ハシリュウは本当に“平成不況の元凶”だったのか?(後編)

“平成不況の元凶”として悪評が高い、橋本龍太郎元首相。しかし、橋本氏が決断した「日本版金融ビッグバン」などの経済政策、その後に起こった経済事象、ポジティブだった外国人投資家動向を考えれば、平成不況を乗り越えるキッカケを作った人こそ橋本元首相ではないか、とも考えられるのです。

信長と小泉首相の共通点

「英雄の評価は時代とともに変わる―」。こう語るのは75歳で時代小説作家に転じ、立て続けにベストセラーを出している異色の作家加藤廣(かとうひろし)氏です。昨年5月に出した『信長の棺(ひつぎ)』は小泉純一郎首相の愛読書という話題性もあって、24万5,000部と、織田信長は書き尽くされたといわれる出版界では予想外の売れ行きを見せました。

ところで、現在の首相である小泉氏は、私にとって信長の役を最も演じさせたい政治家です。信長の楽市・楽座や関所の撤廃、そして小泉氏の郵政改革など、両者とも規制改革に積極的な人物。施策に共通点が見られるからです。

小泉政権は「危機」の中、誕生しました。そのため、ショック療法的な政策をとらざるを得ませんでした。例えば、学者の竹中平蔵氏を経済・金融財政担当大臣に据え、不良債権処理を一任するだけでなく、経済財政諮問会議を司令塔に官僚主義を「破壊」し、改革に着手してきました。

経済財政諮問会議は、橋本内閣の行政改革会議で考案され、森内閣で発足。当初は、予算編成の基本方針を決める枠組みにすぎませんでしたが、小泉首相はこれをトップダウンのための仕掛けとして大いに活用したのです。これも、今川軍にいまにも攻め落とされそうになった織田軍が「桶狭間の戦い」で天下に号令をかけたことに似ているように思えます。

「4年前、私は皆さんに約束した。自民党をぶっ壊してでも改革をやり遂げる」。昨年の総選挙で小泉首相が使ったキャッチコピーです。

まさに信長が天下統一に向けて着々と改革をしていったように、小泉氏も着々と改革を実行していきました。株価も時を経て上昇、05年には日経平均株価が1年間で40.2%も上昇しました。これは、先進国中ダントツのパフォーマンスです。【ポイント1】

「麻垣康三」とはいったい何者?

小泉首相が信長と違ったのは、「本能寺の変」で暗殺されなかったこと。当初からの任期を守り、2006年9月に任期満了を迎えます。

となると、9月以降の次期首相に焦点が当たります。現在、名前が挙がっているのは麻生太郎外相、谷垣禎一財務相、福田康夫元官房長官、安倍晋三官房長官の5人。それぞれの漢字1文字をとって「麻垣康三」とも呼ばれています。

下馬評では安倍氏、福田氏の一騎打ちといわれています。また、安倍氏が首相になることで小泉改革路線が維持され、株価面でもプラス効果が高いとみられています。

ただ、現時点で誰が首相になるか、そしてどういった施策が行われるかを予測することは難しいですし、そうした不確定要素を投資に役立てようとは考えないほうがいい、と私は考えています。

橋本元首相が総選挙惨敗の責任を取って退陣した後に登板した小渕恵三元首相がよい例です。「経済政策の策定能力が未知数で、橋本政権の二の舞いになるとの不安感がある」など当初は散々な評価でした。マスコミの小渕叩きは尋常ではありませんでした。

しかし、「ブッチホン」などの流行語を生み出すまでの人気を得るに至り、徐々に内閣支持率も高まっていきました。首相に就任した98年7月30日から突然の脳梗塞を発症し、内閣官房長官の青木氏を首相臨時代理に指名した00年4月5日までの日経平均株価は、16,201円から20,462円と実に26%もの上昇を果たしたのです。いかに事前の評価が当たらないかを物語っています。【ポイント2】

小泉退任後の9月に何が起こる?

