熱狂で迎えられたオバマ新大統領、米景気は「端境期」を乗り切れるか
「変革」訴えるオバマ氏の勝利
米国の新しい指導者を決める大統領選。11月4日の投開票の結果、民主党のバラク・オバマ氏(47)が勝利しました。イラク戦争や経済格差への不満を背景に、一貫して米国の「変革」を訴えた戦略が奏功。未曾有の金融危機で経済問題が争点に急浮上したこともあり、米国民の政策転換への期待が、彼への支持につながり、米国初のアフリカ系アメリカ人候補の勝利につながりました。【ポイント1】
しかし、株式市場はシビアな反応を見せました。オバマ氏勝利の翌5日の株式市場では、ダウ平均が前日比486ドル安と大幅に反落、前日の上昇幅(305ドル)が帳消しになってしまいました。
4日の米メディアの出口調査では、有権者の62%が最大の関心事として「経済」を挙げました。選挙戦初期に争点に挙がっていた「イラク」「テロ対策」「エネルギー政策」はいずれも10%以下。4割が「過去4年間に家計が厳しくなった」と回答しており、今回の大統領選では、「経済」がほかを圧倒する最大の争点であったことが伺えます。
そのため、新政権では大規模な経済対策が見込まれています。オバマ氏は、7日にはシカゴでルービン元財務長官ら経済顧問チームと会合を開き、経済政策の骨格を固めました。この会合には、ルービン氏のほか、サマーズ元財務長官、ドナルドソン前証券取引委員会委員長、シュミット・グーグル最高経営責任者(CEO)など錚々たるメンバーが参加。あの世界一の資産家ウォーレン・バフェット氏もテレビ会議で参加したようです。
オバマ氏の経済政策の特徴は、低中所得層向けの所得税減税や、公共事業の追加による雇用対策などに力を入れている点です。今年はじめからの雇用減が76万人に達し、雇用不安が広がっていますので、こうしたオバマ氏の政策の実効性に期待が集まるところです。
オバマ氏当選の日本への影響は?
では、オバマ氏、そして彼の経済政策は日本にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
米連邦準備理事会(FRB)のグリーンスパン前議長が「100年に一度の津波」と表現する金融危機が世界中に広がる中で、その震源地である米国の指導者が自国経済の再生に取り組むことは、そのまま日本にとってもプラスに働くことは言うまでもありません。
また、基軸通貨国としての米国の存在意義を再び確固たるものにすることは、同盟国である日本にとってもプラスです。
しかし、心配の種もあります。
オバマ氏は、アジア政策では日米同盟を基軸とす歴代大統領の方針を堅持しつつも、中国との連携を重視した多面的な外交を展開すると考えられています。さらに具体論重視の姿勢で、日本に対しても、目に見える成果を期待することになるでしょう。【ポイント2】
日本と米国の間には、北朝鮮、アフガニスタン支援、米軍基地再編などさまざまな、政争の種になりかねない問題があります。
2005年以降、外国人投資家が日本株に注目した背景には、小泉首相(当時)が、米国と親密な関係を築くことに成功したことがあります。年内の解散総選挙は見送られたといわれていますが、麻生首相(またはその次の首相)が、オバマ氏とどのような関係を築くのか。政治は経済、そしてマーケットと密接に関連しますので、投資家としてはその点に注意を払うことが必要でしょう。
厳しさが予想される「米国クリスマス商戦」
このように、新大統領と日本の関係に注目することも、もちろん大切です。しかし、新大統領が誕生する来年1月までの「端境期」のことを忘れてはいけません。
この約2ヶ月間は、クリスマス商戦を含む、経済にとって非常に重要な時期です。雇用の減少により、消費が大幅に減退する可能性が高まっており、そうなれば実体経済の更なる悪化も予想されます。
実際、米家電量販店大手のサーキット・シティが10日に連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用申請を発表しました。同社は、昨年まで営業黒字を計上していた企業です。それが実質倒産に追い込まれたわけで、それだけ事態は深刻だといえます。
こうした状況を受け、民主党は「政権発足前に追加対策をまとめる」(ペロシ下院議長)といい、年内には党主導での対策を策定した上で、年明けの政権発足後に大統領主導での対策を行う、二段構えでこの危機に立ち向かうことになりそうです。
しかし、現職の大統領はあくまでも共和党のブッシュ氏です。今は「端境期」なのです。そして、そのブッシュ政権は、「われわれは民主党の対策を支持できないと前から言っている」(ペリーノ大統領報道官)というように、年内の追加対策には慎重な姿勢を示しています。結果、年内は、雇用悪化やクリスマス商戦の苦戦をはじめとした、厳しい数値が報道されることが予想されます。
その点を理解していれば、これだけ熱狂をもって迎えられたオバマ氏の勝利に対し、株式市場が冷淡な反応を示したことも理解できるでしょう。
オバマ氏の掲げる変革に期待を寄せつつも、年内は北米消費の減退を覚悟する必要があります。日本企業でいえば、自動車、家電、精密機器などの外需企業への投資には慎重になる必要があると思われます。【ポイント3】
- 【ポイント1】
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経済評論家の三原淳雄先生が、こんな話をしてくださいました。
「変化を表す“CHANGE”と、機会を表す“CHANCE”はたった1字のスペルしか変わらない。そう、“G”と“C”だ。では、“G”から“T”を取り払うとどうか。そう、“C”に変わる。私は取り払うべき“T”は“TABOO(タブー)”だと考えている。つまり、CHANGE は、タブーを取り払うことで CHANCE に変えることができる、ということなのだ」
将来を悲観し、タブーを取り払う勇気の出ない投資家が多い中で、一歩踏み出す勇気を持つことが、将来の大きなリターンにつながるのではないか。私は、この三原先生の言葉から、そんなメッセージを受け取りました。
※三原淳雄先生の新規創刊メールマガジン『三原淳雄の経済みはらし台』はこちらから - 【ポイント2】
- 日本人にはなかなか意識しづらいことかもしれませんが、外交の背景には軍事力がある、と考えられます。その意味では、米国としては中国との関係を強化することは喫緊の課題といえるでしょう。その結果、米中連携が加速して日本が埋没しかねないとの懸念もあります。また、米国の北朝鮮に対する圧力が弱まるとの見方もあります。日本がいかに存在感を発揮していくのか。改めて考えてみる必要があるでしょう。
- 【ポイント3】
- 10日の東京市場では、ソニー(6758)が前日比7%高となったほか、アジア各国が軒並み堅調な値動きを見せました。一方、台湾加権指数が軟調な展開となりました。私はこれは非常に大きな懸念材料であると考えています。 というのも、台湾は北米に依存する製造業が多く、アジア各国が軒並み株高となっている中で下落するということは、北米消費の減退に対する懸念が、改めて表面化したことを示しています。日本の製造業でも、北米依存度の高い銘柄は注意が必要でしょう。
株式市場の焦点は、大統領選というお祭り騒ぎから、北米の実体経済の悪化へと移っています。決して良好とはいえない数値がこれからも出てくるでしょう。北米依存度の高い銘柄は苦戦を強いられるでしょうし、日本市場は米国市場に連動することも多いため、警戒が必要です。 一方で、日本の実体経済はどうなのか?「世界から見ると、意外に底堅い」と判断される可能性もあるのではないでしょうか。米国市場との“非連動”の可能性も視野に入れ、注意深く観察することが大切です。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。