創業家の“復権”はどう影響する?赤字転落トヨタの今後

トヨタ、創業来初の赤字転落

未曾有の不況に陥っている世界経済、日本でも派遣社員の解雇や内定取り消しなど、雇用を取り巻く環境が急速に悪化しています。その大きな原因の1つが、自動車産業の悪化でしょう。

トヨタ自動車(7203)は08年3月期には2兆2,700億円と過去最高の連結営業利益を稼ぎ出していました。それが一転、今年度09年3月期には1,500億円の営業赤字に陥る見通しです。トヨタの営業赤字は、創業来初。それだけ事態は深刻なのです。

業績悪化の主要因としては、1)北米販売の激減、2)円高、が挙げられます。

北米の環境悪化はとどまるところを知らず、08年の米自動車販売台数は16年ぶりの低水準で、大型車は24.7%減、小型車も10.4%減と「車種や燃費性能に関わらず車が売れない」状態が恒常化しているのです。

販売不振に加え、日本国内で製造した車種を輸出して稼いできた同社にとっては、急速に進んだ円高も大きな打撃を与えました。

こうした状況の中飛び込んできたのが、トヨタの“大政奉還”のニュースです。創業家出身の豊田章男副社長(52)が6月末に社長に昇格する人事が固まった、というのです。苦境に立たされたトヨタが、14年ぶりに創業家出身者を社長とし、求心力を高めて危機に立ち向かおうとしていることが伺えます。

来期も大幅赤字か

赤字転落に対し、現社長の渡辺捷昭氏は「世界販売が(単体ベース)700万台でも利益が出せる体制を構築する」と宣言しています。

700万台という数字は、今年の販売台数から100万台の減で、04年−05年の水準です。その時点でも兆円単位の営業損益を稼いでいたわけですから、渡辺社長がこう考えるのも合理的といえそうです。

しかし、私は引き続きトヨタにとっては厳しい状況が続き、2010年3月期には兆円単位の営業赤字を出すのではないかと考えています。

というのも、トヨタはここ数年、50万台ペースで販売規模を拡大してきました。いまや同社の販売台数は、第2位の日産(7201)、第3位のホンダ(7267)を合算しても敵わない規模にまで拡大しています。そうなると、もし販売台数が逆転、つまりこれまでのように伸びないと、固定費の負担が重くのしかかってくることになるのです。

例えばトヨタは、生産量を伸ばすためロシア・サンクトペテルブルクで第一工場を稼動させるのと同時に第二工場の建設に動き出していました。しかし、需要が落ち込んでくると、第一工場だけで十分、ということになってしまいます。すると、第二工場に対する投資はすべて、「固定費」としてのしかかってくることになります。

また、需要が落ち込む際には「減産」を行うのが通例です。しかし、トヨタのお家芸である“カイゼン”は、安定した需要を前提として増産を重ねていくことで効果を発揮してきました。それが減産に転じてしまうと、カイゼンによるコスト削減の効果も薄れてきてしまうのです。

このように考えれば、トヨタが来期も相当の赤字となるという予想も現実的だといえます。渡辺氏からバトンを渡される豊田新社長は、難しい舵取りを強いられることになるでしょう。

トヨタの弱点「イノベーションのジレンマ」

こう考えると、“世界最強”と呼ばれていたトヨタも結局は「北米のバブルに踊っていただけ」といえるのかもしれません。

実際、トヨタとしての初の海外工場となったブラジルでは、シェア3%と低位にとどまっています。また、インドでもスズキ(7269)がシェア50%近くを有する成功を収める中、ここでも3%程度のシェアにとどまっています。

なぜトヨタが北米以外の海外市場でここまで苦戦を強いられているのか。私は「イノベーションのジレンマ」が原因だと考えています。イノベーションのジレンマとは、既に優れた商品を持つ企業が、それまでの成功体験が足かせとなり、全く新しい魅力・価値観を備えた「破壊的イノベーション」に追い詰められていく様を表した言葉です。

例えば、マイクロソフト社の場合、WindowsXP から Vista へのバージョンアップを行いましたが、これは本当に必要なことだったのでしょうか?これまでのOSのバージョンアップによる成功体験に流されただけではないのか?そういう見方もできるでしょう。事実、Vista がユーザーに強く支持され、販売を伸ばしているとは言いがたい状況です。

トヨタも同様の状況にあるといえるのではないでしょうか。トヨタはこれまでの成功体験に基づく様々な対策を打ち出してはいます。しかし、それが本当にユーザーの支持を得られるのか?または状況を一変させるような革新的な新商品を送り出すことができるのか?

私はここ数年、トヨタに対し一度も買いの判断をしたことはありません。というのも北米の需要が減退すると、北米以外での収益寄与があまりない同社にとって、収益を上げるチャンスがなくなり、業績の伸長が期待できないと考えていたからです(もちろん、今のような急速な環境悪化が起こるとは考えていませんでしたが…)。

創業家出身の社長をトップに据え求心力を強めるトヨタの今後については引き続き注目が必要ですが、私自身は「トヨタへの投資はまだ先」と考えています。

私は名古屋出身で、地元で講演をする機会もあります。その際、「トヨタの投資魅力は低い」という話をすると次からは呼ばれない、ということも経験しました。トヨタはそれだけ期待されている企業なのでしょう。 今の状況はトヨタにとって決して好ましいものではなく、非常に厳しいといえます。しかし、この“外圧”を利用し改革を断行することができれば、再び魅力的な投資対象となる可能性は十分にあると考えています。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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