取引所間の競争激化!東証とNY証券取引所の提携で個人投資家は?

東証、ニューヨーク証券取引所と連携しグローバル戦略を加速

07年1月31日朝(日本時間同日深夜)、ニューヨーク証券取引所(NYSE)のジョン・セイン最高経営責任者(CEO)と東京証券取引所(東証)西室泰三社長がニューヨークで記者会見し、業務提携を発表しました。東証が海外の取引所と本格的に提携するのはこれが初めてです。

この提携により、上場投資信託(ETF)など上場商品、取引システムの共同開発などを行うほか、市場監視での連携、業務運営ノウハウの共有なども予定されています。将来的には資本提携も検討されています。

またその翌日2月1日には、東証に対して先物取引で米国最大のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が業務提携を打診していることも明らかになりました。先物、オプションなどの金融派生商品の相互上場を柱に、東証も業務提携に応じる見通しです。

また一部報道では、東証が欧州最大のロンドン証券取引所(LSE)と業務提携すると伝えられており、ここにきて東証のグローバル戦略が加速しています。

こうした東証のグローバル戦略は、攻めの姿勢というより焦りによるものだと冷ややかな目で見る向きもあります。事実、世界の情勢を見てみると、ここで動かなければ、世界的な証券取引所再編の流れに取り残されてしまうことになりかねないことが分かります。【ポイント1】

例えば、東証と業務提携するNYSEは06年末、パリなど欧州の複数の証券取引所を運営するユーロネクストと経営統合することで正式に合意しています。上場企業の株式時価総額を合算すると約19兆ドル(約2,280兆円)。東証の4倍以上もある巨大な取引所連合が誕生することになります。

また、米新興企業向け市場を運営するナスダック・ストック・マーケットは、LSEの株式を約29%取得し、買収を提案しました。ロンドン証取が拒否したため、ナスダックは現在、敵対的TOB(株式公開買い付け)を実施中です。

証券取引所の提携・再編は世界的な流れです。東証もその流れに無縁ではいられなかったといえます。

内憂外患の環境激変が東証を動かした

東証に上場する企業の株式時価総額は現在、NYSEについで世界第2位です。しかし、株式相場の低迷が続いた近年は、アジア勢などに猛追されています。【ポイント2】

こうした状況を川村雄介・長崎大教授は、「世界の証券取引所は米欧の二強時代に入りつつあるようだ。アジアも中国やインドのぼっ興を軸に急拡大し、主要市場の合計時価総額は東証の約1.4倍に達している。東証の時価総額は90年代初頭では他のアジア全取引所の数倍と抜きんでていたが、現状のままではアジア域内の競争でも予断を許さない」と語っています。

90年代以降、IT(情報技術)の発展により、投資家が国境を越えて売買することが普通のこととなりました。その結果、有望な市場に資金がより集まることとなりました。

株式上場の目的は資金調達。企業が資金の集まりやすい市場を選んで上場したがるのは当然のことです。

その観点からは、日本は「選ばれない市場」といえます。東証に上場する外国企業の数は91年の127社をピークに上場廃止が相次ぎ、93年から96年で45社が離脱、現在では91年の5分の1に激減してしまっているのです。

問題は、海外だけではありません。日本国内の株式市場では、東証がこれまで売買代金の9割近くを占めていました。しかし、証券会社が独自に設立する私設取引システム(PTS)により、その圧倒的な地位に変化の兆しが見え始めているのです。

ネット証券大手のカブドットコム証券(8703)は、夜間取引による取引機会の提供を行い一定の成果を見せています。野村ホールディングス(8604)も、国際的な電子証取会社である米インスティネットの買収を決めるなど、東証を介さない株式取引が広がりの兆しみせているのです。

※夜間取引市場について詳しくは、バックナンバー『日本で夜間取引は定着する?カギは「集団の力」』をご覧下さい。

まさに東証は「内憂外患」。その現状を打破し、魅力ある投資家を囲いこむための施策の1つが、東証のNYSEとの提携と、それに続くグローバル戦略といえるのです。

取引所再編、個人投資家のメリットは?

