済・金融の学識経験者らです。

福井 俊彦 総 裁=議 長 (日銀出身)
武藤 敏郎 副  総  裁 (元財務事務次官)
岩田 一政 (元内閣府政策統括官)
須田美矢子 審 議 委 員 (元学習院大教授)
春  英彦 (元東京電力副社長)
福間 年勝 (元三井物産副社長)
水野 温氏 (元外資系証券エコノミスト)
西村 清彦 (元東大院教授)
野田 忠男 (元みずほFG副社長)

今回、議論の中心となったのは、日本ではなく米国でした。ある委員は、会合直前になって日銀の経済分析を担当する調査統計局に、「米実質成長率が潜在成長率を下回る2.5%まで落ち込んだら、日本への影響がどの程度出てくるのか試算してほしい」と指示を出したようです。

この委員は、最終的に調統局幹部の「悪影響は限定的にとどまる。国内経済を失速させるほどではない」との返事を受けようやく解除に賛成票を投じる腹を固めたそうです。ゼロ金利解除には慎重な意見も強くありましたが、終わってみれば9人全員一致で解除が決まりました。【ポイント1】

そもそもゼロ金利政策とは?

ところで、ゼロ金利政策はなぜ必要だったのでしょうか?

それは、日本が「大変危険な状態」だったから。特に危険だったのは「不良債権」です。1999年バブル崩壊後の日本を復活させるためにはどうしても不良債権という重荷をなくさなくてはいけませんでした。

ただし、不良債権という重荷をなくすことは簡単なことではありませんでした。何かに対処しようとすれば必ずお金がかかるものです。リストラにしてもそう。赤字事業撤退にしてもそう。マイナスをなくすだけでもお金がかかるのです。

不良債権処理も同じでした。当時の金融機関には、貸出先の破綻に備えて貸倒引当金を積んだり、損切りのため債権を売却・放棄する体力は残されていなかったのです。

そこで、苦肉の策として1999年3月に導入されたのがゼロ金利政策でした。当時の速水優日銀総裁が「ゼロでもよい」と発言したことから、「ゼロ金利」と名付けられました。

ゼロ金利政策とは、民間の金融機関が日本銀行からゼロ金利でお金を借りることができる、というものです。そして、同時に「量的緩和」という政策も導入されていたため、金融機関はほぼ無尽蔵にお金を借りることができました。

金融機関は日本銀行から借りることができるので、高い金利を払ってまで私たち個人から預金を集める必要はありません。低金利でいいじゃないか、ということで私たちの預金金利は低く抑えられてしまっていたわけです。

金融機関にとってお金は商品。その商品を日本銀行からほぼ「タダ」で仕入れることができるわけです。巨額の損失を計上しても、商品であるお金を借りることができれば何とかなるので、金融機関は不良債権処理を積極的に進めていったわけです。

こうした異常事態にあわせて導入されたゼロ金利政策も、景気が回復し、大手金融機関が巨額の利益を出すようになると、時代にそぐわない政策となってしまっていました。

時代にそぐわない、ということは逆に言えばチャンスがある、ということ。外国人投資家は、金利が安い日本でお金を借り、金利が高い外国で投資する「キャリートレード」という手法で儲けていました。こうした資金は、「イージー・マネー」と呼ばれ世界中の資産に投資されていったのです。 【ポイント2】

ゼロ金利政策の解除が株価に与える影響は?

ゼロ金利解除は、国内外に大きな影響を及ぼします。しかも、日銀には過去に一度ゼロ金利を解除したにもかかわらず、たった7カ月でそれを撤回したという失敗があります。そのため、今回のゼロ金利解除は慎重に決断されたものでした。しかし、株価は冷徹でした。

ゼロ金利解除後の18日(火)には東証1部銘柄の94%が下落し、日経平均は5日続落となりました。この日の終値は前週末比408円安の1万4,437円 24銭と、約1カ月ぶりに1万4,500円の節目を割り込みます。

米国では過去12回の引き締め局面において、8回の景気後退を経験しています。そのため、「利上げ=株価下落」という構図を思い出してしまったのでしょう。実際、日本の売買代金ですでに半分を占めている外国人投資家たちは利上げをマイナスに捉えているようです。

