シティ、米銀行首位から陥落。改正貸金業規正法の意外な影響
世界最大金融グループを揺るがせた「グレーゾーン金利」の撤廃
07年1月下旬、アメリカの大手銀行の06年10−12月期の決算が出揃いました。それによると、世界最大の金融グループとして、これまで総資産、純利益ともにトップを守ってきたシティ・グループが、純利益で首位の座をバンク・オブ・アメリカ(バンカメ)に譲ることとなりました。
決算内容を見てみると、シティの純利益は前年同期比26%減の51億2,900万ドル。バンカメは同47%増の52億5,600万ドルです。バンカメの好調の背景には、積極的なM&A(企業の合併・買収)戦略により、米国内でのリテール(小口取引)部門を強化したことがあります。
では、シティ不振の原因は何だったのでしょう。実は日本が大きく関係しているのです。
シティは、傘下のシティ・ファイナンシャル・ジャパン(CFJ)を通じて、日本で「ディック」などのブランドで消費者金融事業を展開し、大きな収益をあげてきました。
しかし、貸金業規制法の改正で上限金利の引き下げが決定的となったため、日本での消費者金融事業の先行きに不安を感じ、CFJの有人店舗の約84%を閉鎖する事実上の撤退ともいえるリストラを断行したのです。その結果、多額のリストラ経費を計上し、減益を余儀なくされました。
貸金業規正法の一番の焦点は「グレーゾーン金利」でした。日本では、金利は2つの法律で規制がかけられています。
1つが利息制限法で、融資の元本に応じて金利は15%〜20%とされています。もう1つが出資法で、金利の上限は年29.2%。両法律の上限金利の間がグレーゾーン金利と呼ばれ、利用者が自らの意思で支払う場合など、一定の条件の下でのみ認められています。
消費者金融業者は、「適切な契約書を交わしているため利用者に支払う意思がある」などとして、グレーゾーン金利を適用し利益を上げてきました。
しかし近年、グレーゾーン金利を認めない最高裁の判決が相次ぎ、衆議院でも出資法の上限金利を利息制限法と同水準に引き下げる、つまりグレーゾーン金利を撤廃する改正案が全会一致で採択されました。
グレーゾーン金利は、消費者金融業の高収益の根幹といえます。その根幹が揺らげば、業界全体での淘汰・再編が進むのは避けられないでしょう。その一端が、CFJの“日本撤退”であり、シティ本体の決算にも大きな影響を与えたのです。【ポイント1】
消費者金融包囲網が、株価下落に拍車
では、シティ以外の日本の消費者金融業者の状況はどうでしょうか。
近年、消費者金融業界を巡って、さまざまな不祥事が発覚しました。例えば大手のアイフル(8515)が、強引な取立てや契約者から無断で委任状を取っていたことなどが発覚。金融庁は06年4月、同社の国内約1,700のすべての営業店舗に3−25日間の営業停止命令を出しました。
その結果、アイフルの株価は、停止命令が出た4月14日の7,200円から、週明けの17日には6,710円にまで大幅に下落しました。その後も下げ止まらず、06年12月末には3,350円とほぼ半減してしまいました。
また、法改正の動きに対応して、日本公認会計士協会は消費者金融業界に対して、今後予想される利用者からの「不当な支払い」に対する返還請求を見込んだ引当金の計上を求める指針を出しました。その結果、大手4社は今後9月中間期に、計1兆800億円に上る引当金を計上しました。【ポイント2】
大手の平均貸付金利は、グレーゾーン金利に当てはまる22−23%程度であることから、グレーゾーン金利の撤廃により、営業利益は半分以下になるとの試算もあり、各社ともリストラを加速させています。
アイフルはグループの従業員約1万1,000人のうち1,900人の削減と、有人店舗を現在の820店から213店まで減らすことを決定。アコム(8572)も有人店舗を242店から140店程度に削減する予定です。武富士(8564)も同様のリストラを進める予定です。
こうした状況をかんがみれば、シティが日本での事業を大幅に縮小するのも当然といえます。それほどに、日本での消費者金融業界は厳しい状況に置かれているのです。
消費者金融業界への投資はどうすべきか?