こうした東証のグローバル戦略、そして世界的な取引所の再編をどう捉えるべきか。私は個人投資家にとってメリットの多い動きだと考えています。

東証の西室社長はNYSEとの提携の狙いを、「投資家など市場参加者の利便性を高める点にある」と強調しています。具体的には、商品の相互上場では不動産投資信託(REIT)、上場投資信託(ETF)を先行させる方針であることが明らかとなっています。

ETFとは、正式には「株価指数連動型上場投資信託」といいます。投信の一種ですが、証券取引所に上場し、株式と同様、時々刻々と変わる価格で売買できます。

通常の投信と比べETFは「コストが安い」といわれています。保有期間中、差し引かれ続ける運用・管理手数料(信託報酬)は年0.1〜0.2%で、通常の投信(指数連動型で0.7%、積極運用型で1.5%前後)より割安なのです。

アメリカのETFの上場数は359本。残高は4,170億ドル(約50兆円)にもなります。一方、日本ではETFは11本が上場しているのみ。投資家にとっては、こうした多様なETFが投資対象として加わることは大きなメリットといえます。

また、日本株はNY市場に連動するといわれますが、必ずしも同じ動きをするとは限りません。リスクヘッジ、分散投資の観点からも価値のあるものです。

東証は早速、NYSEに上場され人気を集めている金、銀など貴金属相場に連動したETFの市場を創設する検討に入っています。

確かに、自発的なものではなく、世界の動きに突き動かされている感が否めない今回の提携。しかし、私たちにとって、投資対象が広がることは歓迎すべきことです。東証の再編の流れを投資に役立てると考えれば、ポジティブにみることができるのではないでしょうか。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
再編のきっかけの多くは「焦り」。代表的なものが金融機関のメガバンク化ではないでしょうか。バブル崩壊や不良債権問題などで、現状では立ち行かなくなったことへの焦りが再編へと結びついたのです。現状に安穏としていたいが、「お尻に火がついたので致し方なく…」といえるかもしれません。
しかし、それを否定的に捉える必要はありません。メガバンクのその後の業績・株価の推移をみれば明らかでしょう。大切なのは結果です。東証とNYSEの提携も、そうした視点から評価すべきだと思います。
【ポイント2】
日本での中国・インド株の人気を見てもわかるように、アジアは活気に溢れています。一方の東証は、上場企業の不祥事やシステム障害で「アジアの盟主」の座を新興市場にうばわれるのではないかと危機感を募らせていたといいます。
NYSEのセインCEOは、「次の狙いは中国」と述べ、今後、アジア展開を拡大していくとしています。今回の提携はNYSE自身が世界の取引所間の競争に勝ち、覇権を握るための選択肢の1つであり、東証は「1つの駒」なのかもしれません。
たとえそうであっても、その状況を東証がどう利用し、自身の発展につなげていくか。東証の底力の見せ所です。まずは、障害を起こさないための時期システムの導入などで、投資家の信頼を取り戻すことが不可欠。09年、自らの上場を控えた東証にとって、信頼解決は待ったなしで取り組むべき課題といえます。
【ポイント3】
東証がNYSEをはじめとした海外の取引所と提携することで、5月に解禁される株式交換による三角合併が、実際に行われる可能性が劇的に高くなります。仮に、日本に上場した外国企業であれば、その非上場の子会社が当該上場親会社株式を利用して、有望な日本企業のM&A(企業の合併・買収)を実行できるからです。証券取引所の再編劇は、単なる投資対象の拡充にとどまらない可能性を十分に秘めていることにも注目すべきです。

グローバル化といわれながらも、多くのシーンでまだまだグローバルになりきれていないのが日本。証券取引所という投資の根幹がグローバル化するということは、私たち投資家もグローバルな視点を持たなければならないということに他なりません。日本という島国にいるとついつい日本を中心に考えてしまいがち。外国人はどう考えているのだろう、と考える癖をつけることで、違った景色が見えてくるような気がします。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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