サブプライムローン問題の影響は?米景気の今後を読み解く
アメリカの住宅市場の変調
07年3月13日、アメリカでサブプライムローン分野で全米2位のニュー・センチュリー・ファイナンシャルが経営破綻の可能性を理由に、ニューヨーク証券取引所から上場廃止の通告を受けました。
サブプライムローンとは、信用力の低い人を対象とした住宅ローンのことです。低所得層や、過去に破産したり担保を差し押さえられたことのある人が対象で、通常のローンに比べ、審査が緩く、代わりに金利が高くなっています。優遇金利(プライム)より信用力が低いという意味で、サブ(「下位の」の意味)プライムと呼ばれています。
このニュースは、これまで好調だったアメリカの住宅市場に変調が起きつつあることの表れとして、日本でも大きく報道されました。しかし米住宅市場の変調は、何もニュー・センチュリーの破綻に始まったことではありません。
06年12月、オウンイット・モーゲージ・ソリューション、モーゲージ・レンダーズ・ネットワークといったサブプライムローンを専門に手がける比較的小規模な金融機関が資金繰りに行き詰まり業務を停止していました。【ポイント1】
しかし、当時は年末商戦真っ盛り。個人消費が予想以上に好調だったこともあり、こうした金融機関破綻の株価への影響は限定的なもので、日本ではそれほど大きなニュースになりませんでした。
しかし、ニュー・センチュリーの破綻で、その流れも一変。住宅市場の好調は、米好景気の象徴でもあったため、一気に景気減速への懸念が高まり、株価が下落しました。
NY証取から通告を受けたニュー・センチュリー株は、株式公開する前の銘柄や、各取引所での取引を停止させられた銘柄が取引される店頭市場「ピンクシート」に移行、13日は前日比で49%安の0.85ドルまで売り込まれました。サブプライムローン各社の株価も同様に急落しました。
影響はサブプライムローン各社にとどまらず、住宅ローンを手がける銀行株なども下落、ダウ工業株30種平均は、一時前日比110ドルを超える大きな下げ幅を記録しました。
日経平均株価も、米景気減速を懸念し、14日には前日比501円安となり、終値で7日以来の1万7,000円台を割り込む1万6,676円となりました。
サブプライムローンとアメリカの“住宅バブル”
ニュー・センチュリーをはじめとするサブプライムローン各社の破綻は米景気減速本格化の兆候なのか。それを検証する前に、まずはサブプライムローンについて詳しくみていきたいと思います。
アメリカの住宅ローン市場の規模は10兆ドル程度です。うちサブプライムローンは約13%の1.3兆円を占めています。この数字は、円換算で150兆円にのぼり、日本で銀行が手がける住宅ローンの残高を上回る規模です。
サブプライムローンは前記の通り信用力の低い人を対象としたローンです。それがなぜこれほどの規模に拡大したのでしょうか。その過程はまさに「バブル」といえます。【ポイント2】
ここ数年、アメリカは住宅投資ブームに沸いていました。その結果、金融機関同士の貸し出し競争が激化し、金額が大きくリスクも高い住宅ローンの分野でも、信用履歴が低くい人に高金利でローンを組ませることでサブプライムローンが急増しました。
こうした無謀な貸し出しが可能だったのは、住宅価格が値上がりしていたからです。
サブプライムローンの場合、金利は最初の数年は低く、3〜4年目から10%以上になる商品が大半を占めています。住宅という金額の大きなローンに対しての10%の金利といえば、かなりの負担となります。しかし、住宅価格が値上がりしていれば、借り手は住宅の値上がり分を担保にほかの金融機関から借り替えてローンを返済できていました。
しかし、いったん住宅価格が下落すると借り手は金利を支払うこともままならなくなり、「自転車操業」は成立しなくなります。事実、07年1月には、米住宅価格の推移を示すS&P Housing Indexが94年以来の前月比マイナスとなりました。しかもマイナス幅は18%と大きなものです。サブプライムローンの利用者にとってこの数字は衝撃的なものでした。
今のところ、金融機関は担保の住宅を処分することで損失をカバーできているケースが多いですが、もし住宅価格の下落が続けば、不良債権化してしまう可能性があります。
このように、サブプライムローンは、貸し手にとっても借り手にとっても無謀なローンであるにも関わらず、双方が将来の住宅価格の値上がりを担保に拡大していったのです。そしてアメリカの好景気は、こうした不安定な住宅ブームに支えられていた側面があったのです。
米景気は減速するのか?
住宅価格の値上がりを前提とした好景気、といえば日本が経験したバブルを思い起こさせます。米景気も今後、同様の過程をなぞることになるのでしょうか?
