利上げ実施も続伸、1万8,000円の大台を突破した株価の今後は?
日銀執行部の意見が一致しなかった利上げ
日本銀行(日銀)は07年2月21日の金融政策決定会合で、無担保コール翌日物金利の誘導目標を年0.25%から0.5%に引き上げることを決定し、即日実施しました。
今回の利上げの背景には、15日に発表された実質成長率が市場予想を上回るプラス4%となり、利上げが事前に肯定的に受け止められていたことがあります。また、12日の7カ国財務相・中央銀行総裁会議会合(G7)で、欧州諸国を中心に円安要因として日本の低金利が批判されたことも影響したのでしょう。
この決定を受け、為替市場、株式市場はどう動いたのでしょうか。
21日の東京外国為替市場は円安傾向で始まり、1ドル120円ちょうどから30銭付近でもみ合う展開に。その後、投機筋の仕掛け的な買いが入り、円は一時急上昇、その後、NHKが「福井総裁が利上げを提案」とのテロップを流したため、一気に119円90銭付近まで円高が進行しました。また、大型の欧州通貨売り円買いの動きがみられ、対ポンドでは、235円台前半から234円割れの展開となりました。
しかし、利上げが発表されたあとは一気に円買戻しの流れとなり、NHKのテロップが流れる前の120円台半ばまで円安が進行しました。ニューヨーク市場なども同様の動きで、一時は円高にふれたものの、結局は円安傾向が続くこととなりました。
一方、22日の株式市場では、利上げにも関わらず円安傾向が続いていることを好感し、輸出関連銘柄が続伸。利上げによる利ざや拡大への期待から銀行株も伸び、日経平均は6年9ヶ月ぶりに1万8,000円の大台を突破する展開となりました。
今回の利上げに対して、福井総裁を含む9人の政策委員のうち、ただ1人岩田一政日銀副総だけが反対に回りました。総裁と2人の副総裁で構成する「執行部」の3票が割れたのは、98年の新日銀法施行以来、初めてのことです。
1月26日発表の06年12月の消費者物価指数は、前年比でプラスを維持したものの、上昇幅は0.1%にとどまりました。岩田副総裁は、こうした物価動向を重視し、日本経済がデフレを完全に脱却したと判断するのは尚早、早期の利上げは再び景気を下押しすると判断し、利上げ反対に回ったのでしょう。
ひとまず株式市場は株高の展開で、で利上げを評価したといえるかもしれません。しかし、今後の景気動向によっては、今回の決定に対する評価も一転する可能性もあります。【ポイント1】
利上げでも「円安、株高」の理由
上記の通り、利上げの直後、一時為替は円高にふれましたが、その後は円安に。株価に至っては続伸、1万8,000円の大台突破のおまけまでつきました。
一般的に利上げは、円高を引き起こすといわれています。それは、円金利が上昇すると、円へ投資することの魅力が高まり、世界のマネーが日本に流れ込む、つまり円買いが起こるからです。
また、利上げは株安の要因にもなります。預金金利が上昇するなど、各種金融商品の魅力が高まり、相対的に株式投資の魅力が下がるからです。加えて、上記の通り利上げは円高を連想させますので、輸出業の業績悪化が懸念され、株安につながるのです。
しかし、今回は一般論とは真逆の「円安、株高」の展開となりました。
円安の要因はこう説明することができます。いくら利上げで円金利が上昇したといっても、まだ0.5%。欧米諸外国と比較すればかなりの低金利です。そのため、低金利の円を調達して、欧米諸外国の高金利通貨で稼ぐ、いわゆる円キャリー取引の抑制にはつながりません。【ポイント2】
※詳しくはバックナンバー『円安はいつまで続く?株価を左右する為替の動きを読み解くポイント』をご覧ください。
また株高となったのは、利上げにも関わらず円安傾向が続き、円安の恩恵を受ける輸出業の株価が堅調に推移したためです。特に今回の利上げに関して福井総裁は、「経済物価情勢の変化に応じ徐々に金利水準を調整する」と述べており、今後も急激な利上げはない、つまり当面は円安傾向が続くだろうとの安心感が市場に広がっていました。
そして、それ以上に重要なのが、利上げの実施が景気拡大を背景にしたもの、ということです。06年に日銀はそれまで続けていたゼロ金利政策を解除しました。緊急避難的な措置であるゼロ金利政策を解除したというのは、簡単にいえば、危機的な状況にあった日本経済が緊急病棟から一般病棟に移ったということです。
今回の利上げは、ゼロ金利政策の解除で一般病棟に移った日本経済が、リハビリに励み、いずれは元気に社会復帰するだろうという期待を感じさせるものだといえます。岩田副総裁の懸念は分からないでもありませんが、株式市場はこうした日銀の判断を好感したのです。
株高傾向は続く、その根拠とは?