例えば、17日付の英フィナンシャル・タイムズ紙は「ゼロ金利にサヨナラ」と題した社説で「日本の国内景気は世界景気の減速や円高などで下振れするリスクがある」と分析しているのです。

しかし、私はこうした動きは短期的なものと考えています。利上げは株価上昇になりうるのです。

流通業界では、「個人消費に対して心理的なプラス効果がある」(鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長)、「預金金利の増加で所得環境は好転し、全体では消費の活性化に結びつくのではないか」(鈴木弘治高島屋社長)、「消費者心理は好転する」(岡田元也イオン社長)と、ゼロ金利解除の恩恵を享受できるとの意見が相次いでいます。

またゼロ金利解除は、投資ファンドにとっては絶好のチャンス。今春から日本で活動を始めた米欧の買収ファンドは、「金利の復活で不採算事業があぶり出され、企業は再び本格的なリストラに着手するだろう」(米系ファンド)と考えているようです。

実際、過去を振り返って見ても、タイムラグはあるにせよ、日本の株価は金利の上下と連動しています。つまり、金利が下がれば株価も下がり、金利が上がれば株価も上がっているのです。

日本の利上げは、異常事態からの脱却という景気拡大の第1歩を示しているに過ぎません。これから景気が拡大していく過程において、利上げは常に議論の対象となるでしょう。

たしかに利上げは短期的には株価にマイナスの影響を及ぼすかもしれません。でも、それは逆に投資チャンス。今回の利上げも、数年後振り返って見ると、「あのとき買っていれば安く買えた」というタイミングになる可能性を十分に秘めているのです。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
ゼロ金利政策を解除することになぜこれほどまでに慎重だったかというと、以前失敗しているからです。前回ゼロ金利を解除したのは速水前総裁時の2000年8月でしたが、その直後に米ITバブル崩壊に見舞われ、わずか7ヵ月後に再びゼロ金利に戻してしまいました。その後、日経平均株価は03年4月28日に7,607円バブル後最安値を更新するまでに落ち込んでしまったのです。
では、今回はどうなのでしょう。現在の景況感からすると、再びゼロ金利に戻すというのは考えにくい状況です。そうなると今後の注目ポイントは再利上げ。英フィナンシャル・タイムズは「再利上げは慎重に」と警鐘を鳴らしていますし、国内でも年内の利上げ機運は遠のいています。次回の利上げ議論はもう少し先になりそうです。
【ポイント2】
「1990年以降の利払い負担軽減額は247兆円」、「1993年に比べ10年間の受取利息減少額は154兆円」。前者は2004年9月の講演で福間年勝日銀政策審議委員が披露した債務者の利益、後者は2005年1月の衆院予算委で福井総裁が答えた一般家庭の得べかりし利益(得られたはずの利益)の試算です。
ゼロ金利であったことで、本来家計で得られていた巨額の利益が企業へ転嫁されていたことを物語っています。しかも、企業へ転嫁された利益は給与には反映されていません。日本の復活は私たち個人個人の支えがあったことに他ならないのです。ゼロ金利の罪を、数字で見ると少し考え方が変わるのではないでしょうか。
【ポイント3】
日経産業新聞が行ったメールマガジン読者緊急ウェブアンケートによると、今後の資産運用の対応で「預貯金を増やす」と答えた人は27.5%と、3月に量的金融緩和政策の解除を決めた時のアンケートに比べて3ポイント以上増加しました。
一方、「株取引や投資信託を増やす」との回答は27.9%と、前回との比較で5ポイント以上減少しています。これだけ見ればマネーの流れがゼロ金利解除によって株式市場を見離したといえます。 でも、89年には預金金利が高かったにもかかわらず、そして金利が上昇していたにもかかわらず、株式市場へお金がドンドン流れ込んでいました。結局、株が上がればまた投資家の資金は戻ってきます。安いところでじっくりと投資に回すか、高くなってからあわてて株式市場へ投資をするか。それとも預金でジッと置いておくか。これほどまでに投資家の考えが試されるタイミングはないかもしれません。

「金利」に関する議論はここ数年する必要がありませんでした。低金利は大変だ、低金利の時代になってしまったと話していれば済んでいました。そのため、少し騒がれすぎのような気がします。金利上昇を日本の景気拡大と捉えるか、まだ早いと捉えるか。取材を通じて各企業を見ている私には「景気は順調に拡大している」が正しい見方であるように思えます。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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