経済戦争のターゲットにされた日本円
経済戦争の手段としての「偽札」
普段、何気なくつかっている「お札(紙幣)」。日本で普通に暮らしている限り、「あなたが握っているそのお札は偽札ですよ」と言われ、慌てふためくということはまずない。近現代の日本における歴史の本をひも解いても、「偽札が歴史を動かした」といった記述にめぐり合うことはないだろう。それだけに、「偽札」と聞くと、ついつい「どこか遠くで起きている不思議な出来事」と思いがちだ。
それに、「偽札」というと、カネに困った不心得者やギャング集団が手を染めるものと、日本ではなぜか相場が決まっているようにも見受けられる。時たま見つかる「偽札」も、コピー機でとった代物であったりと、なかなか「本物そっくり」な日本円の偽札が見つかることはない。
しかし、視線の先を海の向こうに転ずると、様子が全く変わってくる。古来より、欧米の歴史の中で、「偽札」は国家と国家の間で行われる戦争のたびに現れてきた。いわば「偽札」とは、「紙幣をつかった戦争の延長」なのである。
さまざまな例があるが、もっとも有名なのが米国における「南北戦争」(1861年〜1865年)だ。ここでは連邦派と反連邦派がお互いに「偽米ドル」を作り合い、相互にこれを陣地に投げ込んでは、経済的なかく乱を狙ったのである。この時の「偽米ドル合戦」があまりにも壮絶なものであったので、外国が同じ様に偽米ドルをつくっては大変だと、監視機関としてつくられたのが「シークレット・サーヴィス」なのである。
現在は実質的には米国財務省の下に属しているこの「シークレット・サーヴィス」は、米国大統領の警護も担当しており、インテリジェンスの世界では最強の情報工作機関として知られている。興味深いことに、その淵源は「偽札」にあるのである。
ユーロ対米ドルの戦いも「偽札」で行われているのか?
世界中の経済・政治ニュースを選りすぐり、公式ブログでIISIAデイリー・ブリーフィング(無料)を出している私の目から見て、最近、この「偽札」に関連する驚きのニュースが1つあった。
昨年末(12月22日)、警視庁捜査2課は偽造旧1万円札を使おうとした埼玉県在住の男を逮捕した。すると、その自宅よりさらに800枚もの、相当精巧な「偽旧日本円札」が出てきたというのである(2007年12月23日付産経新聞)。
おそらく、同じ記事を読まれた読者の方も多くいらっしゃることだろう。その時、どう感じられただろうか?私は、これを読んだ瞬間、「日本円が狙われている」と直感した。なぜなら、繰り返し申し上げるが、「偽札」をばらまくことは経済戦争だからだ。とりわけ、今回押収された「偽旧1万円札」は極めて精巧であるともいう。
ここで思い出さなければならないのは、欧州の紙幣・ユーロをめぐっても、現在のようなユーロ高が顕著になる過程(2006年11月頃)で、「さわるとなぜかボロボロになる」という不思議な現象が起こったことだろう。ボロボロと崩れてしまうお札など、誰も使いたくないに違いないのだが、その後もなぜこうした「現象」が起きたのか、その原因は分かっていない。
いろいろな解釈が現段階では可能だ。しかし、私はここで特に、「経済戦争」という点に注目しておきたいと思う。
ユーロは価値が上がる中で、いわばいやがらせのような事件にみまわれた。他方で、これから「円高」への誘導が欧米からの圧力によって秒読みになっている感のある日本円についても、ここにきて「偽札」という不可解な事態が発生した。
ユーロに対するいやがらせも、日本円の偽札も、それぞれの通貨に対する信用を失わせるという点では同じ意味を持つ。そして、それはそれぞれの通貨が米ドルに対して値上がる時に起こっているのである。
米ドルは、「国際基軸通貨としての米ドルの地位」が云々されるほど下がり続けている。米ドルは米国という国家の威信にとってシンボルともいえる存在だ。それがいたずらに下がることは、国家としての米国自身の「没落」だと揶揄されることも多い。そうである以上、過度な「ドル安」を防ぐため、手段を選ばず、他の主要通貨の価値を下げようとする動機が、米国勢にはあると考えるのが自然なのではないだろうか。ここに、「経済戦争」という単語がふたたび首をもたげてくる。
淘汰される「インテリジェンスのプロ」たち
1月8日に刊行した新著『北朝鮮VS.アメリカ 「偽米ドル」事件と大国のパワーゲーム』(ちくま新書)においては、そうした観点から東アジア、とりわけ北朝鮮において欧米が繰り広げる経済利権抗争を描いてみた。また、東京・大阪・名古屋ではこの新刊の記念講演会を開催する予定である。ぜひ、ご一読いただければ幸いである。
米国は2005年頃より、精巧な偽米ドルである「スーパーノート(スーパーダラー)」に北朝鮮政府が深く関与していると糾弾し、金融制裁までかけてきた。しかし、これに対し、スイスやドイツといった欧州諸国の経済メディアを通じて、「北朝鮮犯人説」を真っ向から否定する議論が展開されたことは、日本においてあまり知られていない。とくに、スイス警察が白書まで出して、「北朝鮮犯人説」を公的に否定したことは、米国にとって大打撃であったはずだ。なぜなら、国際決済のメッカであるチューリッヒには、それだけ多くの「偽米ドル」が集まる上、そもそも世界中の紙幣はスイス(ドイツ)製のインクと輪転機で刷られているからである。
それなのに、日本でもいわゆる「インテリジェンスのプロ」と最近言われる「外務官僚」や「ジャーナリスト」たちが北朝鮮犯人説を声高に唱え続けている。もちろん、実際の犯人以外にこの問題の真相を証明できる者などいないであろう。しかし、少なくともスイス(ドイツ)勢が真逆の議論を展開していることを、ろくに論証することもなく否定することは許されないだろう。客観性の無い、声高だが思い込みの議論は単にプロパガンダだ。インテリジェンスではない。
「偽」をあくまでもかばい続ける者に用は無い。淘汰されるこれら自称「インテリジェンスのプロ」たちは脇にどけつつ、まずは私たちがこの手で握りしめている「日本円」の行く末について今こそ、考えてみるべきだ。なぜなら、私たち=日本人が思っている以上に、世界が日本円の未来を見つめる目は熱いのだから。
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筆者プロフィール
名前:原田武夫(はらだ たけお)
1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。
2005年3月末をもって自主退職。
現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表。
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