だからといって、何もしない、というのではいけません。小泉首相の施策を振り返り、何が起こるか、何を準備しておかなければならないか、と考えることは投資において大変重要です。

小泉政権が発足してから5年。幸運にも日本経済は危機から平時モードに変わってきました。ところが、この平時モードが株価に悪影響を及ぼす可能性があります。そのことを、懐刀として支えてきた竹中平蔵氏は明快に答えています。

小泉改革の結果、反動的な力も非常に高まっている。大別して3つの反動がある。第1は「官僚主導の復権」、第2の反動が「反グローバル化、反市場化の動き」、第3の反動は「反世代交代」だ。(日本経済新聞4面06年7月11日付)

改革に疲れ、「もうほどほどに」という気運が高まっていると危惧しているのです。人体でも外から入った異物を排除しようとする免疫反応が働くように、霞が関などでは新政権の誕生とともに、小泉政権下で入ってきた「異物」を排除し、元に戻そうとする力が強まるかもしれません。

新政権スタートから、小泉政権誕生時とは異なる難しさに直面しそうです。そのなかで、我々は「改革の継続」に注目しなければなりません。日本はたしかに景気回復の局面を迎えていますが、気を緩めると落ちてしまう可能性をまだまだはらんでいます。

自民党の東京ブロック両院議員会は7月28日、9月の自民党総裁選の候補予定者を招いて全国11ブロックごとに開くブロック大会の第1弾「東京ブロック大会」を開催します。東京ブロック両院議員会は、この大会に安倍晋三、福田康夫、谷垣禎一などの出席を招請する方針を固めています。

この大会は、どの候補者が改革を継続する覚悟を持っているのかを見極める絶好のチャンスです。各候補者の発言にしっかりと耳を傾けることで、今後の展開を占うことができるでしょう。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
小泉首相は演出力に長けた人物です。政策の対立を通じて「抵抗勢力」という名の敵役を浮かび上がらせる手法など、どうすれば国民の心を掴むことができるのか熟知しているからこそのものでしょう。
同様に、小泉首相はどうすれば外国人投資家の心を掴むことができるのかもよく知っていました。Investment-Japanという、外国人に日本への投資を呼びかけるサイトを立ち上げたり、04年3月には、全米、欧州に放映された対日直接投資を歓迎する内容のテレビスポットCMに出演しました。小泉首相による「トップセールス」は高い評価を受け、外国人投資家がこぞって日本株に投資するきっかけとなったのです。
【ポイント2】
小渕首相は、減税、公共投資、中小企業への信用保証拡充など財政政策を総動員した「オブチノミクス」を発動、景気回復の道筋をつけました。小渕首相は坂本竜馬にほれ込んでいたと言います。幕末の乱世を疾風のように駆け抜けた竜馬のように、小渕氏も政治を執り行っていたのでしょうか。外から見ているだけですべてを判断するわけにはいきませんが、政治家のなかには、志の高い方も多くいらっしゃると思います。どうしてもマスコミは政治家をバッシングしがちですが、投資家であるなら、経済政策から政治家の覚悟を読み解く、という意識を持つことが重要でしょう。
【ポイント3】
今明らかになっている新政権の明確な課題は消費税でしょう。消費税については上げ幅については1〜5%案が浮上。国会への関連法案提出は早くても08年にずれ込む見通しで、実際に税率が上がるのは09年度以降になる公算が大きいといわれています。
過去の消費税導入、引き上げは株価にマイナス影響を及ぼしていることを考えれば「08年には駆け込み需要が起こる?」「08年には株価がピークを迎える?」など、まだ先の話でも今から頭の中では準備をしておくことが大事です。

政治、というのは一見すると遠い話です。でも、投資に関係することが多い、言ってみれば宝の山。じっくりと眺めて見れば、政治から派生する経済施策がどこに向かおうとしているのか見えてくる場面があります。そのとき、関連業種や銘柄があればチャンス到来。いまはワイドショーなどでも政治の話題が豊富に取り上げられます。テレビを見ながら「これって投資に関係あるかな?」と考えるだけでも、情報収集の速度が変わってくることを実感できると思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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