IHI、過去最大16億円の課徴金。企業不祥事と東証の投資家保護
不適切経理のIHIに巨額の課徴金
証券取引等監視委員会(監視委)は6月19日、誤った利益を記した有価証券報告書で投資家から資金を集めたとして、IHI(7013、旧石川島播磨重工業)に対して課徴金納付命令を出すよう、金融庁に勧告しました。
課徴金の額は、過去最高の15億9,400万円。結果として投資家の投資判断を誤らせた責任は重いと判断されたのでしょう。
監視委によると、IHIは06年9月中間期の最終赤字額を、約100億円と記載すべきところを約28億円と過小計上。07年3月期は、約46億円の最終赤字を、約158億円の最終黒字と公表していました。さらに、この決算書類に基づき、07年1月と6月の2回に分けて、新株と社債で合計約940億円を調達していたのです。
一方、経営陣の意図的な虚偽記載への関与がないことや、隠ぺいなど悪質性はないとして、刑事告訴は見送られました。
今回のIHIを巡っては、問題の発覚当初から東京証券取引所(東証)も動いていました。2月にはIHI株を、内部管理体制に問題がある企業を区分する「特設注意市場」に割り当てたのです。
特設注意市場は昨年11月に設けられたもので、上場廃止には至らないものの、内部管理体制に問題が残る企業を対象とした市場です。通常の銘柄と区分することで、投資家に問題含みであることを周知徹底するために創設されました。
IHIは、この特設注意市場の不名誉な第一号銘柄になってしまったのです。【ポイント1】
最悪期は過ぎたのか?
IHIの決算書の不備の原因として、事業コストの見積もりの甘さが挙げられます。プラント建設などは契約から完成まで長期間かかります。IHIは工事の進捗状況に合わせて売上や費用を計上する「工事進行基準」を採用していますが、進捗状況が悪化しても下方修正しなかったといいます。
こうした甘さが投資家の判断を誤らせたとして、監視委の勧告につながったのです。もちろん、株式市場も厳しい反応を見せています。
昨年9月半ばまでの同社の株価は300円台の半ばから後半あたりで推移していましたが、その後は200円台前半から半ばを推移。08年に入ってからは200円台を割り込む場面も見られました。
しかし、最悪期は過ぎたとも考えられます。
まず決算面を見てみましょう。08年3月期の連結決算は営業損益が168億円の赤字(前の期は56億円の赤字)で着地。今回の課徴金勧告の原因となったエネルギー・プラント部門が海外セメントプラント工事の混乱などで740億円の赤字を計上し、赤字幅が広がってしまいました。しかし、今期09年3月期は、同部門の損失は一巡し、営業黒字への転換を見込んでいるのです。
さらに企業体質の改善、法令順守(コンプライアンス)の徹底という観点からも、具体的な改善点が見られます。6月27日の定時株主総会で、郷原信郎・桐蔭横浜大学特任教授を社外監査役に選任したのです。郷原氏は検事出身でコンプライアンスや内部統制に詳しい人物で、不二家の「信頼回復対策会議」議長を務めたことでも知られています。【ポイント2】
上場控えた東証、投資家保護への取り組みは?
今後のポイントは、IHIがいつ特設注意市場銘柄から脱却できるのか、という点でしょう。確かに悪質性はなかったといいますが、大企業特有の風通しの悪さや硬直性を指摘する声も聞かれます。きちんと改善すべき点は改善し、信頼を回復できれば、株価もポジティブに反応することもありえます。注意して損はない銘柄といえるでしょう。【ポイント3】
また、私たち個人投資家はIHIという個別の銘柄を巡る騒動としてではなく、「東証の投資家保護」といった観点からも、今回の一連の動きを見ることも大切です。
今後、IHIが特設注意市場から脱却できるかどうかの審査など、実務面は昨年10月、東証から分離し設立された東証自主規制法人が担います。
この自主規制法人は、企業や金融商品の東証への上場を審査し、上場廃止を判断する役割を担っています。また、不公正な売買取引の監視や取引参加者の法令順守状況も調べます。
持ち株会社の東証グループは09年までの株式上場を目指しています。市場運営部門による利益追求と、自主規制部門による公益性の確保の間で矛盾が生じるのを防ぐため、両部門を分離させるというのは妥当な判断でしょう。
06年1月のライブドアショック以降も不祥事が絶えない株式市場。最近でも、NOVAやグッドウィルなど有名企業での不祥事が報道されています。
不祥事を起こす企業には投資したくないでしょう。しかし、私たちが不祥事を起こす企業かどうかを見抜くことは、非常に難しいといえます。もちろん、できうる限りの調査は必要ですが、限界があります。
そこで期待されるのが、東証などが“公”の立場で投資家保護の施策を進めることです。東証には市場の番人としての機能も期待されているのです。
IHIという具体的な事例をもとに、東証が投資家保護のためにどのような制度を持っているのかを知り、その運用を通じて東証の能力を見極めることは、今後の投資にとってとても大切なこではないでしょうか。
- 【ポイント1】
- IHIはペリー来航をきっかけに徳川幕府が開設した造船所を源流に持つ企業です。以来、発電所や高速道路、ダムなど社会インフラを支え、土光敏夫氏、真藤恒氏、稲葉興作氏などの経営者を輩出してきた名門企業なのです。そんな名門企業でも不祥事が絶えないことは残念でなりません。
- 【ポイント2】
- IHIが豊洲に持つ不動産の時価5,000億円を考慮すれば、同社の時価総額3,100億円は非常に割安と言えるでしょう。さらに、年間数百億円の営業利益を稼ぎ出す事業価値を考慮すれば、やはり株価は割安と考えられるでしょう。
- 【ポイント3】
- 上記で株価は割安と書きましたが、一方で「株価は正義」。なぜ、株価が安く放置されているかといえば、それは特設注意市場に分類されてしまっているため、ディスカウントされてしまっているからです。投資家は、安心して投資をしたいもの。特設注意市場から脱却するストーリーが見えてくることで、株価も回復の道を辿ると予想します。
IHIには、何度か訪問取材しています。「組織の風通しの悪さ」などは確かに、一朝一夕に改善しないかもしれません。しかし、問題を重く受け止め再生の道を辿ろうとしている姿勢を素直に評価してもいいのではないでしょうか。それにしても、コンプライアンスは本当に重要な経営課題となっています。取材においても、従来とは比較にならないほど、重要な調査項目になっています。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。