ブルドックソース、日本初の防衛策発動。その評価は?

東京高裁、「ブルドック勝利」の判断

07年7月9日、5月から続いていたブルドックソース(ブルドック、2804)と米系投資ファンド、スティール・パートナーズ(スティール)の対決に結論が下りました。東京高裁が「ブルドック勝利」の判断を示したのです。

スティールは、5月にブルドックの全株式を取得すると発表し、TOBを開始していました。それに対し、ブルドックはスティールを含む全株主に対して1株につき3個の予約権を割り当て、その上でスティールにのみ予約権の行使を認めないという防衛策を策定しました。これにより、スティールの持ち株比率は、10.52%から3%程度に落ちます。

その代償として、ブルドックはスティールに割り当てられた予約権をTOB価格の4分の1にあたる1株396円、計約23億円で買い取る見込みです。

この防衛策に対し、スティールは東京地裁に差し止めを請求しましたが、地裁は棄却。ブルドックの株主総会でも防衛策は圧倒的な支持を得て承認され、今回、東京高裁でスティールの即時抗告が棄却されたことで、防衛策の発動が確実となりました。

日本でもM&A(企業の合併・買収)が当たり前になり、敵対的買収に関するニュースを多く目にするようになりましたが、防衛策として新株予約権を発行するのは日本で初めてです。【ポイント1】

スティールは“濫用的買収者”

東京高裁は棄却の根拠として、ブルドックの防衛策が大多数の株主の支持を得ていることに加え、スティールが「投資ファンドという組織の性格上、顧客利益を優先、短中期的に株式転売などでひたすら自らの利益を追求する存在」である、つまり濫用的買収者と認定しました。【ポイント2】

スティールはアクティビスト(行動する株主)として認知され、代表のウォレン・リヒテンシュタイン氏は、来日時の記者会見でグリーンメーラーであることを否定し、「日本の投資家や経営者を教育したい」と高慢ともとれる発言をしていました。

一方、ブルドックの買収防衛策を設計した西村ときわ法律事務所のパートナー弁護士である岩倉正和氏は日本経済新聞の取材に対し、「明星食品の例を見れば分かるように、さんざん脅して結局、ホワイトナイトに持ち株を買ってもらうやり口は広義のグリーンメーラーだと考える」と語っています。

※明星食品に対するスティールの敵対的買収についてはバックナンバー『日清、明星に友好的TOBを発表。どうなる即席めん業界』をご覧ください。

スティールは、代表が語るように「教育者」としてブルドックの経営改善に寄与する存在なのか、それとも自身の利益を最優先するグリーンメーラーなのか。

米大手メディアのタイムワーナーの株主であり、同社の経営に反発し様々な注文をつけている著名投資家カール・アイカーン氏は、自身の主張の根拠と代替案を400ページ近いリポートにして公表、投資家向けの説明会を開くなどしています。

それに比べるとスティールには具体的な経営改善案はなく、ブルドックの経営者、および他の株主が警戒するのも無理はないといわざるを得ないでしょう。

ブルドックの防衛策をどう評価する?

では、対するブルドック側に問題はなかったのか?私はそうは思いません。こちらも他の事例と見比べてみると課題が浮かび上がってきます。

米投資ファンドのハービンジャー・キャピタル・パートナーズ(ハービンジャー)が約17%の株式を取得していたドトールコーヒー(ドトール、9952)は、日本レストランシステム(日レス、2775)との経営統合という「成長のための青写真」を株主に提示しました。

ハービンジャーは、「ドトールは単独でも成長できる。ハービンジャーを恐れて逃げるための統合だ」と批判していましたが、株主総会では80%以上の支持を受け経営統合案が承認されました。同時に買収防衛策も承認されています。

ハービンジャーは、豊富な余剰金を持つドトールに狙いをつけたのでしょう。しかし、急速に株を取得したことで敵対的であると感情的な反発を受けた上に、ドトールが日レスとの経営統合という成長のための道筋を示したため、結局は出る幕がなくなりました。ハービンジャーがドトール株を市場で売却したことが明らかになっています。【ポイント3】

この例と比べると、ブルドックは確かに技術的には敵対的買収を退けることに成功しましたが、課題が山積であることが分かります。スティールに多額の現金を支払うことを余儀なくされた上、少子化などの影響でソース市場が縮小する中、成長の道筋を示せているとは言いがたい状況なのです。

ドトールの事例は、企業価値を高める不断の努力を行っていれば、投資ファンドからの敵対的提案もそれほど脅威ではないということを示しています。

私たち個人投資家も、買収に関連するニュースに関して、テクニカルな部分にのみ目を奪われることなく、会社のビジネスモデルや強みなどをしっかりと見極める癖をつけるべきでしょう。

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
買収防衛策のための新株予約権発行は世界初ともいわれています。しかし、敵対的買収に対する最大の防衛策は、あくまでも収益を高め、時価総額を高めること以外にない、ということを忘れてはいけません。今回の高裁の決定をみて、他社の経営者が、敵対的買収者が現れても「特別決議と買収者への経済的補償さえあれば、敵対的買収を阻止できる」と考えるのは本末転倒でしょう。
【ポイント2】
日本流の判決によって、今後、外国人投資家の日本に対する投資が減少すると危惧する識者もいるでしょう。しかし、私はそうした危惧は全く的外れだと思います。なぜなら、スティールのような手法はすでに過去の遺物となっているからです。老舗投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)などは、企業価値を向上させるため、グループ内にコンサルティング会社を設立するなどして、深く経営に関与する手法に転換しています。こうした時代の潮流を知っておくべきでしょう。

※投資ファンドの手法の変化についてはバックナンバー『手当たり次第?日本企業を買う投資ファンドの狙い』をご覧ください。
【ポイント3】
買収提案者と経営陣の交渉を見ると、互いに批判に終始し泥沼化する例が後を絶ちません。そんなとき思い出したいのが、24社のM&Aを実行してきた日本電産(6594)永守重信社長の「農耕型M&Aこそ王道」という言葉です。日立製作所(6501)の子会社、日本サーボ(6585)のディールは16年待って、やっと完結したとか。時には事の成り行きを見守る、というのもいいのではないでしょうか。

スティール・パートナーズに関しては、私の無料メールマガジン『投資脳のつくり方』で、「スティール・パートナーズが行う『モノ言う株主』は、時代に一時期咲いたあだ花」(2007/5/25)、「スティールの投資方法は、ワイドショーは賑わせるかもしれないが、私自身には不安定で仕方がないように見える」(2007/3/28)など懸念を表明してきました。
読者のみなさまの中にも同じような気持ちだった方は多いでしょう。今回の事例は、投資というものは意外と常識に照らし合わせてみると間違いが少ない典型例だ、と思います。(木下)

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最新コメント

  • スティールは自身がなんと言おうとグリーンメーラーだと思います。
    しかし、ブルドックにも問題があったというのにも同意です。
    やはり上場企業として、株式を公開していることに対する責任は認識してもらいたいです。

    2007年07月13日 14:07 | 匿名
  • >>ドトールは単独でも成長できる。ハービンジャーを恐れて逃げるための統合だ

    とはあくまでも買収者側の主張であり、本心からそう意図していたかどうか不明。そのあたりも検討が必要では?また、被買収側が株主の利益になっているかどうかは敵対的買収のいかんにかかわらず常にチェックすべき話だと思う。

    2007年07月10日 18:01 | 匿名
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プロフィール

木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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