日興の上場維持決定〜政治圧力はあったのか?問われる東証の判断
「真っ黒でなくグレー」で上場維持
東京証券取引所(東証)は07年3月12日、不正会計で監理ポストに割り当てていた日興コーディアルグループ(以下日興、8603)の上場維持を決定しました。「上場廃止、やむを得ず」の空気が支配的だっただけに、この決定を意外に感じた方も多かったのではないでしょうか。
東証の西室泰三社長は記者会見で、「真っ黒でなくグレー。グレーであるから駄目とはいえない」「悪質性はあったが、疑わしきを罰するようなことはできない」などと上場維持の理由を説明しました。
※日興の不正経理の詳細についてバックナンバー『三大証券の一角が監理ポストに。日興コーディアルが利益水増し』をご覧ください。
では、どのあたりが黒ではなくグレーだったのでしょうか。
不正経理の場合、それが個人によるものだったのか、組織的関与があったのかで、下される処分が大きく変わります。
07年1月末に日興の特別調査委員会は、「(不正経理は)意図的、組織的に進められた」との結論を出しています。また、日興は旧経営陣に対する損害賠償請求の訴訟を起こす方針といいます。ですので、日興の不正経理は「組織性、悪質性を含んでいる」というのが一般的な見解といえます。
しかし東証は、「我々に捜査権はない、自白を強要することもできない」と自らの調査機能の不備を認めた上で、「廃止基準に抵触する組織的な関与があったとは判断できなかった」としました。
また西室社長は、日興による不正は、過去の事例と比較して上場廃止とするほど悪質なものではなかったとも説明しています。過去の事例とは、西武鉄道とカネボウです。
西武鉄道は約40年にわたり、「大株主10社などの合計持ち株比率が80%を超えたまま1年を経過すると上場廃止」との東証の規定に抵触しないよう、有価証券報告書に虚偽の内容を記載し続けていました。
カネボウの場合は、債務超過を隠すために全社的に不正経理が行われていました。不正経理前から事実上の破綻状態だったのです。【ポイント1】
こうした状況を踏まえ、東証は、日興の不正経理を(1)組織的な関与があったと断定できない、(2)西武鉄道、カネボウといった過去の上場廃止の事例と比べてそれほど悪質だとはいえない、と判断。「黒ではなくグレー」として、日興の上場維持を決定したのです。
上場維持の裏に政治的圧力?
こうした東証の説明が、上場維持を前提とした後付けに見えるのは私だけではないはずです。金融庁が日興に課した課徴金は過去最大の5億円。会社側も事実関係を認め、社長をはじめとする幹部が辞任しているのです。これを「組織的関与、悪質性を断定できない」とする東証の判断は簡単には納得できません。
実際、企業年金連合会の矢野朝水専務理事は日経新聞のインタビューに「東証は捜査機関ではないのだから、100%クロという立証などそもそも無理。ライブドアの粉飾は日興より規模が小さかった。ライブドアは上場廃止だが日興は維持するというのでは、公平さの観点から異論が出るのではないか」と問題提起をしています。
こうした状況から、東証の判断に対して政治的な圧力があったのではないかとの見方もあります。それに関して共同通信が興味深い記事を配信しています。
記事は、2月7日夜に東京都内の料理屋で、東証の西室社長と山本有二金融相が密談し、山本金融相が「日興の上場は維持できませんか」と切り込んだが、西室社長は「無理な相談ですね」ときっぱりとはねのけたと伝えています。
もし、この記事の内容が事実であれば、2月7日時点で東証は日興の上場廃止の意思を固めていた、そしてそれに対して金融庁が圧力をかけようとしたということになります。
また、2月28日朝刊1面で「日興、上場廃止へ」と報道した日経新聞は“誤報”の経緯を以下のように説明しています。
『日経「日興、上場廃止へ」報道の経緯(3月13日付日本経済新聞)』
(前略)
本紙は東証や行政当局筋などの複数の関係者に取材した。東証幹部は2月23日、「日興の財務責任者が不正会計に関与しているなら、十分に組織的」として、日興が上場廃止基準に抵触する可能性を指摘した。
