投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。
インフレは来ない?“商品価格高騰”の先に見えるデフレの脅威
無分別な「インフレ脅威論」の虚を暴く
昨年後半より、世界では妙に「インフレ脅威論」が語られている。私個人が「これは仕掛けられてるな」と最初に感じたのは、昨年秋、関西ローカルの某人気番組にコメンテーターとして出演していた時だった。
関西テレビメディア界のホープといわれる中堅司会者が、さわやかな笑顔で切り出す。「これからどんどん食料価格が騰がっていくようですねぇ。原田さん、どう思われますか?」。
テレビでコメンテーターをつとめるのは実に難しい。なぜなら、この手の質問に対する答えは明らかに“決まって”いるからだ。要するに「これから深刻なインフレが襲ってきますよ」と答えること。これがこの場合の模範解答だったのだろう。
しかし、マネーが織り成す「世界の潮目」を追うことを生業としている身として、ウソはいえない。この時、私からは概略次のとおりお答えした。
「確かに一部の穀物価格は騰がっているし、原油価格も騰がっています。でも、これって実際の需要供給バランスによるものっていうよりも、むしろ先物取引によって吊り上げられているのですよ。したがって、投機的売買が逆向きに行われるようになれば、たちまち値崩れします。インフレは脅威じゃないですね」。
この時、隣に座っていた、某経済官僚OB氏が俄然、大声で叫び始めた。「いや、そんなことはない。これからはインフレだ。原油がどんどん高くなって、それにつられて大変なことになる」。ここですかさずCM。テレビ、特にワイドショー番組に“議論”などありえないのだ。結局、最後には大声でCM直前までしゃべりきった者が勝ち。そこには真実をきっちりと視聴者に伝えようなどという良心は全く見られないのである。
このコラムの賢明な読者の皆様は、既にお気づきであろう。今の「インフレ脅威論」は、原油や穀物の価格高騰を原因に挙げるが、これらをめぐっては、投機的売買がかなり大きな意味合いをもっていることは、もはや自明の理なのである。そして投機的売買は、必ず値崩れを起こす。なぜなら「空売り(ショート)」の方が短期間でより多くの利益を生み出すからだ。
つまり、「下げのための上げ」なのである。これを語らずして、無分別なインフレ脅威論を語る者には、次のように問いかけるべきなのだ。「アナタ、一体、そんなに騒いで何を狙っているのですか?」と。
英国勢が叫び始めた「デフレ脅威論」
私が率いる研究所が去る2日に発売を開始した「IISIAマンスリー・レポート」2008年6月号でも詳細な分析を行っているのであるが、現在のマーケットは単純な構図で描き出せるものではない。それなのに簡単な絵柄で説明を試みようとする向きは、明らかに何かを隠ぺいし、あるいはどこかに誘導しようとする悪意を持っていると思って間違いない。
この「インフレ脅威論」についても同じである。よくよく考えてみれば、サブプライム問題とは不動産価格の下落、すなわち“資産価格の調整”によって米国で生じているものなのだ。価格の下落がここまで大幅に起こっているというのに、それでもなお「インフレだ」と騒ぐのにはそもそも無理がある。
そこで持ち出されたのが、実需とは関係なく、「上げる時は上げる、下げる時は下げる」ための道具立てとしての商品先物取引なのであろう。百歩譲って、それにより“インフレ傾向”が演出されているとしても、気になるのは“その次”ではなかろうか。
この観点で大変気になる報道を最近見つけた。「インフレよりも、むしろデフレこそ、間もなく私たちの心配材料となるであろう」という記事である(6月16日付英デイリー・テレグラフ参照)。これによればまず、現在の状況を石油ショックのあった70年代と単純に比較するのは全くの誤りなのだという。
なぜなら、後者では石油国有化といった実際の需給バランスを大きく揺るがす出来事があったのに対し、前者ではあくまでも“価格高騰”は商品先物取引によって誘導されているに過ぎないからである。
さらにいうと、現在すでに各国の中央銀行たちは一斉に「インフレ退治」に乗り出しつつある。本来、サブプライム問題を背景とした景気減退を恐れ、金利を引き下げることで景気浮揚を図るべきなのであろうが、これがインフレを加速させてしまっていると叫ばれている。そのため、欧米ではもはや「インフレ退治のための金利引き上げ」が秒読みとまで言われつつあるのだ。
仮にこれが徹底して行われたとすると、そもそも“価格高騰”が商品先物取引という仕掛けによって支えられているに過ぎない分、あっという間に価格は急降下することであろう。すると、そこに見えるのはインフレではなく、むしろ深刻な「デフレ」なのではないだろうかというのである。
郵政民営化が持っていた本当の意味
実は同様の分析を、私の研究所(IISIA)では今年の初めより提示してきた経緯がある。この点も含め、私は6月28日に神戸・大阪、7月5・6日に東京・千葉、そして7月12・13日に福岡・広島でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナー(完全無料)で詳しくお話できればと考えている。
「インフレ」が騒がれて久しいが、冷静に考えるとファンドや投資銀行などの“越境する投資主体”たちは、むしろ最初から「デフレ」に最終的な流れがなることを念頭に動いてきた感が強いのである。その典型が、このコラムでも触れたことのある、大陸欧州における商業銀行をめぐる大再編劇、あるいは日本の郵政民営化、とりわけ“ゆうちょ銀行の上場”“地銀の再編”なのだ。
なぜなら、デフレーション(=価格の超下落した「大バーゲン・セール状態」)になった場合、最も強いのはキャッシュ(現金)を持った国家、企業、団体、そして個人だからである。その典型が、リテール(小口預金者)から預金を集め、担保を取りつつそれを企業にファイナンスする商業銀行なのである。そして、デフレーションになればなるほど、商業銀行の中でも資金量の多いものが生き残っていく展開となっていく。だからこそ、銀行再編、金融界再編だというわけなのである。
郵政民営化の中でも最大のプロジェクトである「ゆうちょ銀行の上場」も、正にこの文脈でこそ、その「仕掛け」が理解できる。同時に上場される「かんぽ保険」もあわせれば、実に350兆円ものマネーが、株式を買い占めた者の手に事実上渡るのである。だからこそ、今現在、これらの上場に際しての主幹事会社となるべく、外資系金融機関も交えた激しい争奪戦が、東京マーケットで人知れず熱く繰り広げられているのだ。
為政者たちや国内外の「越境する投資主体」たち、あるいは大手メディアが叫ぶ無分別な「インフレ脅威論」に惑わされてはならない。私たち日本の個人投資家が見据えるべきは、突然の「デフレ転換」の結果、日本が“ジパング(黄金の国)”として最後は選ばれることになるという本当の絵柄なのだから。
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- 名前:原田武夫(はらだ たけお)
- 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
- 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
- ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト
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