インサイダーの影響は?証券業界の“ガリバー”野村の今後

野村元社員、インサイダー取引で4,000万円の不正利益

日本の証券業界の“ガリバー”野村證券が揺れています。4月22日、同社の中国籍社員とその知人の計3名が、M&A(企業の合併、買収)に絡むインサイダー情報をもとに不正な利益を上げていたとして、東京地検特捜部に逮捕されたのです。同社の親会社・野村ホールディングス(8604)は、事件に関与した社員を、同日付で解雇しました。【ポイント1】

調べによると、この元社員は07年5月、富士通(6702)が富士通デバイス(現富士通エレクトロニクス)を株式交換で完全子会社化するとの内部情報を得た後、知人やその弟に情報を流し、利益を得た疑いが持たれています。

証券取引等監視委員会(監視委)によると、ほかにも同様の手口で計21銘柄で不正な取引をし、4,000万円前後の利益を得ていた疑いがあるとのことです。

発覚のきっかけは、昨年後半の監視委による市場監視だったようです。野村に絡むM&AやTOBの情報が公表される前後に、集中的に売買された銘柄を調べたところ、中国人名義の注文が複数見つかったため、調査を始めました。

その後、さらに野村内部に協力者がいるとみて内定したところ、その名義人である中国人と面識のある、同じく中国籍の人物が野村の企業情報部にいたことを突き止めたのです。

内部管理体制に不備はなかったか?

野村の不祥事といえば、90年代の損失補てん事件や総会屋事件が思い起こされます。その際には、社長が相次いで引責辞任する大スキャンダルに発展しました。その教訓を踏まえて、野村は国内金融業界で「最も厳格で模範的な内部管理体制」をとっているといわれてきました。

例えば、今回の元社員が所属していた企業情報部は、国内株の取引を禁止、担当外の案件の情報にはアクセスできないようにするなどを実施していました。

しかし、元社員はアシスタント的な立場として、担当外を含む複数の案件の資料作成などを担当しており、そこでインサイダー情報を手に入れたとみられています。

もちろん、野村も社内管理を怠っていたわけではないでしょう。しかし、悪意、つまり意図的に情報を悪用しようとする社内の人間の行動を、事前にチェックできていなかったことは事実で、「不備があった」と批判されても仕方がないでしょう。

今回の事件は、野村の取引にも影響を与えています。既に、国内最大の民間年金基金である企業年金連合会をはじめ、大和証券投資信託委託、日生命保険などの大手が野村との取引を停止しました。

また、金融当局も衝撃を受けています。金融庁は、上場投資信託(ETF)の多様化や、プロ投資家向け専用市場の創設などを盛り込んだ金融商品取引法の改正案を出し、東京市場の競争力を高めようとしていました。

そんなタイミングでの証券最大手の不祥事です。日本市場全体の評価を下げかねない、との懸念の声が聞かれます【ポイント2】

9期ぶり赤字決算、課題山積の野村の今後

野村ホールディングスの渡部賢一社長は、事件後の記者会見で信頼回復に努めると述べましたが、同時に「システム上のチェックには限界がある」と無力感をあらわにしています。

こうした中、25日には野村ホールディングスの08年3月期連結決算が発表され、9期ぶりの最終赤字に転落しました。

赤字額は678億円超。「モノライン」と呼ばれる欧米の金融保証会社に対する損失引当金を1,320億円を計上したのが主な要因です。

野村は昨年、サブプライム関連で約1,000億円の損失を計上しています。それに追加で1,000億規模の損失を計上したのです。サブプライム問題が日本の金融機関にも深刻な影響をもたらしていることを如実に物語っています。

一方、野村はそうしたサブプライム関連のダメージから立ち直り、より深いダメージを負った欧米金融機関を追い上げるための事業戦略を練っていたところでした。今回のインサイダー事件は、野村にとって、まさに正念場ともいえるタイミングで発覚したのです。

特に今回の事件に利用されたM&Aは、“稼ぎ頭”となるべき分野といっても過言ではありません。

値下げ競争が激化し、株式売買などの仲介手数料の値下げ続く中、証券会社はM&Aの仲介をはじめとする「投資銀行業務」を強化しています。野村は07年度、日本企業の関わるM&A138件の助言役を務め、日本企業としてはトップの実績を誇っているとされています。

M&Aを担当する部署には、機密性の高い情報が集まります。そこを舞台として事件が起こったとあっては、“客離れ”も避けられないかもしれません。

もちろん、野村を証券業界のガリバーたらしめている、これまでの実績や営業力などの優位性は、そう簡単に揺らぐものではありません。しかし、あらゆる分野でグローバル化が進む今、外資系金融機関により、その牙城が切り崩される可能性も完全には否定はできません。【ポイント3】

一社員の問題が、企業全体を揺るがすことにつながる不祥事の怖さ。事業戦略や人事のみならず、法令遵守(コンプライアンス)を徹底させることの重要さを今一度、認識すべきでしょう。

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
私もよく「自分で株取引をしないのですか?」と聞かれますが、まったく行っていません。もちろん、取材で得た情報は公開情報ばかりですから、インサイダー情報には当てはまりませんが、あらぬ誤解を受けないためにも取引を行わないと決めています。自分のお金を運用する暇があるのであれば、一社でも多く取材し、アナリストとしての仕事に力を注いだ方が、誰にとってもプラスになる、と考えています。
【ポイント2】
ファンドマネジャーはみな、コンプライアンスについて徹底的に考えるように訓練しています。いくらパフォーマンスが良くても、コンプライアンスを守らずして成績を上げても評価に値しないからです。さらに、こうしたことが発覚したとき、有形無形の莫大な損失が自分にも会社にも生じてしまうわけです。
【ポイント3】
野村は何度も苦境を乗り越えて日本で最大の証券会社に成長しました。そして、世界に打って出ようと考えている企業でもあります。今回の不祥事によって、内部管理体制の強化などに時間がかかるかもしれません。しかし、今後の更なる成長を前に、一度立ち止まっていると考えれば、投資家としてはむしろこれからの野村に注目しなければならないと思います。

コンプライアンスは、常に私の頭のど真ん中に位置しています。情報に接する人間は、コンプライアンスを遵守しているかどうか、常に自問自答することが求められていると思います。ましてや自分の私利私欲のために情報を利用するということではおかしい。一金融マンとして改めて背筋を伸ばして業務に励みたいと思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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