JAL復活なるか〜異例の大規模公募増資と今後の展望

イメージ低下に拍車がかかるJAL

2006年8月12日、520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故から丸21年が経過、墜落現場の群馬県上野村にある「慰霊の園」で追悼慰霊式がいとなまれ、墜落時刻の午後6時56分に合わせ全員で黙祷が行われました。

日本航空(以下JAL)の西松遥社長は式典終了後、「上野村は安全の原点。慰霊のため今後もできるだけ努力していきたい」と話しました。

しかし、その言葉が空虚に聞こえるほど、最近のJALは迷走しています。

2002年の旧日本エアシステムとの経営統合以降、運行トラブルが相次ぎ、経営責任を巡る対立から内紛も表面化。日経リサーチが実施した企業ブランド調査では、昨年の92位から289位まで転落してしまいました。

航空サービス業はイメージが命。イメージダウンはそのまま業績悪化につながります。実際に業績は決して芳しいものではなく、8月8日に発表した2006年4−6月期の連結業績は最終損益は267億円の赤字。安全トラブルなどの影響で利用客離れが続いているのに加え、原油高による予想以上の燃料費の負担増に見舞われたためです。【ポイント1】

株価はさらに厳しい状況となっています。6月末に287円だった株価は、7月末には211円にまで急落、実に1ヶ月間で26.5%もの下落となってしまいました。1ヶ月で3割近くも下落するのは異例な出来事といえるでしょう。この下落の要因といわれているのが同社が6月30日に発表した大型公募増資です。

大規模公募増資が引き起こした株価下落

実は6月末の増資発表までの同社の株価は、お家騒動や国土交通省の改善命令など株価を大きく引き下げる要因が断続的に発表されたものの、それほど大きな株価下落は見られませんでした。

JALが3月初旬に発表した「2006-2010年度 中期経営計画」で信頼回復に向けて、グループ総力を結集することを掲げていたことも大きな理由でしょう。2006年度には当期利益30億円と黒字転換を果たし、2010年度には550億円にまで利益を拡大させるという意欲的な数値計画が含まれており、個人投資家もこれからの成長に期待していたはずです。

その動きを一変させたのが6月30日に発表された「公募増資実施」です。公募増資とは、株式市場で不特定多数の投資家を対象に新株を発行して資金を調達すること。発行済み株式数が増えるため、一般的に株価下落の要因となります。

重要な株価指標に「1株当たり利益」というものがありますが、これは利益を発行済み株式数で割って算出されます。そのため、仮に利益(分子)が一定であれば、発行済み株式数(分母)が増えてしまうと、1株あたり利益は小さく(悪化)なってしまいます。だから、株価も下落してしまのです。

一般的には、希薄化(ダイリューション)といわれます。今回であれば、時価総額の4割に相当する公募増資であったため、理論的には株価が4割下落してもおかしくはない、と考えられたわけです。 【ポイント2】

金融のプロが発した「売り推奨」

公募増資発表に際し、JALの木藤祐一郎・資金部課長は国土交通省で記者会見し、「中期経営計画を実行し、実績を積み上げて市場評価を高めることが既存株主の価値増大につながる」とコメントしました。同社によると、大規模な公募増資は、中期経営計画を実施するためには欠かせない「良い」公募増資だったというのです。

しかし、公募増資発表後、初取引となった7月3日、JAL株は一時6月30日の終値287円より20円も安い267円をつけるなど、結果的に株価は値崩れし、売買高も30日の4倍近くにまで膨れ上がりました。こうした数字からも、公募増資に対する投資家の慌てぶりが伺えます。

加えて、7月7日には日興シティグループ証券が、引受シンジゲート団(以下シ団)からの離脱を発表し、さらに値崩れが進みました。

増資の半分を占める国内募集のうち、日興シティは13%を引き受ける方向で準備していました。ところが、7日になって日興シティはJALにシ団から異例の離脱を決定、理由は「引き受け審査上の理由」ということでした。

