『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

焦るイスラエル勢と暑い夏

誰も語らない「イスラエルの核問題」

以前、「隠された“言論統制”が日本から消える日」(3月31日掲載)で書いたとおり、日本の大手メディアの中には明らかに「不文律」がある。それはイスラエル勢の“実態”を巡る情報は「見ざる、聞かざる、言わざる」で通すというものだ。


その典型がいわゆる「イスラエルの核問題」である。4回にもわたる大規模な中東戦争をくぐりぬけてきたイスラエル勢が、他国抑止のための切り札として密かに持っているのではないかと疑われているもの、それが「核兵器」である。現在、国際法上ではいわゆる「五大国」しか核兵器を持ってはならず、これら五大国による核の傘の下に他の国々がぶらさがる形で安全保障体制が構築されているとの“建前”になっている。五大国以外はこのルールに則(のっと)る限り、自らが核保有していないことを証明するため、まずは核不拡散条約(NPT条約)に署名することを求められる。すると、この条約のメカニズムに則る形で今度は国際原子力機関(IAEA)との間で保障措置協定を締結しなければならないことになる。この協定は平たくいうと、「いつでも、どこでも、どんな形であっても身の潔白を証明できることを約束する」というものだ。そのためIAEAの査察官がある日突然、空港にやってきて「IAEAだが、これから査察させてもらう」と入国してきた場合でも拒めず、ターゲットとされた原子力施設へのアクセスを認めなければならなくなるのだ。


したがって、こうしたメカニズムによる徹底した拘束を嫌う諸国は、そもそもNPT条約には入らないし、IAEAにも加盟しないということになる。ところが、これこそ正に身ぎれいではないことを自ら言っているようなものであることはいうまでもない。これに対して各国からは「核不拡散体制になぜコミットできないのか」という非難の渦が巻き起こるというわけなのだ。


イスラエル勢は正にその典型である。もちろんイスラエル勢自身は自らの「核開発」を、事実とも事実でないともコメントすることを差し控えている。これに対して北朝鮮勢やイラン勢であれば居丈高(いたけだか)に糾弾(きゅうだん)する米国勢は一体どのように対応しているのかというと、不思議な静けさをこれまでは保ってきたのである。いや、もっと正確にいうと「イスラエル勢が核兵器を持っているかもしれないし、持っていないかもしれない」と言を左右にするという、いわゆる“戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)”をもって対処してきたのだ。それゆえに、これまでイスラエル勢はこの問題について追及されずに国際社会の中で生き延びてこれたのである。

なぜイスラエル勢は焦るのか?

こうした観点でマーケットとそれを取り巻く国内外情勢を東京・国立市にある我が研究所でウォッチしていると、一つの気になる情報が飛び込んできた。


ここに来てイスラエル当局が、有名な原子力科学者モルデカイ・ヴァヌヌ氏を突然、逮捕・拘束。そして即座に「禁固3カ月」を命じたというのである(5月24日スイス「ノイエ・チューリッヒャー・ツァィトゥング」参照)。もちろん日本の大手メディアはこうした展開について黙殺したままであるが、とりわけ欧州勢の中でこの逮捕・拘束劇は大きな波紋を呼んでいる。


なぜならばこのモルデカイ・ヴァヌヌ氏は、1986年に英紙「サンデー・タイムズ」に対し、「イスラエル勢の核開発に関する現状」をリークしたとの嫌疑で過去に逮捕・拘束された経緯があるからだ。しかもそれだけではない。10年以上の懲役刑も命じられたが、その後保釈されるという数奇な運命をたどった人物なのだ。ちなみに今回の「罪状」も前回と同じく、「外国プレスに対する国家機密のリーク」なのだという。それだけに同氏はあまりにも重大かつ決定的な核関連情報を持っているということなのだろう。


それにしても、なぜそこまでしてイスラエル勢は「口封じ」を図るのだろうか。――考えられる理由はただ一つ、これから国際的な圧力が自らの「核開発疑惑」を巡って高まっていくことが必至なだけに、その過程でコントロールのきかない事態が生じないよう、着々と準備を進めなければならないからだろう。ちなみに今月(2010年6月)にはIAEA理事会で史上初めて「イスラエルの核問題」について議論が行われることとなっている。もちろんイスラエル勢は徹頭徹尾(てっとうてつび)、「知らぬ、存ぜぬ」で通すことであろう。しかし、果たしてそれがいつでも続くのか。「山場」はすぐそこにまで来ているのだ。

今、始まりつつある「夏の陣」を探る

この点も含め、今後、激動が想定される“マーケットとそれを取り巻く国内外情勢”と、その中でイスラエル勢、そして米欧勢が密かに描き、着々と実現してきている戦略シナリオについて私は6月20日(日)に福岡にて開催する「新刊記念講演会」(無料)で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある方は是非ともお集まりいただければ幸いである。


上記のとおり、イスラエル勢は自らに突然かけられ始め、高まり始めた「核開発疑惑」を徹頭徹尾否定することは間違いない。しかし、それだけに米国勢の動きが気になって仕方がないのである。なぜならこれまで「戦略的曖昧さ」をもって対処してきた米国勢がいきなり踵(きびす)を返した場合、現状では五大国の中でイスラエル勢の肩を持つ国は想定しづらいからである。そして事実、今年(2010年)1月になって米国勢は国連の場で「NPT条約への批准を求める国」として北朝鮮勢やシリア勢とならんで「イスラエル勢」を明示的に列挙したのである。その後、5月に入ってからあらためて「戦略的曖昧さ」を維持する旨、首脳レヴェルで伝達したのではないかとの情報もあるが真偽は定かではない。イスラエル勢の見せた今回のような「慌てぶり」からすると、決して彼らとしても安穏としてはいられないことが分かるのである。そうである以上、米国勢としてもイスラエル勢をどこまで「かばう」ふりをし続けるのかは、全く未知数であるというべきなのかもしれない。


仮に米国勢が踵を返した時――イスラエル勢にとっては「暗黒の時代」の始まりなわけであるが――果たして一体何が起こるのだろうか?想定されるのはただ一つ、イスラエル勢が「やられる前にやる」というスローガンの下、対外的な強硬策、すなわち軍事攻撃に打って出るということである。むろん、イスラエル勢は表向き「平和主義」を掲げている。しかし、何しろ血で血を贖(あがな)うことで国土を守ってきたのがイスラエル勢なのである。あり得べき2正面作戦に備え、既に準備万端という非公開情報すらある。


私たち=日本勢としては来る夏にでも早ければ到来する「その時」に向けて準備をすべきだろう。来るべき「暑い夏」は仮にこうした展開になった場合、原油と金(ゴールド)を中心とした商品(コモディティー)相場になる可能性がある。もちろんこれに対して備えることは必要だ。しかし、常にその傍らで考え続けるべきなのである、「果たしてこれでよいのか」ということを。その意味でも知恵熱にも似た「暑さ」が常に額の汗ににじみ出るような、そんな夏がまもなくやってくるような気がしてならない。

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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
  • ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト

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