同24日には別の東証幹部は「(上場廃止にするかどうかの判断を左右する)多くの法律家の意見をとったが、全部が上場廃止だった」と答えた。また不正会計を主導した日興の旧経営陣など主な関係者に対して、東証の聞き取り調査がほぼ終わったことも分かった。
日興が訂正有価証券報告書を提出した2月27日には行政当局筋は「(訂正報告書の提出後でも)廃止の方向は覆らない」と明らかにした。
(中略)
以上のような取材をもとに本紙は上場廃止について十分な根拠を得たため、2月28日付で「日興上場廃止へ」と報道しましたが、東証は12日、最終的に「組織的に行ったとまでは確証が持てない」などとして上場維持を決定しました。
やはり、東証は日興の上場廃止の方針を固めていたようです。それがなぜ直前になって翻ったのか。そこに不透明さを感じざるを得ません。【ポイント2】
では日興の上場維持のための政治圧力があったとします。その狙いは何だったのでしょうか。いろいろとささやかれていますが、大きく分けて2つの説があるように思います。
(1)市場の混乱を防ぐため
"Too Big To Fail"という言葉があります。直訳すると「大きすぎてつぶせない」です。監理ポストに割り当てられてなお時価総額が1兆円超あった日興は、まさに「大きすぎた」のかもしれません。
加えて日興が、ただの大企業ではなく、証券会社であったことも大きなポイントです。もしも日興が上場廃止になれば、日興が幹事をつとめる上場企業の混乱は目に見えています。
山一証券の自主廃業後の経済の混乱ぶりを思い浮かべれば、それは避けたいと強く思う気持ちも理解できます。
ただでさえ世界同時株安の余波で、市場が軟調なタイミングです。混乱を避けるため、政治圧力がかかったとしてもおかしくはないでしょう。
(2)外資アレルギー
日興が上場廃止になると、世界最大級の金融グループである米シティグループ(以下シティ)の完全子会社になる可能性が出てきます。それを嫌う政治家の“外資アレルギー”が、政治圧力の背景にあるとも指摘されています。
上場維持が決まった3月12日前のシティと日興を巡る動きを整理してみます。元々資本関係があったシティと日興は、06年末の不祥事の発覚後から提携を模索していたといわれています。そして3月6日、両社はシティが日興の株式の過半数を取得するTOBを実施することで同意したと発表しました。
しかし、不祥事発覚後に暴落した日興株の多くは海外投資ファンドの手に渡っており、彼らがシティのTOBに応じない方針を表明しました。シティの提示したTOB価格1,350円に不満があったためです。
このような状況で、日興の上場廃止が決定し、株が紙くず同然になったら…。所有する意味を失った投
資ファンドらの株は全てシティに移り、日興がシティの完全子会社になることが予想されます。こうした事態を避けるため、日興の上場廃止に政治家が動いた、というわけです。
政治家の口から「外資嫌い」とも取れる発言が聞かれるのですから、この説にも相当の説得力があります。
シティのTOBで証券業界への投資魅力は高まる
結局のところ、日興の上場廃止の本当の理由は闇の中、というところかもしれません。しかし、今回の問題を通して、東証の決定に不透明さが感じられたのは事実です。
こうした不透明さは東証の信用に関わる問題です。特に、外国人投資家の目にどう映ったのかが気にかかります。今、証券取引所は生き残りをかけてグローバルな戦いを強いられています。その流れから、東証はニューヨーク証券取引所との業務提携を決めたばかりです。
※取引所間の競争、東証・NY証取の提携につてはバックナンバー『取引所間の競争激化!東証とNY証券取引所の提携で個人投資家は?』をご覧ください。
取引所間の競争が激化している中で上場廃止基準が曖昧なままでは、しかも、政治の圧力に屈したのではないかとの印象を与えていては、外国人投資家が東証というマーケット自体に不信感を抱いてもおかしくありません。
ですので、今後も東証が上場維持という結論に至った経緯を明らかにするための議論を尽くすべきでしょう。
しかし、そうはいっても、私たち投資家は評論家のように議論だけをしていても始まりません。今回の事例を事実として受け止め、そこから何かを学び、将来の展望を見出さなければなりません。