簡単に言えば、「中長期的に株主の利益となる」というJAL側の見解に反して、多くの情報を持つ金融のプロが「自信を持ってJAL株を投資家に勧められない」と売り推奨をしたということです。一旦引き受けた公募増資案件を撤回したわけですから、JALの今後の経営判断に対してNOを突きつけたのと同じ意味と捉えられるでしょう。

金融のプロの売り推奨が契機にとなってJALの株価は大幅に下落してしまいました。かつて、ライブドア・ショックの際、ネット証券大手マネックス証券がライブドア関連5銘柄を信用取引担保の対象から外し、小康状態を保っていた市場に急激な下落圧力をかけてしまった事例と同じなのです。

JALは7月19日、公募増資の発行価格が1株あたり211円と発表しました。現在の株価はその211円を近辺で落ち着いているように見えます。211円を下回っては、公募増資に応じてくれた株主にも損をさせてしまいます。これ以上は下げられない、という状況でしょう。

公募増資による影響は既に株価に反映されています。今後は、JALが本当に体質を改善することができるのか、中期経営計画を達成できるのかを見極めることが必要な段階にきています。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
JALの「お家騒動」はマスコミでも大きく取り上げられました。それで思い出したのが、ライバルであるANAでもかつてお家騒動があったということ。1997年6月、新しい役員体制をめぐる若狭得治名誉会長派と普勝清治社長派の意見対立が直接のきっかけとなり、混乱を起こしたのです。しかし、今では時価総額でJALを上回り、収益力でも大差をつけて成長軌道に乗り始めました。今回のお家騒動を乗り越えることができるのか。JALに問われている大きな課題です。
【ポイント2】
JALの公募増資発表は、株主総会の2日後。増資は既存の株主にとっては希薄化を引き起こすためマイナスの影響を及ぼすことはさきほど述べた通りです。2日後に発表されたということは株主の批判をかわすためか、と勘ぐられてもJAL側としては否定しづらいでしょう。 しかし、株式市場ではこうしたことも起こりうると考えていなければなりません。ある個人投資家が7月19日に東京地裁に申し立てた公募増資差し止めの仮処分の申請は、26日に「既存株主が受ける不利益は会社法が予定している範囲内だ」との理由で却下されました。東証や日本証券業協会からも異例の批判コメントが出ていますが、結局は誰も守ってくれません。身を守るためには、突発的な事態が起こっても対応できる投資リテラシーを高めるという地道な努力が必要なのです。
【ポイント3】
今回のJALの経営判断が「第三者割当増資」であれば、もしかするとうまくいったかもしれません。第三者割当増資とは、業務提携の相手先や取引先等、発行会社と関係のある特定の者に新株引受権を与え、新株式を発行することをいい、業務提携先との関係を強化する場合や経営状態が悪く株価が低いため普通の増資ができない場合などに利用されます。 例えば、2年前に経営が悪化した三菱自動車は、東京三菱銀行(当時)、三菱商事、三菱重工業が中心となり総額7,000億円の2度にわたる資本増強で支えられました。詳細な再建計画もセットととなり、スキーム発表後、三菱自動車株は急反発しました。JALもみずほコーポレート銀行など国内大手金融機関を引受先に、第三者割当増資を実施する可能性があったこと(5月10日の日経新聞が報道、直後にJAL西松社長は「事実無根」と否定)を考えると、株価が逆に上昇したかもしれないのです。でも、「救済色の強い第三者割当増資は避けたかった」とプライドが邪魔をした格好となってしまいました。

本気でJALへの投資を考えている投資家は、必ずJALという会社について調べなければなりません。株価は会社の企業価値を表しているもの。とっかかりとしては、JALが3月に発表した「中期経営計画」を熟読するべきでしょう。会社のホームページは情報の宝庫。気合を入れて宝を見つけに行く姿勢が求められます。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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