投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。
国内保険業界の海外雄飛は「飛んで火に入る夏の虫」か?
日本の保険会社が「内」に抱える窮状、そして「外」への一歩
去る6月1日、東京海上ホールディングスは2009年度の事業計画の中で、海外企業のM&A(企業買収)による成長戦略を打ち出した。これ以前に同社の隅社長は「本当にグローバルになるには、市場規模の大きい欧州や米州でそれなりのポジションを占める必要がある」と述べ、「(欧米で)M&Aのチャンスがあれば取り組んでいきたい」と語っていた(2008年7月1日付 英トムソン・ロイター参照)。
この海外雄飛の背景には、国内での苦戦があると考えられる。保険業界を取り巻く環境は厳しい。もともと国内経済の低迷や人口伸び悩みに伴う保険契約者数の減少で保険料収入が先細り傾向にある中、さらにこれに追い打ちをかけたのが2008年9月17日の「リーマン・ショック」を契機とする世界金融メルトダウンだ。株式などの金融資産が被った大幅な下落に伴い、保険業界の保有資産に評価損が生じている。そのため大手損保6社の2009年3月末の決算をみると軒並み経常赤字を計上している。また外資系生保などを加えた13グループの状況も悪い。最終赤字を計上したのは5グループ。日本生命保険など4大生保は、準備金の取り崩しによって何とか最終黒字を確保したものの、実質的な収益は赤字で、法人税納税額がゼロとなった。ちなみに、日本生命が法人税を納めないのは、1965年3月期以来のことである。
それほどに状況は厳しい。だからこそ東京海上ホールディングスなどは、それを打開するために、欧米等の海外市場に活路をみいだしたものとみられる。転機を迎えた国内保険セクターは、「外」への一歩という道を選んだのだ。
オバマ政権の「ヘルスケア改革」による保険セクター激変の可能性
このような観点から東京・国立市にある当研究所 で世界の“潮目”をウォッチしていたところ、次のような気になる報道が地球の裏側から飛び込んできた。去る7月29日、オバマ米大統領が訪問先のノースカロライナ州で、保険業界の現状について「米国民にうまく機能していない」と痛烈に批判する演説を行ったというのだ(2009月7月30日付 米マクラッチー参照)。
オバマ大統領が保険業界に対して示すかくも厳しい態度は、その政策の「一丁目一番地」ともいうべき「ヘルスケア改革(=医療改革を行い医療保険未加入者を減少させるという“国民皆保険制度”の導入)」の行き詰まりによる、焦りから出たものであろうと思われる。「ヘルスケア改革」が目的に掲げるのは、年々増加する米国の財政赤字の累増に歯止めをかけることだ。だが、それとは裏腹に「国民皆保険制度」には、連邦政府の更なる財政負担の可能性も潜んでいる。こうした問題を理由に、オバマ大統領は共和党議員だけでなく、身内の民主党議員からの攻撃にも晒されているのである。
「ヘルスケア改革」をめぐって紛糾しているのは、米国・ワシントン政界だけではない。この政策によって、これまで医療保険を取り扱うことにより利益を享受してきた米国の保険業界の存立にも、大きな影響がもたらされることは必至である。当然、保険業界もオバマ大統領からの攻撃に黙ってはいない。本件報道で、「オバマ政権の計画はアメリカ人が望む変化をもたらすとは考えられない」と反発しているのである。
このように物議を醸しながらも、連邦議会で審議されている「ヘルスケア改革」は、来る9月を目途として採決が行われる見込みである。こうした状況の中で果たして可決するかどうかは、予断を許せない。だが、もし「ヘルスケア改革」が成立すれば、米国の保険マーケットが縮小するばかりか同国の保険業界のそのもの存立が危ぶまれる事態も想定される。こうした状況を日本の保険業界は当然熟知しているはずだが、いずれにせよ混迷する米国の保険マーケットに進出するのは、リスクが高いといわざるを得ない。
小説『マネーロンダリング・ビジネス(著:志摩峻 刊:ダイヤモンド社、2009年3月)』をご存じだろうか。この本には、日本の大手損保の子会社建て直しのためテキサスへ赴いた主人公が、派遣労働者の犠牲の上に労働保険を巧妙に操作して私腹を肥やす現地の米系保険会社幹部たちと対峙する姿が描かれている。日本の保険業界も、この主人公と同じく地元の利権構造を熟知することなく、海千山千の米国保険業界に翻弄されることになるのか…。
保険ビジネスを巡るマネーの“潮目”
このように米国の「ヘルスケア改革」で生じつつある“潮目”を含め、激動の世界を巡る情勢について私は、来る8月22日・23日に札幌、仙台でそれぞれ開催する「IISIAスタート・セミナー」「IISIAスクール」でお話する予定だ。関心を持たれた方々は、ぜひ会場に足をお運び願いたい。
米国の保険セクターの動向やそれに対するオバマ政権の処遇は、今後の米国経済だけでなく、日本にも少なからぬ影響をもたらすことも留意しておかなければならない。
去る3月16日にもオバマ大統領は、AIGの幹部やトレーダーに支払われる予定のボーナスを「暴挙」として猛烈に批判した。このところ、保険セクターへの当りが厳しくなっているようにみえる。しかし、オバマ政権が「ヘルスケア改革」を勝ち取るためには、保険セクターに対する「飴玉」を提供しないわけにはいかない。そうなれば、米国勢が「米国化が最も進み、同時に従順で豊かな同盟国」における、当該セクターによるビジネスの進展を支援するというシナリオも想定できる。実際に1990年代半ばの日米保険協議では、クリントン政権(当時)からの強い圧力により、日本は1996年に実に50年振りの保険業法改正を挙行。生命保険と損害保険との垣根が取り払われるという「歴史的な事態」となった。こうしたことから、オバマ政権が日本に対して米国の保険会社に日本進出を容易ならしめるために、更なる要求を突きつける可能性も考えられる。
また、保険を巡る新たな動きも起こりつつある。それは、米欧勢を中心に事業会社がこれまで外部の保険会社にかけていた保険を、自らに専属する(=キャプティヴ〈captive〉)保険を営む海外に作った子会社にかけることにより、節税を狙うというビジネス・モデル、いわゆる「キャプティヴ」保険という新しい保険ビジネスが勃興しつつあるということだ。この動きの背景には、1970年代以降、米欧系“越境する投資主体”は先を争うようにケイマン島(西インド諸島にある英国の海外領土)などの法人税の実効税率が25%以下となる国や地域(いわゆる“タックス・ヘイヴン”)に子会社を設立し、節税により莫大な利益を得るというスキームがあった。それが、このところの“タックス・ヘイヴン”叩きで終焉しようとしている事実がある。
なお、現在米国勢が圧倒的な影響力を持つ南太平洋の島々(=法人実効税率が25%ギリギリ)に「キャプティヴ保険会社」を日本の企業に作らせるべく、現在猛烈にキャンペーンを展開している。(この点について詳細は、「IISIAマンスリー・レポート」2009年4月号の第6章で発表した弊研究所の予測分析シナリオ「ネオ・ヘイヴン」を参照されたい)。もっとも、財政赤字に苦しみ始めたオバマ政権は移転価格税制の引き締めを始めており、この文脈でもその動向が気になるところだ。いずれにせよ、米欧系のこうした新しい保険ビジネスの動きも踏まえ、今後の保険セクターの動きを注視する必要があろう。
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- 名前:原田武夫(はらだ たけお)
- 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
- 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
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