『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

「日本人による拉致問題」を叫んでアジアの富に噛みつく米国勢!?

日中の資金協力による途上国開発は諸刃の剣!?

東京で行われた日中両政府による第2回閣僚級ハイレヴェル経済対話が、去る6月7日に閉幕した。この会議において、知的財産保護に関するワーキンググループの設置や、省エネ・環境分野における技術協力などの合意がなされた。


その中で最も注目しておきたいのが、途上国支援に関する日中協力の合意だ。日本の国際協力銀行と中国輸出入銀行が共同で、日中の企業による共同事業体がアジア途上国のインフラ整備に乗り出す際、融資を行うというものである。


この合意は、一方で、ODAをめぐるいわゆる援助協調につきものである危険性をはらんでいる。それは、日本外交にとって唯一の武器とも言うべき、開発援助が中国の意向に縛られかねないという危険性だ。しかし、世界のマネーに新たな流れを作る、“潮目”の1つになる可能性をもはらむものなのだ。

米国勢はもはやマネーの流れの中心にいない

金融メルトダウンが起きる前の世界でマネーの流れの中心にいたのは、間違いなく米国であった。特にアジアとの関係においては、その良し悪しは別として、米国抜きにアジアの発展はあり得なかった。


そして米国は、貧困層までが住宅を担保とした借入れを消費に充てることが可能となる金融商品、いわゆる“サブプライム・ローン”までをも用いて、世界最大の消費地としての地位を確固たるものにした。そして、消費の対象である製品を輸出していたのが、“世界の工場”となった中国や、ITバブル崩壊後
の景気回復を外需に強く依存するようになった日本である。この間におけるモノとマネーの流れをあらためて整理すると、以下のようになる。


1)米国がアジアから製品を輸入、消費する。

2)米国による製品代金支払いがアジア各国に流入する

3)アジア各国の投資家が、流入した資金を還元する形で米国に投資する

4)アジアから投資されたマネーを、米国の“越境する投資主体”が対アジア投資に向ける


例えば2003年以降の世界的景気拡大期には、外国人投資家が日本の株式市場において売買の主役に躍り出た。それには、上記のような経済システムが背景にあるのだ。弊研究所ではこの経済システムを、米国を中心とした“富と繁栄のサイクル”と呼んできた(拙著『大転換の時代』(ブックマン社)参照)。


こうした経済発展システムにおいて、重要なことが1つある。上記システムで言えば、(4)における投資によって投資主体が収益を得られることである。逆の視点から言い換えれば、その投資を受けて成長する経済主体が存在することが重要なのである。アジアにおける、米国を中心とした“富と繁栄のサイクル”において、成長主体、すなわち“エマージング・マーケット”は中国であった。中国の成長過程で蓄積された資本は、2009年5月の段階で、中国工商銀行を(資本量ベースで)世界最大の銀行という地位に押し上げるまでに達している。しかしこのシステムは、2007年夏以降のサブプライム問題の噴出を機に、崩壊してしまう。

欧州でも変わったマネーの“潮目”

ここで言ういわゆる“エマージング・マーケット”は、地域経済統合モデルを成功させる上でも必要なものである。この“地域経済統合モデル”と言えば、何といっても、史上最大の成功例はEUだ。そして、EUにとってエマージング・マーケットの役割を果たしてきたのが、東欧地域である。ドイツをはじめとする西欧先進国の資本が東欧地域に投下され、そこが“エマージング・マーケット”として成長することで、資本を投下した西欧先進国の“越境する投資主体”たちに大きな利益をもたらした。そして、彼らは更なる利益の拡大を求め、投資対象を世界に拡げたのである。もっとも、米国の高リスク金融資産が不良債権化したことは、彼らにとっても誤算であったろう。米国における“越境する投資主体”たちよりも深い傷を、欧州の“越境する投資主体”たちが背負ってしまったとの見方が今、広まりつつある。


そうした中、欧州勢が投資した資本を急いで回収したことが、現在の“金融メルトダウン”を世界的なものに拡大するトリガーとなった。彼らの投資を見込んで“エマージング・マーケット”やその候補として国内投資を拡大していた東欧やアフリカの新興国諸国は、積み上がった負債にあえぎ、IMFの支援を要請している。つまり、こうした一連の動きによって、世界におけるマネーの流れは逆転したのである。明らかにマネーを巡る世界の“潮目”は変わったのだ。



米国勢が気になって仕方の無いアジアの躍動

それでは、大転換を遂げつつある世界の“潮目”は今後、一体どちらに向いていくのか。――このことを東京・国立市にある弊研究所でOSINT(公開情報インテリジェンス)の手法を用いながら考えていると、大変気になる情報が舞い込んできた。


