黒字転換予想、資本援助の要請…JALを投資対象としてどう評価する?
ANAに大きく差をつけられたJALの07年3月期決算
日本の航空業界の大手2社の07年3月期の決算は、明暗を分ける結果になりました。
日本航空(以下JAL、9205)が5月に発表した連結決算は、営業損益が229億円の黒字(前期は268億円の赤字)となったものの、厚生年金の代行返上による営業費用の削減効果(約360億円)を除くと、実質的には営業赤字です。
一方、全日本空輸(以下ANA、9202)は、燃料費の増加を好調な旅客事業や燃費効率のよい航空機の導入で吸収し、営業利益は前期比4%増の921億円となりました。
両社の差は収益面だけではありません。財務面をみても、前期末時点の有利子負債(リース債務などを含む)を自己資本で割った負債資本倍率(DEレシオ)は、ANAが2.8倍なのに対し、JALは5.5倍と高い水準になっています。
JALは5月末に、日本政策投資銀行など主力銀行に対して、2,000〜4,000億円規模の資本支援を要請しています。このことからも、同社の財務がぜい弱であることが伺えます。
このように、収益、財務の両面でJALはANAに大きく差をつけられた、と考えるのが妥当でしょう。
もちろん、会社側は現状に甘んじているわけではありません。2月に発表した中期経営計画では、07年を「自主再建の最後の機会。足元を固め、攻めに転じる」年と定めています。また、08年3月期の決算は、営業利益350億円、最終損益70億円と、3期ぶりの最終黒字に転換するとの見通しを発表しています。
人件費を前期比500億円減らし、国内線10路線を見直し不採算路線を再編するなど、リストラ策による収益の改善を見込んでいます。【ポイント1】
「時代に逆行」、政策投資銀への資本支援依頼
投資対象としてJALをみる場合、中期経営計画の精査も大切ですが、加えて、JALの置かれた業界環境や資本政策について考えることが必要です。
ANAと比べ、JALは国際線に強い航空会社です。そして世界の空では今、急速な自由化が進んでいます。
例えばアメリカとEUはオープンスカイ協定により、08年春から互いの航空会社が自由に路線を設定できるようになります。国内でも、議論はまだ緒についたばかりですが、政府のアジア・ゲートウェイ戦略会議などによって、自由化の議論が活発になっています。
航空は安全保障に絡む業態です。そのため、政府の庇護があってしかるべき、という考え方もあるでしょう。
しかし、例えばイタリアでは政府が保有するアリタリア航空株が放出され、買い手に米ファンドのTPGやロシアのアエロフロート航空などが手を挙げました。このように、世界に目を向けると、航空の分野にも外資が参画しようとする例がみられるのです。
こうした業界環境の中、JALは日本政策投資銀行などに資本支援を要請しています。同行は資本金の全額が政府保有の出資証券という、いわば“お上の銀行”です。そこに頼る姿勢は、世界の情勢を鑑みると「時代に逆行している」といえます。完全民営化から20年、半官半民に逆戻りを始めたともとれます。【ポイント2】
さらに、米格付け会社のスタンダート・アンド・プアーズ(S&P)は、同社の長期会社格付けを引き下げる方向で検討に入ったと発表しました。現在既に同社は投機的な要素が強いことを示す「シングルBプラス」に格付けされています。ここからさらに引き下げとなると、安心して投資できる対象とは考えづらくなります。
「負けない投資」のために
こうした状況に株価はどう反応しているのでしょうか。
中期経営計画が発表された2月こそ、昨年来の不祥事で下落した株価が、1月につけた年初来安値の212円から大きく上昇し、270円台をつけることもありました。しかし、その後は軟調な展開となり、230円台となっています。
これまで取り組んできた中期計画では、業績、財務面など多くの項目で目標達成に至らなかったため、今回も実現性に疑いをもたれたのでしょう。燃料費の値上がりや、機種更新にかかる巨額な投資など不透明な点が多いことも少なからず影響したと考えられます。
また昨年は、お家騒動や公募増資による希薄化などで株価は大きく下落しましたが、こうしたことが今後も起こらないとは限らないと、投資家が疑心暗鬼になっていることも無関係ではありません。
※JALのお家騒動や公募増資についてはバックナンバー『JAL復活なるか〜異例の大規模公募増資と今後の展望』をご覧ください。
会社側が黒字を見込むと発表したにもかかわらず株価が軟調に推移する現状は、一度失墜した信頼を取り戻すことは簡単ではないことを物語っているといえるでしょう。【ポイント3】
ですので、一発逆転ではなく「負けない投資」を心がけるのであれば、JALは投資対象として不確定要素が多すぎる、といわざるを得ません。不確定要素の多い銘柄に無理して投資する必要はありません。JALへの投資は、中期経営計画が達成の見通しが立ったか、黒字転換が達成できそうかを見極めてからでも遅くはありません。
- 【ポイント1】
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中期計画は新聞報道でも確認できますが、やはり投資家自身の眼で確認をすべきでしょう。特に人件費削減を含めたリストラ策に加え、機材更新や高収益路線へのシフトなどは同社の経営戦略を知る上で重要なポイントとなります。
※JALの中期計画はこちら(PDFファイルが開きます) - 【ポイント2】
- かつて不良債権処理が叫ばれた時期、金融機関の借金棒引きにより復活を遂げた会社は多くありました。しかし、それらの多くは本業の事業ではしっかりと利益を出していた会社群です。本業で赤字となっている同社とはやや趣が違うといわざるを得ません。
- 【ポイント3】
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06年12月、ロンドン・ヒースロー空港から関西空港に向かっていたJALのボーイング777機で、男性機長が女性の客室乗務員を操縦室の機長席に短時間座らせ、記念に写真撮影をしていたというニュースがありました。
NHKや三菱東京フィナンシャルグループ(8306)などでもそうですが、会社の根幹が揺らいでいる場面では、現場で不祥事や注意力が欠落による事例が起こるものです。 こうしたニュースからも、JALに不安定感があることがうかがい知れます。
JALへの投資は、リスクとリターンを考えると、上級の投資家には魅力的に映るかもしれません。しかし、投資で一番重要なことは「負けないこと」です。よく分からないことが多い場面では、投資をする必要はありません。投資対象はいくらでもあります。自分が分かる範囲内で、これだ、という場面で投資をすればいいだけです。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。