1万8,000円の大台を超えた株価は、今後どうなるのでしょう?私は、短期的には多少の変動があるものの、中長期的には株高の傾向が続くと考えています。
その根拠の1つは円安です。上記の通り、たとえ日銀が利上げしても欧米との金利差はまだまだ大きく、円高要因とはなりえません。加えて、今回の利上げ実施で、当分は利上げはないとの空気が支配的になりました。そのため、引き続き輸出業を中心に円安の恩恵を受け、株高になると考えられます。【ポイント3】
また、M&Aも大きな要因です。5月には三角合併が解禁され、日本にも本格的な「企業買収の時代」が到来します。そして、このコラムで何度か述べているように、それは株高につながるのです。
なぜなら、買収から身を守るため経営陣が企業価値を高めようとするからです。また、時価総額の拡大こそが買収に対する最大の防御策であり、各企業とも時価総額の拡大に努めます。その結果、株価は上昇するのです。
しかし、M&Aに関しては注意しなければならないことがあります。一部では、07年に入ってから電力株が高値で推移している理由を、「M&A銘柄だから」と説明する声があります。しかし、電力株は法規制などもあり、M&A銘柄とみるには無理があります。
M&Aは確かに重要な投資テーマですが、個別銘柄に投資をする際は、食品など今後もM&Aや業界再編が期待されるセクターと、 電力などそうでないセクターがあると区別する必要があります。
三角合併の解禁をにらんだ外資の動きも要注目です。
外資が三角合併を利用するには、日本にあらかじめ拠点を持っておく必要があります。米シティ・グループは、不祥事に揺れる日興コーディアル・グループ(8603)への資本参加に加え、自身の東証上場を計画していると報道されています。
こうした外資の日本市場への参入の動きは、結果的に株高につながると考えられます。東証1部の投資主体別売買代金の約5割を占める外国人投資家の存在は、株価を大きく左右するのです。
こうした要因から、私は中長期的に株高の傾向は続くと考えていますが、みなさんはどうでしょうか?大台を突破したこのタイミングで、自分なりのシナリオを作ってみてはいかがでしょう。
- 【ポイント1】
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私は、今回の利上げ決定前に多くの方々とディスカッションしました。中でも、現在為替ディーラーをしている中央三井信託銀行時代の同期とのディスカッションが役に立ちました。彼は「すでに為替市場は利上げを織り込んでいる」と話していました。
株式投資をしていると、ついつい株だけを見てしまいがちですが、ほかの金融商品にも目を配る必要があります。特に、株価に直接的、間接的に影響を与える為替の動向は無視するわけにはいきません。 - 【ポイント2】
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金利差が最も顕著に現れているのが不動産です。外国人投資家が今こぞって日本の不動産に投資しているのは、日本と諸外国で大きな金利差があるからです。日本では不動産バブルが懸念されていますが、欧米ではすでに不動産から得られる利回りが借入金利を下回り、不動産が割高になっています。
その点、日本はまだまだ借入金利よりも不動産利回りが高いことが数値面にも表れています。不動産市場の金利差の縮小にはまだ時間がかかると考えると、不動産市場の活況も今しばらく続く、と予想することができます。 - 【ポイント3】
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日本では円安を歓迎する空気がありますが、本当にそれでいいのでしょうか。円安になり輸出が増加しても景気に与える影響は15%程度。全体を浮揚させるほどの力はないのが実情なのです。
経済評論家の三原淳雄氏は自身のブログで、『円安でいいのか』と題し、「戦前の満州に生まれ敗戦をかの地で経験しているためか、自国の通貨が安くなるとロクなことはないと肌身で知っているつもりなのだが、日本では何故か円安をいまだに歓迎するムードが強い」と円安歓迎ムードに警鐘を鳴らしています。円安は国全体としては由々しき問題だ、という意識がもう少し醸成されてもいいのかな、と思います。
利上げが実施され、次の短期的な焦点は、夏の参議院選挙になるでしょう。就任後、支持率が低下気味の安倍首相の信任選挙といっても過言ではありません。現時点では選挙の結果がどうなるか分かりません。しかし、結果によっては、短期的に株価が大きく下がる可能性も否定できません。 今、多くの銘柄が上昇しており、その状況を見て「流れにおいていかれる」とあせっている人もいるかもしれません。しかし、株価が下がる可能性があることを考えて、「高値掴みになってしまわないか」と慎重になることも必要なのではないでしょうか。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。