手当たり次第?日本企業を買う投資ファンドの狙い

スティール代表「日本の企業防衛策は世界最悪」

07年6月12日、米投資ファンド「スティール・パートナーズ」を率いるウォレン・リヒテンシュタイン代表が来日し、記者会見を行いました。

数多くの日本の有名企業の株を大量に取得しており、ちょうどそれらの企業の株主総会目前というタイミングでした。また、リヒテンシュタイン氏がめったにマスコミの前に姿を現さない人物でしたので、大いに注目を集める会見となりました。

会見で同氏は、「企業との関係を重視し、3〜5年の長期投資を基本とする」と、保有株を高値で投資先企業に買い取らせるグリーンメーラーではないことを強調しました。

一方で、日本企業が導入する事前警告型の買収防衛策は「世界の中でも最悪の手法」と発言。これに対して、甘利明経済産業相が「自身の都合で言った一方的な主張」と話すなど、スティールに対する警戒心が払拭されませんでした。【ポイント1】

スティール・パートナーズは、1990年にリヒテンシュタイン氏が中心となり立ち上げた投資ファンドです。「スティール」という名称は、初めての投資先が鉄鋼株だったことに由来しているようです。

ファンド立ち上げ後は、投資先企業に株主還元などを積極的に働きかける「モノを言う株主(アクティビスト)」として知られるようになります。

日本の企業では、株主総会での対立がちょうど話題になっているブルドックソース(2804)のほか、日清食品(2897)、サッポロホールディングス(2501)、江崎グリコ(2206)など食品株への投資が目立ちますが、他にもブラザー工業(6448)やシチズンホールディングス(7762)など、モノづくりを手がける企業への投資も積極的に行っています。

どれも皆さんがよくご存知の企業でしょう。そうした企業の株式を、場合によっては20%程度も所有している投資ファンド。それがスティール・パートナーズなのです。

投資ファンドが有名大企業に投資する理由

投資ファンドとは、投資家から資金を集め、主に企業の株式などに投資する基金のことです。投資家は高いリターンを求め投資ファンドに資金を預け入れます。一方で投資ファンドは、投資により利益を得て、その利益を投資家に分配することが求められます。

なぜ投資ファンドの多くが有名大企業の株を大量に取得しているのかを知るためのポイントは、集められた資金の総量です。

例えばスティールの場合、投資家から集めて世界で運用する資金は約70億ドル(約8,700億円)で、その内の6割に相当する約40億ドル(約5,000億円)を日本株で運用しています。

これだけの規模になると、どうしても投資対象の規模も大きくなってきます。というのも、例えば時価総額が100億円の企業に投資して10億円の利益が出たとしても、運用総額5,000億円に対するリターンはたった0.2%です。

これでは、高いリターンを期待する投資家を満足させることはできません。となれば、当然規模の大きな企業に数多く投資し、大きなリターンを求めることになります。

つまり、投資ファンドは規模が大きくなると、規模の大きな企業に投資をせざるを得なくなるのです。スティールの場合、時価総額が5,000億円以上の日清食品の株式10%を約500億円投じて取得する、といった大規模な投資が必要となるわけです。【ポイント2】

この様に、投資ファンドによる有名大企業の株式大量取得のニュースが相次ぐ裏側には、投資ファンドの規模の拡大があるのです。

変わりつつある投資ファンドの手法

日本に最初に登場した投資ファンドはリップルウッド(現RHJインターナショナル)でした。不良債権に苦しんで国有化された日本長期信用銀行に投資し、新生銀行(8303)として再上場させたことをご記憶の方も多いでしょう。

また同様に破綻した東京相和銀行を買い取り、東京スター銀行(8384)として再上場させたローンスターも投資ファンドです。ローンスターは数多くのゴルフ場を所有することでも知られています。

この様に、かつて投資ファンドといえば、不良債権に絡んだ投資がメインでした。しかし、日本の景気回復とともに不良債権に絡むビジネスが少なくなり、代わりに現れたのがスティールのようなアクティビストでした。

彼らは企業が保有する現金や不動産といった資産に着目し、株主として増配などを引き出しリターンを稼ぎ出すことを目指します。スティールが最初に目をつけたソトー(3571)やユシロ化学(5013)は、豊富に現金を保有する企業であり、スティールからの働きかけで大幅な増配となりました。

加えて、最近では資産価値のみならず、協働し収益を伸ばすことを目指す投資ファンドも登場し始めています。

産業再生機構で最高執行責任者(COO)を務め、現在は「経営共創基盤」を立ち上げた冨山和彦氏のように、不振企業にチームを送り込み、数年かけて再建を目指し、実を結べば成功報酬を得るスタイルもあります。投資ファンドもただ現金や不動産などに目をつけるだけでなく、今後このようなスタイルで会社経営に関わってくることが考えられます。

日本では、まだ投資ファンドに対する拒否反応が根強くあるかもしれません。しかし、経営者と同じ視線で経営の舵取りができる投資ファンドが登場することで、企業価値がますます高まることが予想されるのです。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
証券市場では、投機的主体は必然の存在です。上場企業の経営者であれば、未知の株主が登場したからといって、慌てるわけにはいきません。
信越化学工業(4063)の金川千尋社長は、買収防衛策として「余人をもって代え難い経営をするのが買収対応の鉄則」と語っています。バブル崩壊で他社の株価が暴落する中、逆に株価を数倍に押し上げた経営者ならではの力強い発言といえるでしょう。
【ポイント2】
これは投資信託などの運用にも当てはまります。元々、大企業への投資でリターンをあげていたのなら別ですが、小型株で投資リターンをあげていたファンドマネジャーが資金規模が大きくなると運用できなくなってしまうというのはよく起こる事態です。資金規模によって投資対象が異なるという事実は知っておいたほうがいいでしょう。
【ポイント3】
1976年に設立された米大手老舗投資ファンドのKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)のクラビス氏は、「金融技術だけで儲かる時代は終わった」と語り、グループ内にコンサルティング会社を設立しました。投資した企業の価値を高める手法に重点を移しつつあるのです。
かつては彼らも「バーバリアン(野蛮人)」と呼ばれていた存在です。今や世界の潮流として、投資ファンドといえども一緒になって経営をしていくことが求められているのです。

株式投資において投資ファンドの視点を利用することは大いに役立つことです。資産価値があり収益も伸ばす可能性がある会社に、応援する気持ちで投資する。それが今後の投資ファンドに求められる姿勢であれば、私たちも同様の姿勢で投資対象を探せばよいのです。(木下)

  • はてなブックマークに登録はてなブックマークに登録
  • BuzzurlにブックマークBuzzurlブックマーク数
  • [clip!]この記事をクリップ!

トラックバック

トラックバックはまだありません。

この記事に対するTrackBackのURL

最新コメント

コメントはまだありません。

name
E-mail
URL
画像のアルファベット
comment
Cookieに登録

プロフィール

木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

メールアドレス: 規約に同意して

個別銘柄情報はこちら   まぐまぐプレミアム・有料メルマガ

なぜ、この会社の株を買いたいのか?
〜年率20%を確実にめざす投資手法を公開〜

ビジネス誌・マネー誌・テレビに登場するアナリスト、木下晃伸(きのした・てるのぶ)が責任編集のメールマガジン。年率20%を確実にめざすためには、銘柄選択を見誤るわけにはいきません。日々上場企業を訪問取材している木下晃伸が、投資に値する会社を詳細に分析、週1回お届けします。

【2100円/月(当月無料)/ 毎週土曜日】 購読申し込み