6月9日、米連邦議会上院の公聴会にて、オバマ大統領が推薦したカート・キャンベル国務次官補(東アジア担当)候補が証言した。米国がこれまで封じ込め/孤立化政策を採ってきたミャンマーの軍事政権に対し、「手を差し伸べる用意がある」旨を語ったというのである。


その一方で、同候補は「日本人が米国人の配偶者との間でもうけた子供を、離婚を理由に日本へ連れ帰り、2度と米国には戻さないという問題」についても言及した。現在、“これこそ日本人による拉致問題だ”との批判が湧き上がっている点に、内々関心を持っているのだと言う。つまり、米国勢は事もあろうに、「日本人による拉致問題」を提起しかねない勢いなのだ。――これは大問題だ。


それでは米国勢はなぜ、今になって俄然、日本、そしてアジアにおけるカードをめくり始めたのか?その理由は簡単だ。アジアこそ、金融メルトダウンの次なるフェーズにおける、ドル箱だからである。


そもそも、アジア地域をひとつの経済ブロックとして成長を図るというアイディアは、古くは戦前日本が提唱した“大東亜共栄圏”からある。しかし、現在のような経済圏として動きだしたのは、1967年に反共産主義国家グループとして東南アジアに成立したASEANが最初である。1990年代末のアジア通貨危機とその克服を通じて、ASEANと東アジア3ヶ国(日中韓)、すなわち“ASEAN+3”は経済的関係を深め、“チェンマイ・イニシアティヴ”体制が築かれた。


去る4月にタイで開催される予定であったASEAN会議を契機として、ASEAN+3首脳会議やインド、オーストラリア、ニュージーランドを含めた“東アジアサミット”が開かれる予定であった。そして、ASEAN憲章の発行や、世界同時不況への対策が討議されるはずであり、アジアを舞台にした新たな経済成長モデルに繋がる動きが始まる可能性があった。しかしこの会議は、タクシン元首相を支持する赤装束の一群による暴動によって中止を余儀なくされた。つまり、アジアにおける“富と繁栄のサイクル”の構築に向けた動きは、一旦は停滞に追い込まれたというわけだ。


ここで気になって仕方が無いのは、それでは一体、この“暴動”が誰によって引き起こされたのか?ということだろう。タクシン元首相は華僑の血族ではあるものの、米国留学経験があり、米国発のビジネス・モデルである携帯電話事業をタイに持ち込んで成功した人物である。2006年9月のクーデターで退陣し
て以降は国外を転々としているが、2007年には米国系NGOを使ったインテリジェンス活動をタイ国内で行い、帰国に向けた素地を作ろうとしたとの情報もある。今回のASEAN会議妨害について本人は否定しているが、暴動を教唆した疑いが現地では指摘されている。その一方で、アジア地域においてこれまで大きな影響力を行使してきた米国にとり、「アジア人によるアジア人のための経済共同体」づくりを通じた“米国外し”の動きが面白いはずもない。


母国でのカムバックを密かに願う、米国通の元首相。そして一方では、アジア人による米国外しの動きを恐れる米国勢。両者の間に暗い闇が見えるのは、私だけだろうか。

“東アジア版・富と繁栄のサイクル”に向けた“潮目”の予兆

先日刊行した拙著『計画破産国家アメリカの罠――そして世界の救世主となる日本』(講談社)では「それでは米国抜きの経済システムは本当に作り上げられるのか」という問いかけに真正面から答えている。私が思うに、“死んだフリ”をする米国勢が次の一手を考えていないことなどあり得ない。この本ではこの「次の一手」まで書きこんでおいたので、このコラムの読者の皆様にもぜひお手に取っていただければと考えている。


また、来る6月20日、21日に大阪、名古屋、そして7月4日、5日に東京、浜松、静岡でそれぞれ開催する「IISIAスタート・セミナー」においてもこの点についてお話ししたいと思う。御関心を持たれた方々は、ぜひ
会場に足をお運び願いたい。


4月のASEAN会議中止によって一旦は挫折に追い込まれた「アジア地域経済統合」に向けた動き。しかし、冒頭で紹介した日中協力によって、再度動き出す“潮目”の予兆が見えてきたといえなくもない。


そうした来るべき“東アジア版・富と繁栄のサイクル”の起動に対して、米国が再度、妨害に出る可能性は否定できない。アジアで新たな経済成長モデルが軌道に乗った場合、平成バブル崩壊以後、長きに渡って低成長にあえいできた我が国にも、再度の成長機会が与えられる可能性が見えてくる。それを妨げる米国勢に、我が日本勢が立ち向かうべき日が来るのか。私たち=日本の個人投資家=ビジネスマンにとっても、「潮目」を見つめる眼に力が入る日々が当面のあいだ続きそうだ。

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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
  • ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト

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