今回のサブプライムローン問題について、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長は、「サブプライムローン問題に関して経済全体への影響は限定的」と述べました。
住宅ローンに占めるサブプライムの割合は上記の通り13%。逆に87%の住宅ローンは“健全”といえるかもしれません。こうした大部分は住宅価格が今後、暴落するようなことがなければ、不良債権化し景気に悪影響を与えることはないかもしれません。
そもそも米好景気に住宅ブームがどれほど寄与していたのかも評価の分かれるところです。
また、今回の問題を小規模に押さえ込もうと金利が引き下げられることも考えられます。そうすれば株価にはプラスの要因となります。
一方で、FRB前議長グリーンスパン氏は、3月15日フロリダでの講演でサブプライム問題は「小さな問題ではない("not a small issue")」と発言しました。
上記の通り、アメリカの好景気、そしてそれを支えた住宅ブームは、サブプライムローンを利用していた低所得層あってこそだという指摘もあるのです。その層が壊滅すれば、住宅バブルが崩壊し、ひいては景気が減速する可能性も否定できません。
サブプライムローン問題は、バーナンキ氏の指摘の通り、限定的なものなのか。それとも、グリーンスパン氏の発言どおり「小さな問題ではなく」、米景気全体を減速の兆しと捉えるべきなのでしょうか。
私は、「小さな問題ではない」と考えるべきだと思っています。ただし、米国の国力を考えれば、長期的には株価を大きく押し下げてしまうことにはならないとも思っています。
まず、「小さな問題ではない」と考えなければならないのは、こうした問題がきっかけとなって短期的に市場が大きく変動することがあるため、楽観的に考えてはいけないからです。
投資に際して重要なのは「常識に照らし合わせる」ことです。サブプライムローンという商品自体、常識に照らし合わせるとやや無謀な感じがしませんか?無謀な仕組みというのは長続きしないと考えておいたほうがいいです。そして、好景気自体が無謀な仕組みで底上げされていたのなら、それが長続きすると信じるのは少々楽観的過ぎるのではないでしょうか。【ポイント3】
しかし、中長期的な米国経済の強さを考えると、日本のバブル崩壊と同じレベルで語るのは早計とも思います。ここ数十年、そのときどきで何度も米国経済は土俵際に追い込まれながらも、いつも土俵中央に戻り、横綱相撲をとってきました。
こうした米経済の強さの背景にあるのは、人口動態です。私は持論として、消費人口と景気・株価の間には連動性があると考えています。過去の事例をみると、お金を使う消費世代、特に40歳から44歳が増加することで、景気が良くなり株価も上がるという連動性を見出すことができます。
詳細は拙著『投資の木の育て方』に譲りますが、この構造が今後も続くと仮定すれば、米国は消費人口がそれほど大きく減少しないので、長期的には景気が大幅に後退することは考えにくいのです。 ※『投資の木の育て方』
これからも様々なニュースに先行きの不安をかき立てられることも多いでしょう。その際は、短期的には常識に照らし合わせた上で機動的に対応する、しかし同時に大局的な視点も忘れないことが必要だと思います。
- 【ポイント1】
- 上場廃止を宣告されたニュー・センチュリー・ファイナンシャルは4月2日、デラウェア州の破産裁判所に米連邦破産法11条に基づく資産保全を申請しました。同日にはすでにナスダックから上場廃止警告を受けているアクレディテッド・ホーム・レンダーズの株価が前週末比8.5%下落、3月上旬にサブプライム事業を閉鎖したフレモント・ゼネラルも5.9%下落しました。ニュー・センチュリー1社の破綻にとどまらない、問題の根の深さがうかがえる市場の動きだと思います。
- 【ポイント2】
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振り返ってみると、バブルが起こり、そして崩壊していく過程というのは、いつも国を問わず似たようなものです。昨年亡くなったジョン・ケネス・ガルブレイス博士の名著『バブルの物語』を読むと、バブルはいつでも起きる可能性があり、人間の欲求の肥大によって破裂するということを再認識させられます。
興味のある方は一度ご覧いただければと思います。
※『バブルの物語』 - 【ポイント3】
- 私自身も銀行員時代に住宅ローンに関わった経験がありますが、担当者としては少しでも多く貸したいと思うのは至極当然のことだと思います。でも、サブプライムローンの現場では、収入証明をもらわずに貸し出している事例もあるということですから、日本ではちょっと考えられないな、というのが私の感想です。こうした非常識を非常識と感じることが投資をする上でも大切なのではないでしょうか。
経済は最終的には私たちひとりひとりの消費に左右されるものです。消費の最たるものが住宅といえるでしょう。その消費の大きな柱となる住宅市場に変調がみえる米国経済に対しては、過度な悲観は必要ないにしても、その動向には注意を払っておく必要があります。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。