こうした厳しい状況にある消費者金融業界に果敢に投資を行っている投資家が存在します。06年末までにアイフルなど消費者金融4社の株式を大量に取得した米投資会社「ブランデゥ・インベストメント・パートナーズ」です。
保有目的は、「ポートフォリオ投資」、「発行者に対して支配を及ぼす意図のない顧客(多数)のための消極的投資のための購入」。具体的には、アイフル6.58%、三洋信販(8573)5.65%、プロミス(8574)5.28%、武富士5.26%を保有しています。
こうした動きを見て、「消費者金融の株価は下がるところまで下がった」と判断し、今こそが投資のタイミングと捉える人もいるかもしれません。
しかし私は、まだ時期尚早だと考えています。その際、キーワードとなるのが「ライフサイクル」です。拙著『誰もが株で幸福になれる黄金の法則』の中でも、消費者金融業界を例に「ライフサイクルを読み解く」ことを勧めています。
一般的に企業のライフサイクルは「成長→成熟→老化→復活」の流れの繰り返しです。そして、投資をするのであれば、「老化→復活」のタイミングがベストなのです。
成熟し老化した企業が復活する際に、大規模な「血の流れる」リストラを経ることが多くあります。そういう意味で、アイフルをはじめとする消費者金融業界の大規模なコスト削減策を、「復活の兆し」と捉えることも可能かもしれません。
しかし、まだ時期尚早。利益が半減するかもしれない状況では、株主資本も枯渇してしまう可能性があります。例えば、三洋信販はPBR(株価純資産比率)が0.3倍になるまで売られたケースがありました。まだ、下値不安は払拭できていない、と考えるべきでしょう。
仮に消費者金融業界への投資を検討するのであれば、3月期決算の状況と来期の見通しが発表される5月ごろまで待つのが妥当ではないでしょうか。【ポイント3】
- 【ポイント1】
- シティ・グループにとって、日本はあまり相性が良くない国といえます。不祥事が相次いだプライベートバンク部門は05年に閉鎖され、プリンスCEOは四半期ごとに金融庁へ謝罪訪問を繰り返していましたし、合弁会社を持つ日興コーディアルグループ(8603)は不正会計問題で揺れています。ワイル前会長による急拡大路線のツケともいえる一連の問題が、今回の消費者金融ビジネス大幅撤退の遠因となっているといえるでしょう。
- 【ポイント2】
- 実は、数年前にも今回と同様の上限金利の引き下げが議論がなされたことがあります。しかし、その時は引き下げを行うと景気悪化を引き起こす可能性があることを理由に、先延ばしされました。そういう意味では、今回の上限金利引き下げは、足元で景気が拡大しつつあるため、景気全体を冷やすことにならない、と金融当局を含めた国が考えている証拠とも言えます。
- 【ポイント3】
-
状況が悪いから投資をしない、というのではなく、状況が悪いからこそ割安で投資できる可能性がある、と考えることは非常に重要です。
投資行動を実際に行った米投資会社のブランデス・インベストメント・パートナーズがどこまで確信を持っているかは分かりませんが、プラス、マイナス両面から物事を見るということは株式投資においては重要な視点です。
消費者金融業界は、不良債権問題などが問題となっていたころ高収益を背景に、景気動向に影響を受けにくい「ディフェンシブセクター」とみられていました。しかし、現在は国の政策に株価が左右されている状況です。 動かない株価などありません。日々変動をする株式市場で戦うためには、世の中の動きをじっくりと眺めることが必要です。投資をしない、というのも重要な投資判断。同業界への投資は、ご自身でじっくりと判断してみてください。(木下)
トラックバックはまだありません。
- この記事に対するTrackBackのURL
-
日本の常識は、世界の非常識とは、巧く言った物です。上限金利が20%なんて国が他にあるのかね?金融の自由化をするって言ってなかったのかな?規制緩和じゃなくて規制強化じゃないか!後藤田や、裁判官は変人か、無能者なのか?
2008年04月02日 23:07 | zzzxxxgen
木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。