結論からいうと、私は日興の不祥事の発覚から上場維持までの一連の経緯を通じて、証券業界は活性化し投資魅力が高まると考えています。そして、そのカギはシティの動向です。
上記の通り、シティと日興はシティが日興株の過半数を取得するTOBを実施することで合意しました。その際の価格は1,350円でしたが、上場維持が決定した翌日に、「日興の信用力が高まった」として1,700円に引き上げました。
この価格引き上げは、なんとしてもTOBを成功させたいシティの強い意思の表れと捉えることができるでしょう。なぜそれほどまでにシティは日興がほしいのか。それは、シティが日本の証券ビジネス、ひいてはアジア全域への広がりに魅力を感じているからです。
シティはM&Aアドバイザリーなどの投資銀行業務では、ゴールドマン・サックスやモルガンスタンレーといった投資銀行の後塵を拝しています。
一方で、GDPに占めるM&Aの比率が欧米に比べ極端に低い日本は、今後の可能性を考えれば魅力的な市場です。日興の不正会計という突発的事態をきっかけに日本で大きな地位を占め、アジア戦略の拠点にしたいという考え方は非常に分かりやすいもです。
もちろん、こうしたシティの攻勢に日本の証券会社も黙っているわけではありません。既に野村ホールディングス(8604)は欧米の機関投資家を顧客に持つインスティネット証券を買収し、国際的な展開への足がかりを作りました。新光証券(8606)は、みずほグループの中核証券会社としてみずほ証券と合併、世界と伍して戦える投資銀行に生まれ変わろうとしています。
日本の証券業界は、投資銀行業務で収益をあげるための変革が求められています。シティの参入で、その変革のスピードはさらに加速することでしょう。
日興の不祥事は確かに多くのマイナスの影響を市場にもたらしました。しかし、そうしたマイナス面だけに目を向けることなく、投資につながるチャンスを見つけうとする姿勢が個人投資家に求められているのではないでしょうか。【ポイント3】
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産業再生機構で経営再建中だったカネボウの場合は、外部から上場を維持してほしいとの要請もありましたが、東証は自らの判断で上場廃止を決めました。この判断は、外国人投資家にとっても毅然とした対応に映りました。
一方で、今回の上場維持に至る経緯は、「グレー」な部分が残ったと言わざるを得ません。直近の日経平均下落も、日興上場維持を判断した東証に対する不信感の表れという側面もあるかもしれません。 - 【ポイント2】
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デラウェア大学のチャールズ・エルソン教授(コーポレート・ガバナンス専門)は、「上場廃止の基準設定は欧米でも難しい」と話し、「不祥事を起こした企業が意味ある改革を進めたと認められれば、必ずしも上場を廃止する必要はないだろう」と話しています。東証の今回の上場維持の判断も、将来的に評価されることがあるかもしれません。
ただ、やはり「東証が外部の圧力に負けたのでは?」と思われてしまったことは非常に残念です。 - 【ポイント3】
- 当初、日興の上場廃止問題の結論は3月9日に発表されるとされていました。しかし実際に発表があったのは12日。その遅れから、「ほぼ固まっていた上場廃止の判断が覆るかもしれない」と予想できたかもしれません。また、8日には、大阪証券取引所が証券市場の発展にとって悪い前例になりかねないという危惧から、日興の上場継続の可能性を模索しているとの報道がありました。こうした例を見ていると、1つ1つのニュースを丹念に拾っていくことの重要性を再認識させられます。
私自身、日興は上場廃止になるだろうという前提で物事を考えていました。まるで上場廃止が決定したかのような報道を信じ込んでしまっていたのです。しかし、詳しくニュースを見ると、そうではないかもしれない、と思わせるヒントがあったのです。今回の事例は、投資、そしてニュースに対する姿勢を考え直す良いきっかけになりました。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。